逆襲
疲労で弛緩した全身に、憤怒の熱が力を与える。
信一郎は刀の柄を強く握りなおした。
「おぬしを返り討ちにして、帰参してくれる」
仇討ちが武士の定法であるように、返り討ちもまた武士の定法である。
武士とは戦闘員であり、強さの中にこそその真価ある。
当然、堂々たる戦いの末の勝利を得たものには、報奨が約束されてしかるべきであった。
それが、返り討ちによる藩への帰参である。
英治郎は今の用心棒の職にありつくまでには、飢えに苦しみ、辻斬りを働いたこともある。
浪々の身の侍などというものは、世間からは必要ともされないし、相手にされない。
仮に野垂れ死んだとしても誰も悲しむものもない存在なのだ。
赤貧にあえぎ、辛酸を嘗め尽くしてきた英治郎は、再び録にありつくためであれば、どのような卑怯な真似でもする覚悟があった。
英治郎は、勝利を確信し、弄り殺しを楽しもうと打ち込んできた。
信一郎が受ける。
師の言葉通り氷のように冷静に、ひと太刀ひと太刀をていねいに捌く。
先ほどまでと打って変わって、ひと太刀受けるたびに力が漲ってくる。
様子の違う信一郎の剣に、英治郎が徐々に焦りを見せ始めた。
攻め続ける自分の両腕が重くなってきたと感じた英治郎は、すっと一歩下がって間を取った。
信一郎は攻め込んでこない。
英治郎は一流の剣士である。
自分が信一郎の技量を侮っていた事を認めた。
切っ先をゆらゆらと揺らしながらすっと刀を上段に上げる。
信一郎の目線がわずかに上がった。
それと同時に英治郎は雪駄の先端に土を載せ、信一郎の顔面めがけて蹴り上げた。
信一郎も不穏な気配を感じとり、やや腰を落として相手を見る姿勢になったが、真っ直ぐに顔をめがけて舞い上がった土を完全によけることはできなかった。
信一郎の鼻に土くれが命中する。
「ぐっ」
とっさに一歩下がった信一郎に対して、英治郎は滑るように近づき、渾身の一撃を振り下ろす。




