旅立ち
皺が寄って小さくなった干し柿が軒に何筋も吊るされている。
そして、その干し柿をふたつに切って貼り付けたような真っ赤な耳をした少年が干し柿の吊るされた農家の中から出てきた。
「あなたは、これから侍の子になるのですよ。むやみに泣いたりしてはいけません」
少年の目は腫れていた。耳が赤いのも、たった今まで泣いていたせいのようである。
「鷲巣の家に着いたら、お行儀よくしないと、父上に笑われますよ」
後ろから出てきた母親にそう言われても、少年は「笑われたって構わない」と思った。
ここ数日間の、父親に会うために堅苦しい行儀作法の稽古を繰り返した。これから毎日そんな日々が続くのかと思うと、少年はうんざりした気分に襲われる。
母親の後ろから、腰の曲がった老婆が姿を見せる。
「たいそうな風格じゃ。やはり血はあらそえんのう」
老婆が目を細めて孫を見る。
少年は生まれて初めて武家の出で立ちに身を包んでいた。
初めて結った武家髷が何やらむずがゆかったが、真新しい羽織袴は誇らしく、つい今しがたまでこの家にいたいと泣いていた気持ちをすぐに忘れて胸を張った。
「立派なお侍になるのですよ」
「はい」
老婆に言われて、少年は大きな声で返事をした。
生まれ育ったこの家を離れるのはいやだったが「侍になる」という言葉は百姓の少年にとっては、黄金百枚よりも輝いていた。
少年は、母親と供の小者に連れられて、城下への道を歩き出した。