表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祝福をこの手に  作者: 憂鬱なメランコリア
第一章 終わりの事件と始まりの事件
22/22

プロローグΩ

若干鬱展開



 私には前世の記憶があった。

 日本人として過ごした24年分の記憶をそのまま保持したまま、新たに生を受けたのだ。

 最初は何が起こっているのかまったくわからず、当然私は困惑した。

 しかし、赤子の姿の自分を見て、周りの話を聞いているうちに理解した。私は生まれ変わったのだと。



 私が生まれ変わったのは、私が死んでからそう時間が経っていない年だった。

 ついでに言えば、私が死んだ場所からもそう遠く離れていなかった。

 死んだ私の魂が近くにいた赤子の中にでも入っていったのだろうか、といろいろ考えてもみたが、結局私がこのようになった理由はわからなかった。

 いろいろな宗教を調べてみたりもしたが、この疑問に答えをくれるものはなかった。

 前世の記憶を持っている人自体はどうやら過去にもいたらしいが、ネットで軽く調べた程度の情報であるため正直どこまでが本当かは疑問だ。


 そもそも私は、自身に起こったこの衝撃的な出来事に関して、特に原因を探ろうとか自分で調べてみようとか、積極的に関わるつもりはなかった。

 考えてもしょうがないことだと割り切っていたというのもあるが、その最大の理由は前世と関わることを避けたかったからだ。

 

 私が死んだのは就職してやっと仕事に慣れ、大学にいた頃から付き合っていた後輩と結婚したすぐ後だった。

 車に撥ねられるという事故によって、幸せの絶頂にあった私の人生は幕を閉じたのだ。

 彼女が……妻がどうなったのかはずっと気がかりではあったが、その前世に固執し続けたら……過去に囚われ続けることは新しい人生において枷となってしまうと思い、あえて考えないように、関わらないように避けていたのだ。

 

 それに、今更会ったところでどうにもならない。そんな思いもあった。

 私が自由に外出し、電車などを利用して行動することができるようになる頃には当然何年も時が過ぎている。その間妻がいつまでも同じ場所にいるとは限らないし、新たな出会いを経て他の男と結婚している可能性すらある。

 正直に言って、その変化と向き合うのが怖かったのだ。

 そんな変化を見せられては、私が死んだのだと、以前の私はもういないのだと嫌でも認めざるを得ないだろう。そんなことは私には耐えられそうになかった。

 

 私の第二の人生は平穏だった。

 特に可もなく不可もなく、極々平凡な家庭で普通の人生だったが、自分の一部を失ったままのような、虚無的な、喪失感を抱えたままの自分がいた。

 

 そんな私はある日、決定的な出来事に出くわした。

 私の妻だった女が、私の親友だった男と一緒に歩いていたのを見てしまったのだ。しかも、その後ろには彼女らの子供と思われる二人がいた。

 その四人はとても幸せそうな、満ち足りた表情を浮かべて私の前を横切っていった。

 その途中で一瞬だけ妻だった女と目が合ったが、彼女は私には気付かずにすぐに隣にいた私の親友だった男に向き直った。

 

 私は絶望した。

 それは、おそらく彼女が私の親友だった男と結婚したのであろう事実に衝撃を受けたからであり、彼女が私を夫だった男だと認識できなかったからであった。

 

 私が死んだ後に彼女が再婚をしていた事を責めるつもりはない。

 結婚した直後、人生まだまだこれからというときに私が死んだせいで彼女も大変な思いをしただろう。

 それを私の親友だった男がいろいろと気にかけてくれたのだろうということも理解できるし、それで彼女が親友だった男と結婚するに至ってもおかしくないとも思う。

 むしろ、彼になら安心して彼女を任せられる。理性ではそう理解していた。

 

 彼女が私を認識できなかったのことも当然だ。私は生まれ変わってまったく違う姿になっていたのだから。

 それでも、それでも彼女なら私だと気付いてくれるんじゃないか。心のどこかでそういう思いがあったことは否めない。

 彼女が私に対して何の感情も浮かべずに素通りしたことに、あれだけショックを受けたのだから。


 彼女たちの間に、既に死んだ人間()の入る余地はなかった。それを実感したとき、私の中の何かが壊れたのだ。

 

 最初は悲しみが、そして時間が経つにつれこの理不尽な悲しみを味わう原因となった前世の記憶に対する──記憶を持ったまま生まれ変わったことに対する怒りが湧いてきた。

 その感情はやがてエスカレートしていき、前世の記憶に振り回されることなく普通(・・)の人生を幸せそうに送っている周りの人々に対する憎悪が芽生えるようになった。

 これが身勝手で理不尽な感情ということは自分でもわかっていたが、その感情は徐々に徐々に私の思考を歪めていった。

 

 しかし、そんな感情も長くは続かない。

 精神的にまいってしまった私は、やがて生きることに──こんな感情を抱えたまま生き続けることに疲れてしまい、ある時思った。

 死にたい、と。

 

 しかし、何故だろう。

 そんな私がとった行動は、人を殺すというものだった。それも、彼女たちとは何の関係もない、ただ近くにいただけの人を。

 

 自殺をするのが嫌で、死刑で死にたかったのかもしれない。

 やはり周りの人に対する憎悪が抑えきれず、燻った感情を最期に発散したかったのかもしれない。

 あるいは人にあるまじき罪を犯し、自らが死ぬべき人間だと思いたかったのかも、自らが死ぬべき理由を作りたかったのかもしれない。

 そして最終的に──地獄に落ちたかったのかもしれない。

 

 そう、地獄だ。

 あまり深く考えないようにしていたが、私が再び死んだらどうなるのか。

 普通に死ぬのか、また記憶を持ったまま誰かとして生まれ変わるのか。そしてこんな感情を繰り返すのだろうか。

 もし生まれ変わるのだとしたら、私には耐えられない。

 それならば、決して生まれ変わることのないように地獄へ。

 人としての禁忌を犯したならば、確実に地獄へ行ける。

 そんなことも思っていたような気もする。

 

 そして、絶望を、憤怒を、憎悪を、怨嗟を、嫌悪を、空虚を、諦観を、苦痛を、悲哀を持て余した私は────刃を振りかざしたのだ。











輪回りんかいたまきさん、あなたはお亡くなりになりました」


 突然告げられた言葉。

 それは、私が待ち望んだ言葉だった。


「死んだ……私が?」

「はい、現在のあなたは魂だけの存在です」


 目の前にいる古風な服を着た女性がそう答える。


「そうか……死んだか」


 彼女に言われて思い出してきたが、確かに私は首を刺された記憶がある。

 感情に身を委ね何人もの人を殺した後、私が刺した男が最期に反撃してきたのだ。

 彼女の言う通り、私は死んだのだろう。


「あなたは何者でしょうか。死神?それとも閻魔様ですか?」

「いえ、私は魂の神です」

「魂の神……」


 魂か。

 生まれ変わりを体験した私は魂の存在を信じてはいたが……本当にあったとは。

 それに神か。実際にいるのだな。


「それで、あなたは私を地獄まで連れてってくれるのですか?」


 神がいるなら天国も地獄もあるだろう。そう思っての質問だ。

 この空間もそれらしい雰囲気を纏っている。辺り一面真っ暗で、地獄への入り口と言われたらそのまま信じられそうな光景だ。


「いえ、あなたにはこれから異世界に転生してもらいます」

「えっ!?」


 また転生だと!?

 それに異世界?

 そんな馬鹿な。


「何故ですか!私はもう生まれ変わりたくなどないのです!おとなしく死なせてください!」

「それは出来ません。あなたの魂は既に形を固定したまま新たに生まれる準備段階に入っています。これを無理やり分散させることは好ましくありません」

「好ましくないって、それじゃあやろうと思えば出来るんですよね!?」

「出来ないことはありませんが……何故私がわざわざあなたの都合に合わせなければならないのでしょうか、大量殺人者の環さん?」

「そっ、それはっ!」


 魂の神を名乗る女性に殺人者と言われ、言葉に詰まる。

 そうだ、私は人を殺したのだ。何の罪もない大勢の人を、持て余した感情のままに。

 これは罰なのか。私は延々と生きて死ぬことをこれからも繰り返し、永遠に苦しまなければならないのか。


「あなたは死んでも記憶を持ったまま生まれ変わるからと、ゲームでもするように人を殺してみようと思ったわけではないのですか?」

「え……いえ、私は自分が生まれ変わったという事実とうまく向き合えず、いろいろな感情が合わさって八つ当たりのようにやけを起こしただけです」


 一度死んだせいだろうか。負の感情に支配されることなくあの時の自分自身のことを冷静に見れているような気がする。

 こうして考えてみると、私のやったことがいかに無責任で低劣な行為かわかる。

 生まれ変わるのをいいことに、私がゲーム感覚で殺人を楽しんでいたと思われても仕方ない。

 特殊な状況も手伝ってまともな精神状態ではなかったが、そんなことは言い訳にならないだろう。


 私の返答を聞いた目の前の女性が言った。


「なるほど、そういうことでしたか。では説明をしましょう。あなたに起こったことを。そしてこれからのことを」






「……というわけです」

「なるほど……」


 理解できない内容もいくつかあったが、概ね私の身に起こった事、そしてこれから行われる事は理解した。


 要約すると、私は何らかのイレギュラーによって死んだ後も魂がそのままの形で生まれ変わってしまっていた。前世の記憶が残っていたのはこのせいだと。

 そして今回の件で死んだ私の魂がまた同じようになりかけたばかりか、私が殺した人たちも巻き込んで記憶が残ったままの生まれ変わりを起こしそうになっていた。

 この異常な状況が繰り返されてしまうことを恐れた地球の神は、私たちから見た異世界──目の前にいる魂の神などが管理している世界に私たちの魂を移し、地球の神より力の強いこちらの神にこの現象を解決してもらおうとした。

 そのために私たちは一度こちらの世界で生まれ変わる必要がある、ということか。


「それはつまり、今度生まれ変わった後は普通に死ねるということですか?」

「その通りです。魂の循環を正常な形に戻すためにわざわざエネルギーの豊富なこちらの世界に転生させるのですから」

「そうですか……」


 次の死こそが本当の死となるのか。

 しかし、もう一度生きなければならないとは……同じ地球でないのなら、私が味わったような苦しみはある程度無くて済むのだろうが……。


「ああ、それと伝言です」

「伝言?」

「最後にあなたが殺した相手──あなたを殺した彼から。『殺した数の倍救え。そうして謝りに来たなら、一発殴るだけで許してやる』だそうです」

「は?」


 なんだそれは。

 本当に私が殺した相手が言った言葉なのか。

 私を殺したことに対するコメントがないのはいい。正当防衛だし、悪いのは私だからだ。

 しかし、『殺してやる』ではなく『許してやる』?

 自分が殺された直後に言える言葉か?


「彼に私の事情を話したのですか?」

「今回の件に関わることとして、あなたの魂が形を変えずに生まれ変わったことについては伝えましたが、それだけですよ。動機については私も今知りましたし、基本的に個人の情報を明かしたりはしません。ただ彼は、あなたの行動の原因に前世の記憶が絡んでいて、ただの狂人よりは同情の余地があったのかもしれない可能性に思い当たっただけです。あなたがただの愚物だった場合はこの言葉は伝えないことになってました。私の中ではあなたは有罪ギルティですが、この説明を聞いたうえで同じことをするようには見えなかったので一応伝えました」


 有罪ギルティか。彼がどう感じるかはわからないが、確かに私のしたことに同情の余地はなかったかもしれない。

 しかし、原因は前世の記憶だ。

 異世界ならば記憶にいる人と関わることはないし、説明を受けて私に起こっていた異常についても理解と解決ができた。

 死んですっきりしたというか、感情がリセットされたような感じになっているため、前世と関わりのない世界で、次はちゃんと死ねるとわかっているならば、また同じことを起こす気はない。

 それでこの伝言か。


「そうですか。殺した倍救えるかはわかりませんが、同じことをする気はありません。殺すくらいなら殺される方が楽だと思えるくらいには疲れましたし、殺しても何も変わらないと理解できましたから」

「そうですか。後悔も反省もしているかもしれませんが、あなたの転生先からは権力者と力のある種族は除かせてもらいます。選ぶ順番もあなたが最後になりましたが、これはペナルティと考えてください」

「はい、それはもう、わかってます。負の感情に囚われてあんな事をしたのですから、それは当然だと思います」


 むしろ温いくらいだ。日本でさえ問答無用で死刑になるような罪なのだから。

 まあ、あの時の私にとってはその死ぬのが目的だったようなものだが。


「ああそれと、彼以外の人があなたは自分を殺した相手だと知ればどうするかわかりませんよ」

「……そうですね。その時はおとなしく殺されるなり償うなりしましょう」


 私がしたことの責任は重い。

 前世の記憶による辛さを知っている私が、他の大勢も同じ目に巻き込んでしまったのだ。

 感情がフラットな状態に戻った今となっては罪悪感しかない。


「まあ、9割がた快楽殺人者シリアルキラーやゲーム感覚の殺人か、ただの狂人だと思っていたので、そういう意味ではマシでしたよ。その場合は環境の最悪な奴隷の子として転生させるつもりでしたから」

「はは……それは、なんというか……後悔して反省もしているので、これからの行動で償うということで」

「ええ、もし同じようなことを繰り返せば神罰で殺す……のは効果が低そうなので、奴隷のような虐げられる立場の人として永遠に転生を繰り返させますから。適切な行動を期待してますよ」


 彼女の言葉に頬が引きつるのを感じながらも、なんとか答えを返した。

 私を殺した彼の言うように、次の人生で人を救わなければ、真面目に私の将来は危ういかもしれない。

 そんな嫌な汗をかきながら、私は三度目となる生まれ変わりをした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ