修行の果て
八日目も九日目も稽古内容は同じだった。
だが、十日目になると、体が徐々に慣れてきたのか、少しずつ手足は自由を取り戻してきた。
十五日を過ぎた日の朝、腫れ上がっていた腕から、破裂したように痛みが引いた。
そして十七日を過ぎ、再び自由に刀を振るえるようになると、その刃速は驚くほど早くなっていた。
そこから五日の間は三左衛門を相手に型の稽古を行った。
全ての型は過去に身につけたものであったが、一回り大きくなった今の体で使うと、かつてとは違う風景が見えた。
最後の七日間は、初心者から上段者までを相手に、受けの稽古を行った。
その間、一切の攻撃は禁じられ、ただ、ひたすらに相手の剣を受けた。
最終日は、師の三左衛門が自ら刀を取って、攻めまくったが、信一郎は辛うじてその猛攻もしのいだ。
だが、師範代の宮地文之丞との稽古の時までは相手の隙を見出すことができたが、三左衛門からは寸毫の隙も見出すことはできなかった。
そして、ひと月にわたる稽古が終わった。
「これだけの稽古を積んでも、なお丸山の剣とおぬしの剣は互角になったかどうかといったところだ。よいか、あくまで丸山の剣を受けて受けて受けきるのだ。その時、一毛の勝機が生まれる。その勝機に神速の刃を放て」
「はい」
「丸山の剣は、紅蓮の炎じゃ。おぬしは氷ような冷静さを持って立ち向かわねばならぬ。もし、氷の心が溶かされたらその時は命を落とすと心得よ」
「はい、肝に銘じます」
「剣を振るうのは腕ではないぞ。どこで振るうか分かるか」
信一郎はほんの少しだけ首をひねり、感じたままを口に出した。
「腰……、ですか」
「未熟者め」
三左衛門の表情はあくまで厳しい。
ひとつの技を究めても、なお剣の深奥は先にあるようだ。
「申し訳ございません」
「うむ、おのれの至らなさ、常に忘れるでない」
「はい」
信一郎はこのひと月の修行で、それなりの自分の成長を感じていたが、師の目から見れば、英治郎に対する必勝の剣には至っていないようである。
「修業には果てがない」という圭吾の言葉を思い出し、信一郎は眉を八の字にして、岩のような師の顔を見つめた。
「剣を振るうのは臍じゃ。剣は臍で使う。決して力任せに腕で使うでない」
「…………」
三左衛門の言葉が続いた。
「真剣勝負の場で、このことを忘れるな。そして、精進を怠るな。おぬしの剣はあと一歩進めば臍で使う剣に届く」
「はい。ありがとうございます」
信一郎が深々と頭を下げ、顔を上げると、三左衛門は深い皺の中に目口が入り込んでしまったかと思うほど、顔をくしゃくしゃにして笑った。
その顔を見て、信一郎は今回の仇討ちが成功するのではないかという気分に、初めてなった。