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逆転~相馬中村藩仇討ち秘話~  作者: 大平篤志
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深夜の騒動

 怒号とも取れる男の声と、悲鳴に似た女の声が聞こえ、信一郎の切れ長の瞳が大きく見開かれた。

 刀架にあった刀を手に取り、信一郎は表に出た。

 ひとりの侍が、新月の夜を駆け逃げていく。


「待て!」


 信一郎はその後姿に声をかけたが、侍は立ち止まらずに逃げ去っていく。

 押取り刀でその背を追いかけた信一郎だったが、数歩走ると立ち止まって左右を見回した。

 星明りの下、信一郎は目を閉じて耳を澄ます。あたりは寂として声も無い。

 信一郎は、しばらくそのまま立ち尽くしていた。

 隣家の高崎家から、わずかに人の気配が感じられる。信一郎は、高崎の家の門を叩いた。


「夜分に恐れ入ります。何かありましたか」


 中から声は無い。信一郎は、さらに強く門を叩いた。


「もうし。隣の信一郎でございます。今この家から曲者が走り去っていったように見えたのですが、何か起こりましたか」


 高崎の家には、信一郎と同じ年の圭吾という長男がおり、鷲巣家に引き取られて当初は共によく遊び、寂しさを紛らした。

 そして、二人の交誼は現在も続いている。

 圭吾には三歳下の里美という妹がいて、幼い頃から信一郎も我が妹のように可愛がっていた。

 鼻が上を向き、大振りな目と口がその鼻に向かって集まっているような顔の造作の里美は、決して美しい顔立ちとはいえなかった。

 しかし里美は心映え優しく、辛いときでも笑顔で耐える強い心を持った、武家として、また人としての美しさを持った娘だった。


 そんな里美に、最近縁談話が持ち上がっていた。

 相手は、禄高も四十石と軽輩で三十路をを過ぎているが、一刀流の刀を取らせれば藩内随一とも噂される剣名高き武士である。

 里美は本来活発な娘だったが、この縁談話から後は、身を慎んでいるらしく、ひとりで外の出ている姿などは見かけなくなっていた。


 門の中からふいに声がした。 


「何も起こっていません。信一郎様の勘違いでは」


 声の主は圭吾でも里美でもなく、高崎家の下僕である藤作である。


 信一郎は、じっと門を見つめる。

 他人の侵入を防ぐために錠をかけた門は、正しくその役割を果たし、信一郎を寄せ付けない頑なさを見せていた。

 踵を返して、家に戻った信一郎に、小女のとえが声をかけてきた。


「いかがなさいましたか」


 とえは、房江が鬼籍に入った後に、どうしても女手が必要になって雇い入れた五十過ぎの女である。

 百姓の出だというとえは、多忙な鷲巣の家の家事を、文句を言いながらも何とかこなしている。

 もっとも、とえは小事にこだわらない性格で、市右衛門の小言も右から左に聞き流す能力を持っていた。

 市右衛門は、そんなとえに苛立ちを持っているようであったが、とえの作る食事が美味い事と、雑ながらもきちんと家の事をこなすとえを重宝して追い出さずにいる。

 また、とえほどの歳になれば、市右衛門の好色な食手が刺激されることも無い。

 鷲巣家は八十石の録に加え、信一郎も見習いとはいえ出仕していて手当てが出る。

 その分だけ、他家に比べて裕福であったが、市右衛門は、吝嗇から下僕もおかず、ただとえ一人に家の事は押し付けていた。


 結局その日はそのまま何も起きず、市右衛門も帰ってこなかった。



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