決着
風をまいて襲い掛かる剛刀。
一瞬でも視界を土によって塞がれた信一郎は、とっさに捌きを入れられず、刀を真横にして英治郎の攻撃を受けた。
幸いにして、土は目の中には入っていない。
真っ向からふたりの刃がぶつかり合う。
信一郎の刀が英治郎の勢いに押し込まれて沈む。
押し返そうと信一郎が力を入れると、英治郎はその刀をふっとはずした。
わずかに信一郎の刀が泳ぐ。
その隙を逃さずに、英治郎は必殺の一撃を逆袈裟に斬り下げた。
信一郎は腰を落として身を沈めつつ刃を返し、臍に力を込めるとわずかに開いた間合で英治郎の刃を受けた。
臍に力を込めると腕の内にあった無駄な力が抜け、英治郎の刀が自然に右に流れていく。
英治郎の体の正中が乱れる。
だが、それに構わずに英治郎は右足を上げ信一郎の左の肩を蹴って倒そうとした。
信一郎は片膝をつき、臍を中心に渾身の力を揉めて、英治郎の足の裏を肩で押し返す。
英治郎は体の重心を失い、のけ反ってたたらを踏む。
信一郎は立ち上がり、前に出ると、父親の傷とちょうど同じところにめがけて袈裟懸けに刀を振り下ろした。
英治郎の眼前に自らの命を奪い去る凶器が迫ってくる。
その動きは英治郎の目には緩慢に見えた。
しかし、緩やかに迫りくるその刃に対して、英治郎は反応を示すことができなかった。
ただ、大きく目を見開いて、自分の体に食い込んでいく白い閃光を見守る。
英治郎は口を開きかけ、何かを言おうとして、大きく瞳を見開いて信一郎を見ると、そのまま言葉を発さず仰向けに倒れた。
信一郎は、立ったまま、英治郎の反応をうかがう。
英治郎は目を開いたまま全く動かなくなった。
刀を握ったまま英治郎の横に片膝をつき、
息の有無を確かめる。
完全に絶命した事を確かめると、信一郎は開きっぱなしの英治郎の瞳を掌で閉じた。
英治郎の顔が市右衛門の骸の顔と同じように静謐なものに変わる。
信一郎は立ち上がると刀に拭いをかけて、鞘に納めた。
信一郎は、その日のうちに奉行所に届けを出し、仇討ちの免状を提出して、裁可を待った。
翌日に役人の検死が終わり、信一郎の仇討ちは幕府によって認められた。
相馬中村藩の江戸藩邸にも連絡がいき、鷲巣信一郎は改めて父親の仇を討った天晴な武士として、藩主の出羽守貞胤からも直接の褒賞を受けるという栄誉を得た。
江戸の町でも、信一郎の仇討ち話は人口に膾炙した。
仇討ち成就のお祭り騒ぎが収まると、信一郎は郷里に向かって旅立った。
帰れば、信一郎は鷲巣家の当主として、一家を構えることになる。
郷里に帰ったらさっそく嫁取りだと、山口将監などは騒ぎ立て、気の早いことに数名の女子の名前まで挙げている。
梅雨も過ぎ、青い空には雲ひとつない。
相馬中村へ帰る旅路は江戸に向かうときとは違い、爽快で足取りも軽かった。
信一郎の心も晴れ渡っている。
そして曇りのない信一郎の心の中には、旅立ちの日に、目を潤ませて自分を見送ってくれた里美の姿が浮かんでいた。
(完)




