「私は仲間は殺さない」
私はまだ生きている。最終戦争が始まってからかれこれ1ヶ月経つがなんとか生き残っている。テロリスト、国連軍共に開始直後に大激突を起こし両者共に200人近い死者を出したらしい。
なぜ、らしいなのかと言えば、私は開幕早々に戦闘に巻き込まれない為に民間人に偽装したのだ。このゲームにはプレイヤーの他に高度で人間と見分けがつかないNPCが存在する。私はその中の1人、独身の男性を静かにして彼の家に潜伏していたのだ。どうやらこの男、いわゆる引きこもりという人種だった様で、いなくなっても誰も気付かなかった。
そのおかげで私はこの家を堂々と自分の家にする事が出来た。円滑に近隣の人々と交流し、社会の一部に溶け込むことに成功した。そんな私だが現在困った状況になっている。
私の住む街はダラアという辺境の街なのだが、この街に最近、民間人を虐殺する恐ろしい殺人鬼がいるという噂を聞いたのだ。しかし、噂は噂、そんなもの居ないと思っていたのだが、家に帰ってみると、いたのだ。殺人鬼が。
その殺人鬼は血と同じ色を持つ髪色と白骨死体の様な白い肌を持つ凶悪な笑顔をした女で、家にあった死体のハラワタを引きずり出して遊んでいたのだった…………………
「アンタがやったの?コイツを?」
殺人鬼は舐め回す様に私を見つめながら問う。
「えぇ、私が殺しました。あなたは殺さないので見逃して貰えないですか。」
私は恐怖し震えている声で言った。
殺人鬼は哄笑した。声とも思えない様な高音で発狂した。
「殺人鬼相手に殺さない⁉︎凄いな!アンタ可笑しいよ!イカれてる‼︎てか見逃さなかったら殺すって事⁉︎ヤバいわー!こんなヤツ初めて!」
殺人鬼は興奮のあまり涎をだらだら垂らして凄まじいとしか言えない顔をしている。
「いえ、私は普通の民間人です。可笑しくは無いと思います。それで見逃してくれるんですか?」
私は普通の人間だ。どう間違えてもイカれてなどいない。10人の人に聞けば10人が普通だと答える自信がある。
「可笑しく無い。ねぇ……いいよ。見逃してあげる。その代わり私のお願いを1つ聞いて。」
殺人鬼のお願いなんて嫌な予感しかしない。
「私のマイルールは1日10殺!今日殺したのは1人!コイツだけ。その男はもう死んでるって?ノーノー、そういう「殺す」じゃない!私の殺すは死体をグチャグチャのベチョベトのミンチにして遊ぶってこと!それが私の「殺人」!だからアンタにして欲しいのは私のおもちゃを今日中にあと9体連れてこいってことなの‼︎わかる?OK?できなきゃアンタを殺す」
なんて事だ。手に入れたばかりなのにこの場所を手放さないといけないなんて。殺すのは簡単だが、今まで築き挙げた社会的地位を捨てさせるなんて。酷い殺人鬼だ。私は落胆した。
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「で。アンタはなんで荷造りしてる訳?もしかして逃げるつもり?殺すよ?」
殺人鬼の少女は疑いのまなざしを私に向けている。
「違います。殺人ってのはするのは簡単だけど後始末が大変なんです。やった後にこの街から逃げる準備をしているんです。」
私は至極当然のことを言った。この街で殺しをする以上もうこの街にはいられない。物事はやった後の事まで考えて行動するべきだ。
「いや……冷静すぎるでしょ……アンタ。やっぱりイカれてる……」
「イカれてない。普通です。あんまり酷い事言ってるとやる気無くします………」
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「で?今度は買いもの?アンタ洗剤とか買ってどうすんの?私の服洗濯する⁉︎」
少女は馬鹿にした様な声で聞いてくる。
「まあ、見ればわかると思います。というかなんで付いて来てるんです?殺人鬼が昼間から歩いても大丈夫なんですか?」正直捕まってくれないだろうか?
「大丈夫!顔見られたことは無いから!てかアンタ目ェ離したら逃げるでしょ。」
まぁ逃げるな。間違いなく。
「よし。他に忘れてる物は無いですか?」
少女に確認を促す。
「大丈夫〜アンタのメモに書いてあるものは全部あるわ〜」少女が退屈そうに言う。
「てか本当に何するつもりなのよ…………」
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「ちょっと!アンタ本当にやる気あんの?もう夜の7時よ!マジで殺すよ!マジで!いいの⁉︎」
キレ気味に少女が聞いてくる。
「大丈夫。準備は出来ています。始めましょう。」
「そう?ならいいけど。」態度を急に変えて少女は頷いた。
「さて、まずは家の裏にいきましょう。最後に必要なものがあります。」アレを使うのは久しぶりだ。壊れて無いといいが…………………
そこにあったのはカバーを被せられたとても大きな車の様なものだった。
「何これ?何?カバー剥がしていい?」
少女は返事を待たずにカバーを剥がした。
そこにあったのはタイヤが8つも付いた砲塔付きの装甲車だった。俗に言う歩兵戦闘車という種類の乗り物で、主に兵士の移動と戦闘支援に使われる物だ。
「すげぇ!マジカッケェ!何処で手に入れたんだ⁉︎アンタ何者なんだ⁉︎」
興奮と嬉しさいっぱいに少女は質問してきた。
「まあ、色々あったんです。………早く乗ってください。」少女が乗ったのを確認して、車を発進させた。
もうこの家には戻らないだろう。
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7時30分、私達は街の小さな教会の近くに来た。脇道の側に車を止めて教会を観察する。人々が教会の中に入っていく。それもそのはず。この街にの人々は、熱心なイスラム教徒。1日5回の礼拝はしっかり行う。そして今は4回目の礼拝の時間だ。
7時35分、ほとんどの人々が教会に入った。教会の外には人はいない。何故なら外は真っ暗だからだ。先進国なら街灯なんて気の利いた物があるがこの国にはほとんどない。太陽光が無ければ真っ暗なのだった。
私は車の中にあったマスクを少女に渡す。
「コレってガスマスク?ってまさか………」
私もマスクをつけてバケツと銃をもって教会に向かう。扉を開けて_____________
「さあ、デスゲームを始めましょう。」
私は少女に戦闘開始を告げた。
教会の扉を開けた私はバケツの中にたっぷり入ったそれを蓋を開けてぶちまけた。それは外の風に流されて教会内を駆け巡る。
数秒後、頭を地に付けて礼拝していた人々は苦しそうにのたうち回り始めた。
息ができないのだろう。
かわいそうだ。
直ぐに楽にしてやる。
可哀想なので元気に動き回る人々に銃弾を飲ませて静かにさせる。
一人一人丁寧に頭に飲ませる。
その中には近隣の知り合いも多くいたが動揺する事なく沈静化する。
7時45分、終わった。意外なほど呆気ない物だ。
私は退路を確認しつつ少女に言う。
「これで私を見逃してくれる?殺人鬼さん?」
『殺人鬼は驚愕し狂喜し共感し恐怖した。その手際の鮮やかさに驚愕し、宝の山を前に狂喜し、自分と同じような人間だと共感し、そして殺そうとしたら自身が殺されていたかもしれない事に恐怖した。』
「見逃したげるわ!アンタサイコー‼︎結婚して‼︎‼︎」
少女は許しの言葉を告げながらよさそうな死体を車に運びいれていく。入れ終わったのを確認して車を発進する。何とか入ったようだ。大きい車で良かった。
車は街を走り抜けていく。
もうこの街には戻らないだろう。
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「で。なんでまだ私に付いて来てるんですか?見逃してくれるじゃなかったんですか?」
殺人鬼の少女はまだ車に乗っている。見逃すのが嘘だったら用事が増えるので嫌だなぁ……
「見逃すってのは、殺さないってことでしょ!着いてこないとは言ってないわ!」
マジか。殺す気が無いならまぁいいか。
「アンタに聞きたい事があったのよ。なんであんなにいっぱい殺したの?」
そんなことか。大した理由は無い。
「9人だけだと先に行った人も残った人も別れてしまって可哀想ですよね?だからみんな仲良く行かせてあげたんです。」なんでこんなこともわからないだろうか?誰にでもわかりそうな話なのに。
「………やっぱアンタイカれてるわ………」
しみじみと言われた。だから普通だって。
「だから普通の人間ですって。イカれてません。というか本当に殺さないんですよね?」
「こんなことを聞いた事があるわ。本当の狂人はみんな口を揃えて「私は普通です」って言うらしいよ。」
「それにさっきの殺した理由。やっぱりアンタおかしいよ。」少女は続けて言う。
「安心して」
「私は仲間は殺さない」
少女は凄く真剣な顔つきをして言った。
私は仲間じゃない。
私は普通だ。おかしい所なんて1つも無い。