剣術修行
仇討ちの届けが受理されると、信一郎は剣の師匠である平山三左衛門を訪ねた。
道場に隣接した三左衛門の家の居間に通された信一郎は、瞑目して師匠の到着を待った。
三左衛門は間もなく姿を見せた。
白髪交じりの総髪と深い皺が、この剣客の闘争の中で生きてきた長い年月を感じさせる。
「鷲巣、このたびは大変だったな」
市右衛門の葬儀にも三左衛門は姿を見せていたが、その時は多忙で言葉を交わすこともできなかった。
「はい。ご心配をおかけしました」
「少しは落ち着いたか」
「はい」
「して、今日はいかがした」
「実は、それがし仇討ちに出ることになりました」
「そうか。……相手は丸山英治郎か」
「はい」
「丸山は……強い」
三左衛門と信一郎の視線が、ピタリと重なり合う。
「はい。わかっております。父を斬った傷を検めました。丸山は、尋常一様の剣士ではありません」
「うむ」
「つきましては、お師匠様。丸山の剣について、ご存知のことをご教授願えますでしょうか」
「丸山英治郎か……」
三左衛門が目をつぶり、過去に思いをはせる。
「丸山の剣は、敵の一瞬の隙をつき、神速の刃で勝負を決める一撃必殺の剣じゃ。また、敵に隙がなくば、押して押して押しまくり、自ら敵の隙をこじ開ける」
「わたくしで、丸山に勝つことはできますでしょうか」
三左衛門が腕を組み、天井を見上げる。
「明日より、ひと月の間道場に通えるか」
三左衛門は、勝てるとは言わなかった。
しかし、負けるとも言わず、修行を命じた。少なくとも、現時点では信一郎の剣は英治郎の剣に及ばないことは間違いない。
翌日より、信一郎は平山道場に通い、体を鍛えなおした。
初日は、ただ朝から晩まで刀を振るった。
千回も刀を振るったことだろう。
一日が終わると、腕がパンパンに張り、夕食の膳で箸を持つことも苦痛だった。
信一郎は、三左衛門から受け取った膏薬を両腕に張り、腕の熱と痛みに苦しみながら一晩過ごした。
翌日、起きると腕が全く上がらない。
それでも信一郎は、平山道場に足を運んだ。
三左衛門は、やはりこの日も素振りを命じた。
信一郎は、苦痛で顔をゆがめながらも、力の入らぬ指で柄を握り締め、上がらぬ腕を振り上げて、刀を振るった。
昼過ぎには、腕は固まり、腰も鉛のように重くなった。
それでも、木乃伊のように硬くなった腕を触って、三左衛門はなおも素振りを命じた。
三日目も同じだった。
動かぬ腕を無理に動かしていると、今度は全身が木になったように動かなくなった。
四日目も五日目も同じだった。
そして、六日目も七日目も。