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逆転~相馬中村藩仇討ち秘話~  作者: 大平篤志
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叔父の来訪

 藩による必死の捜索も空しく、英治郎の姿は相馬中村藩から消えた。

 江戸時代、藩というものはそれぞれが独立したひとつの国である。

 隣の藩に行ってしまえば体制も法律も全て違うので、追跡も探索もできない。

 現代のアメリカ合衆国ならば、州を超えて警察権を行使できる連邦捜査局(FBI)のような機関もあるが、江戸時代の日本には藩を越えて警察権を行使できるような機関は存在しなかった。

 なので、殺人者であっても、他藩に逃げてしまえば、人を出して捕縛するようなことはできなかった。


 そして、そのような仕組みの齟齬を補完するために仇討ちという制度が設けられた。

 仇討ちの免状を持っていれば、他藩においても個人で仇を見つけ出して討ち果たす権利が認められる。


 重ねて、まだ家督をしていない信一郎の場合は、家長である市右衛門の仇を取らねば、鷲巣の家を継ぐことは認められない。

 当然、信一郎は藩に仇討ちの許しを得ねばならない。


 市右衛門の葬儀が終わり、喪があけた。信一郎はまだ仇討ちの申請を出していない。

 そんなある日、叔父にあたる郡代の藤永兵庫が鷲巣家を訪ねてきた。


「まだ、仇討ちの許しを得ていないそうだな」


 兵庫は、挨拶もそこそこに、眉間に皺を寄せて用件を切り出した。

 厳しい顔が、どこか父親の市右衛門を思い出させ、信一郎は胸が締め付けられるような気がした。


「はあ」


 信一郎は少し体を前に倒し、鼻から抜けるような言葉を返した。


「なんだ、その気のない返事は」


「すみません」


「市右衛門の仇を討たねば、鷲巣家は断絶ぞ。わかっておるのか」


「わかっております」


「ならば、なぜ仇討ちの許しを藩庁に請わぬのだ」


 信一郎は、言葉を返すことができなかった。

 父の死に顔を見たとき、信一郎の胸にまず浮かんだのは安堵だった。

 好色なくせに、武士としての体面ばかりを気にし、他人に厳しく当たる父。

 妻をふたり亡くした後も、その姿勢は改まることはなく、意識のはけ口は信一郎に集中した。

 市右衛門は、時折酒を飲んで帰り、遅くなることがある。

 そういった日は信一郎にとって家は心安らげる場所に変わった。

 あの日、父親の帰りが遅くても信一郎がさほど深く心配もしなかったのは、そういう過去があったからだった。


 市右衛門は城の中ではおとなしい能吏であった。

 出仕して始めてそのことを信一郎は知ったが、逆にその仕事ぶりは、父の小心さを示しているような気がして、信一郎は不愉快だった。


「…………」


 言葉を発さない信一郎に焦れて、兵庫は大きな声を上げた。


「鷲巣信一郎は、丸山英治郎を怖れて仇討ちの申請をせぬという噂が立っているのを知っているか」


 信一郎は、袴に置いた手をぎゅっと握り締めた。


「そのような事はございません」


 英治郎は、信一郎が剣術に没頭し始めた頃に剣名が高かった武士である。

 信一郎とは歳も離れており、剣術界における活躍の時期がずれているせいで、直接手合わせをしたことはない。


「ならば、なぜ仇討ちの届けを出さない」


「すみません。父が亡くなってから、何かと多忙で、慣れぬ事も多くなかなか届けを出す時間が作れませんでした。明日には仇討ちの届けを出します」


「まことか」


「はい。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。家の事も大方片付き、いつでも出立できるようになりましたので、もうご心配には及びません」


 信一郎の言葉を聞いて、兵庫の相好が崩れた。


「おお、そうかそうか。そのように万端整えておったのか。それならば仕方ない」


 兵庫が何度も頷く。


「さすがは市右衛門の息子じゃ。為すことにそつがない。安心したぞ」


「ありがとうございます」


 信一郎が深々と頭を下げる。


「藩のほうでも、おぬしを後押しする準備は整っておる。丸山の行方も各所に手配りして捜しておるから、安心いたせ」


「畏れ入ります」


 兵庫は上機嫌で帰っていった。残された信一郎は深いため息をつき、文机に向かって仇討ちの届けを認め始めた。



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