プロローグ
私が前世の私の記憶を思い出したのは主であるパトリシア様が理不尽な理由で身分剥奪にも等しい処罰を受け、それまで暮らしてきた伯爵領を追放されて田舎街に隠居させられてから三日目。その日の昼のことだった。
記憶が戻ってすぐに感じたのは痛み。
それもその筈。お屋敷の階段から足を滑らせて数段落ちて盛大に尻餅をついた後だったから。
頭を打たなかっただけ良かったと思う。
それにしても尻餅で記憶が復活するなんて眠っていた記憶が振動で呼び覚まされたっていうこと?
今の私は元の私と前世の私が融合した個体。
なんでそんなことが分かるかって? だって"私"は身体はこの世界の私だけど記憶は両方ともあるから。
私はアルマ。でもこれは本当の名前じゃない。幼い頃からお仕えしてるパトリシア様が下さった名前。
貧民街に生まれた私は名無しの子供だった。
それをパトリシア様が拾って下さり私に名前を与えて下さった。
というのがこの世界の私。年齢は十五歳。
パトリシア・ラナ・ルーシア伯爵令嬢にお仕えする侍女。
それからもう一人の私が地球という世界の日本という国で生きていた女性。
三十二歳という若さで天災により死んでしまった。
ところで前世の私は本の虫だった。
本であればジャンル問わず熟読するくらいの中毒。
学生の頃はともかく社会人になってからはそれはもう自分でも頭おかしいんじゃないかってくらい本を読んだ。
◆
だって私は所轄ブラック企業と言われるところに就職してしまった為にそれくらいしか楽しみがなかったのよ。
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ということで痛む腰をさすりながら立ち上がって記憶が戻った時から感じていた何処か既視感のあるこの世界のことを思う。
記憶の中から追想、頭の中の本棚から一冊一冊、それっぽいものを引っ張り出してはまた棚に戻す。
その作業を繰り返して十九冊目。私はついにその正体を掴んだ。
<<追放された令嬢の為に田舎町の開拓頑張ります!>>
というタイトルで現在三巻まで発売されているライトノベル。
アルマが主人公で追放された令嬢パトリシアの為に田舎街を開拓・改革していく物語。
主人公の境遇が今の私とピッタリと一致する。
私は三巻目を読んでいる途中で天災に遭った。
死ぬならせめて巻の最後まで読ませて欲しかった。
なんて地球の神様に怨みごとを心の中で呟く。
尤も地球の神様っていっぱいいてどの神様に文句言ったのかは自分でも分からないけど。
さて...。
凡その私の状況は分かった。本の世界って分かって動揺しないのはやっぱり"私"がアルマだから。
ということならパトリシア様の為にこの田舎街を開拓して素晴らしい土地に。
アルマも前世の私もそれは共通の思い。
前世の私は令嬢パトリシアの在り方に共感していた。
でもどうすればいいんだろう?
主人公アルマは確か散歩がてら使える物がないかどうか探してた気がする。
じゃあ私も。でもその前に...。
侍女の仕事から。
放り出して外に行くなど言語道断。
後で侍女長のフィーネ様に怒られるのは嫌だし。
あの人怖いんだよ。
その仕事、今日の昼食当番は私。
私は屋敷の食堂に向かった。