ヒロインは海外でもから回る(2)
●その時あたしはまだ、夢の中にいた。
怒りの弘樹が入り口から去って、リビング・ダイニング・キッチンの部屋から、寝室に移ったあたし。
古びたアンティーク風ベッドの上で、膝を抱えて困惑していたわ。
「……ベッドはあるし、最低限の家具もあるから寝る事は出来るけど、だからあたし、何にも持ってきてないって言ってるんですけど……?」
弘樹の突然の退場に、あたしは本当に悩んでたの。
彼は何で、そんなに怒るのかしらって。
「だって、お姫様を捨ててあたしを選んだんじゃない? だったら、優しくしてくれてもいいじゃない。あたし達……婚約したんでしょ」
順調にシナリオ通りに物語が進んで、誰もがあたしを愛してくれたから。
誰かに憎まれる役になるというのが、この時期本当に理解出来なかったの。
それは悪役令嬢の役目よね?
あたしはヒロインだもの。
誰より、愛される。
世界の中心だからなんて。自分で人を貶めておきながらも、悪役になる事を拒否してた。
あんなに酷い事を他人にしといて、何でか罪悪感もなく、そう思って。
全てを失ったなんて、信じたくなかったの。あたし。
何より、当たり前に学園で最も愛される女になれる『筈だった』 未来の成功へのイメージが強すぎて、ね。
めまぐるしく変わる周囲の態度。
あたしをお姫様扱いしてくれてた、逆ハーレム員達が去っていく姿。
学園中の誰もが、遠巻きにいやそうな顔で噂する……嫌われ者。
それが、ハロウィンパーティからこちら、海外に飛び立つまでの、あたしの立場。
かの姫に押し付けてた状況がそのまま跳ね返った。それだけの事なのに。
それが、何でか分からない。あたし可哀想……なんて思うぐらいに、あたしは自分の立場を受け入れられずにいた。
その頃、一番辛かったのは、砺波を頼っちゃったこと。
あたし達の監視役兼護衛の、砺波SS。彼らに泣いて頼んだのよ。
「か、買い物にっ、付き合って下さい……出来ればその、お金も、か……貸して、ください」
あたしを一番憎んでるだろう、冷清院のお姫様の配下達に、日用品を揃えて貰うなんて事をよく出来たものと思う。本当にあたしって度胸あるわよね。
相手からしたら、顔も見たくない、関わりたくない相手に、わざわざ親切にしなきゃならない訳で。
でも、本当にちっちゃな機内持ち込みサイズぐらいの荷物しかなくって、泣く泣く、ね。……え? 十分な用意をしないで海外渡航なんて頭おかしい? 全くその通りだと思うわ。
でも、それに付き合ってくれる砺波のSSも、何ていうか気がいいわよね。まあ、対象がストレス抱えて自殺したりしたら問題だし、仕事だからって事なんでしょうけど。それでも、あたしだったら出来ない事ねー。
きっと、「ざまぁ見ろ」 って、苦しむ様を見てたんじゃないかしら。それを思えば、感謝するしかないわ。
肩身の狭い思いをしながらも、何とか、敷地内の売店とか、通販のカタログなどで身の回りの物を揃えて……外には出れなかったわ、残念な事に。
その時使ったお金は勿論、あたしが成人してから返す、借金の一部になった訳だけど。
これは、後で知った事だけど、高額なこの監獄暮らしのお金も、あたし達は自分で返す事になるのよ。聞いた時はその莫大な額にめまいがしたけど。
考えれば当然なんだけど、何故かあたしったらその時、すごい驚いて。
磐梯だって息子の将来を台無しにした憎い娘、冷清院だって姫様を嘘で悪役に仕立てた女ってことで、憎いあたしにお金なんて払う訳ないのに、あたしは当然に保護されて大事に大事にされると思ってたの。
おかしいでしょ? でもあたしは、ヒロインだから。世界で一番に幸せになれるって……そう、思って。
醜聞をこれ以上広げる訳にはいかないって理由で、厳重な構えのこの学校に詰め込んだ、それだけのことで、別に、周囲の目からあたし達を隠した事だって、温情ではないのに、何故かバラ色の人生が待っていると、この時のあたしは、寝ぼけた頭でそう考えていたの。
●ヒロインのあたし、俺様のあいつ
まあ、それからあたしと、弘樹の隔絶っぷりったらなかったわ。
日常会話なんて、ほんと全然ないの。
「先生がホームワークに、だと」
弘樹は俺様で何様だけど、無駄に能力はあるから、学校を移っても先生には頼られてるみたいね。
問題児三人の中でリーダー格みたいな位置づけになってしまったから。
クラスも違うのに、先生から会話の不自由なあたしとの橋渡しみたいな事をやらせられてるんだけど、律儀にそれをこなしてて。
そこは感謝しなくちゃいけないんだろうけど。
「あら、ありがとう。あの先生、訛りが酷くて早口だから、何言ってるのかよくわかんなくって」
「フン。お前の為ではない、犬飼に渡すついでだ。それで、犬飼はどこだ」
事務的な事はやってくれたけど、ほぼ私的な会話なんて、あたし達の中にはなかったわ。
目を合わせて、あたしが笑顔を見せても……付き合ってたあの頃の優しい目は何だったの? ってぐらい、冷たい目をしてふいと目を逸らす。
弘樹はここに来てから、あたしを見たくもないって感じで常に怖い顔で、トゲトゲしい態度を取ってた。
……正直、ムカつくわ。でも、こいつぐらいしか日本語で会話も楽しめないんだもの。
会話に飢えてるんだもん、こっちは必死よ。張り付きの砺波のSS? 彼らは仕事だもん、無駄話なんてしないわよ。常にあたし達を見てるだけ。
だから何とか、弘樹と話を続けようとするんだけど、こいつったらそっけない。
「お前と無駄話をする暇はないと言っているだろう。探さないなら自分で探す」
そう言って、プリントまで取り上げようとして。
「わ、分かったわよ! ちょっと待って、今、探してくるわ。……ちょっと、逃げないでよ!!」
あたしは慌てて、あいつが逃げないようにって早足で、わんこを探しに行く。
教室の作りは、特にお金持ち学校だからって変わりはないのよね。木製の机と椅子と、黒板と。
あたしは机の並びを眺めながら、わんこの姿を探す。ああ、特に席は決まってないのよ。みんな好きな処に適当に座るの。自由と言えば自由だけど、こんな風に人を探す時は面倒ね。
ところで、俺様はあんなだけど、わんこはあたしに特にいやな顔をしないから、偶のわんことの会話が、楽しみだったりするんだけど。
「ねえわんこ、話は今いいかしら?」
当たり前にクラスの友人と話してる、そんなわんこに話しかけたあたしを、怪訝そうにわんこの友人が見てくるわ。
周りの反応? よくはないわね。
「あ、星愛……は、先生から、プリント、貰った?」
「うん。休日中のホームワークみたいね。他にも追加があったみたいで、弘樹があなたの分も預かってるって」
「おれ達、他……の子、より進み、遅いから……かな。じゃあ、取りに行く……ね」
同情だかなんだか、分からないけど。あの頃からもずっと変わらないわんこの態度に、あたしは救われた。
無視しない相手にほっとして笑うあたし。こくり、と頷くわんこに和んで、あたしは誘いを掛けるんだけど。
「あ、わんこ。あたしこれから暇なんだけど」
でも、ね。
結局、誰だって自分が可愛いの。
「あの、ごめん、おれ。……クラスの、みんな……と」
浮いてるあたしの事を、彼は優先してくれはしない。
●あたしとわんこの、お別れの日
それはなんでもない日の事だった。
「ごめん、ね。星愛……おれ、約束、した、から」
これからはあたしを、構わないって。
初めて、わんこはあたしの事を、拒絶した。
「ねえ、どうして? 嫌いになった?」
「そんな、事は……ないけど。でも、おれも、付き合いが、ある……し」
わんこだって、慣れない生活にまあ必死なんだけど、そんな事知らないし分かりたくもないあたしは、わんこにつきまとう。
「それがどうしたの? あたしは、もっとわんこと話したいのに!」
日に日に、クラスの目は厳しくなっていった。でもあたしは必死。
あいつがああだから、わんことしか話せないんだもん。いつでもどこでも、付きまとった。
周りの反応なんて知らないわ。
だって、あたしはいつも、寂しくて、暇で。
「ねえわんこ、ねえってば」
毎日毎日、わんこにくっついて回るあたしは、さぞかしおかしな女と、思われてたのでしょうね。
「……!!」
早口のスラングがそのうち、わんこの友人から飛び出すようになる。女性に向けるにはかなりきつい内容のものが。
彼の語調は、日々きつくなっていったわ。わんこは、きつい人間が苦手なタイプ。
友人があたしを追い払う為に飛ばすスラングの語調に、いつもビクビクしてた。でも、あたしは気にしない。気にする余裕なんて、ない。
そうして、次第に困った顔をする事が多くなった、わんこは。
「ごめん、ね。もう、止められ、ない、から。クラスの、子が……本気で、怒る、前に、ね」
あたしを悪く言う、友人達の顔が怖くなったって。
でも、いつかみたいに、誤解で友人を……嫌いたくないって。
それに、女を殴る人ではないけれど、あたしに対する怒りは強いらしいから、お互いに悪い事になる前に。
「星愛……も、ね。きっと、友達……出来る、から。頑張って、ね」
あたしの前から、去っていった。
……貴重な話し相手は、そうして消えてった。
それから、あの頃の姫様みたいに、一人ぼっちだ。




