遊びの後
四半刻も眠っていただろうか……。
判助に揺り起こされて、信一郎は目を覚ました。
「おい、起きて服を着ろ。屋敷に戻るぞ」
のろのろと体を起こすと、先ほどの多幸感はすでに失われており、胸に焼けるような不快感があった。
布団の中でくしゃくしゃになっている着物を慌てて身に着けていると、不意に胃の腑から酸っぱい液体がこみ上げてっくる。
両手で口を押えた信一郎を見て、判助が慌てた。
「あっ、ちょっと待て。我慢せい。今、盥をもらってくる」
しかし、一度無理に飲み下した反吐は、すぐに倍する量で再びこみあげてきた。
信一郎は手元にあった手拭に吐瀉物を吐き出した。
そこへ、ちょうど小さな盥を手に持った判助が戻ってくる。
「ああ、ああ、仕方ないなあ。慣れない酒を無理に飲むから」
自分が飲ませたくせに、勝手なことを、と思いながらも、信一郎は判助が差し出した盥の中に、胃の中のものをすべて吐き出した。
鼻に吐瀉物が入ったせいか、信一郎の眦からは涙が一滴こぼれた。
判助に支えられて、中屋敷に戻った信一郎は翌日、江戸に来て初めて早朝の素振りを怠けた。
こめかみに脈打つような痛みと、胃にはまだ不快感が残っている。
水を飲むと、再び嘔吐感がこみ上げてきて、もう一度吐いた。
昨夜のことは、よく覚えている。
女体より与えられた悦楽より、信一郎の胸に引っかかっていたのは、父親に対する自分の思いであった。
普段は、理性の皮に包まれているせいで顔を出さない父親に対する尖った思い。
何年もの間に澱のようにたまり続けた市右衛門への不快な思いは、自分の中で、抜き差しならない悪意の変化していることを、信一郎は初めて自覚した。
父の仇を憎めない。
初めから、ずっと引っかかっていた仇討ちに対するわだかまり。
もしかしたら、自分でも殺してやりたいと思うほど憎んだことがあった男。
そして、常に死を望んでいた男。その男を殺してくれた相手を、信一郎は恨むこと憎むこともできていなかった。
このようなことで、英治郎に勝てるのか。
信一郎は、いっそ英治郎が逃げ延びてくれればとさえ思っていた。




