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夜明け

 伊田が地下室からでて、上林からの報告を聞く。

「森の中の傭兵からの通信が途絶えました。拠点の一つが突破されたようです。」

「だったらさっさと他の拠点から人をむかわせろ、何のために糞高い契約金を払ったんだ。」

「他も交戦中のようで、増援に行けないようです。多分、すぐに全部突破されます」

「くっ、足止めすら務まらんか…」

 わざわざ航空戦力を削ぐための根回しに労力を使ったというのに。軍内部の協力者にも大きなリスクを負って貰った。

(所詮寄せ集めか…)

 伊田は静かに思考を巡らせる。五条を殺害し、そのまま逃走を図る。確か妨害に早く気付いていればそろそろヘリが近いはず、車ごと爆破されるのは勘弁したい。本来なら、傭兵らを囮にヘリの気を逸らし、その間に車で逃走する予定である、しかし、こうも早期に全滅されると、この本部から市街地に続く峠道で爆撃される恐れがある。

 市街地はここから車で30分ほど距離にあり、恐らく検問がしかれ、一般人の車は通れないが、手回しは済んでおり、伊田は通り抜けれる。勿論、仕事柄、車は防弾性の特注品だが、精々拳銃やサブマシンガンを防ぐ程度で、アパッチのガトリングに耐えられるとは思えない。伊田にとって、まず第一に優先すべきは自信の命である。汚らしいおっさんと心中するつもりはない。市街地に入れさえすれば…たとえ衛星から見られようと、その寂れた都市は地下街が広がっており、逃げ場は幾らでもある。組の支店も少しはある。そこまで五条を連れて行き、始末したとしても、手間はかかるが死体の処理も可能だろう。それに、一応反乱軍である彼らは、警察とは連携出来ない。監視カメラの事もさほど問題ではないはず。

(車に五条を積めば、少なくとも爆撃される事はない…)

 考えをまとめた所で、上の方から怒声と銃声が響く。

「きたぞぉ‼︎」「ブッ殺せぇ!」「舐めんなぁ」

 傭兵を全滅させた彼らに対して、ただでさえ人手を減らされたうちの組員達にはあまり期待しない方がいいだろう。

「じゃ、俺も行きますんで」

 そう言って戦闘に加わろうとする上林の筋肉質の肩を掴んで、引き止める。

「お前は俺と来い。」

「う、うっす」


 2階からろくに狙いもつけず奇声を上げながら下に銃を乱射している組員を狙い、引き金を何度か引く、肩と胸から、明らかな致命傷であろう傷を負いながら、それでもなお撃ち続け、頭を撃ち抜かれてからぐったりと倒れる。その死体を下に落とし、同じ様に乱射し始めた男の側で、誰かが投げた手榴弾が炸裂し、ズタズタになった男が室内に吹っ飛ばされ、老朽化したコンクリで出来たと思われる建物がまた少し崩れる。

 銃撃戦に置いて、高所にいるというのは大きな利点である。それでも、まるで自分の身を顧みず、薬で痛みや恐怖も感じず、ただ感情の昂りに任せて銃を放つ彼らに辟易する。先に交戦した傭兵と違い、負傷する可能性は少ないが、それでも命に関わる事に変わりない、それでも相手は死の恐怖を殆ど感じずにこの場にいる事に、不平等性を感じる。

(負傷者数名に対して全滅させといて平等云々いうのもなんだけどね)

「これはこれでしんどいですね。」

 近くにいた隊員が声をかける

「全くだ、あのロボットがもうちょっと起動時間長ければこいつらも頼んでたのに」

「仕方ないですよ、あれだけ派手に動いて長時間起動したら、それこそ化け物ですよ。」

 突然、本部から通信がはいる。

[おーい、まだ生きてるか]

「ピンピンしてますよ、どうしました?」

(とうとう無線係は仕事を奪われたか。)

[いい知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい?]

「悪い方から」

[衛星からの映像によるとおっさんがそこから連れ去られ、市街地に向かっている。]

「その道は検問が貼ってあるのでは?」

[あるけど、多分突破されるよ、市街地に入り込まれるとゲームオーバーだ]

「了解、いい知らせは?」

[ヘリが着く、その建物バラして貰ってからヘリに乗っておっさんを追っかけろ。]

「了解」

 他の部隊に無線でヘリの到着を教え、自分の部隊にも後退するよう伝える。

 ちょうどその時、黒い機体の攻撃ヘリが3機現れる。納入時にゴタゴタが起き、一機が100億ちょっとの値段になった高級アパッチだ。(性能は並だ)ヘリから放たれた数発のロケットポッドが、建物に当たり、弾ける。慌てて出てきた組員達を、仕事がなくなった3つの小隊がライフル弾で歓迎する。ヘリから無数のロケットが発射されコンクリの建物が轟音を鳴らしながら崩れていく。と、何時の間にか接近していた輸送ヘリが、ロープを垂らす。

「おい!残弾と体力に余裕がある奴は俺と来い!」

 疲労のせいか命令が雑になる。それでも何人かが返事を返す。

「残党の処理を頼みます」

『任せとけ』『頑張ってください』

 黒蛇隊と赤犬隊に連絡を入れてから、部下達とロープを伝って輸送ヘリに乗り込む。

「急ぎますよ!揺れるんで気をつけて!」

 ヘリのパイロットが、声を掛け、急発進する。


 上林は峠道で左手側の崖を意識して車を走らせながら、彼の上司と、両肩と両足の甲を拳銃で撃たれ、身動きが取れずに血を流している五条をバックミラーで見る。

 砦から車で逃走する際、伊田に残った奴らの事を聞くと、時間稼ぎの囮だ、とはっきりと言い切った。彼は組の中でも、冷血で知られている。実際上林も、彼は碌な死に方をしないだろうと思う。しかし、ごく稀に驚くほど情に厚い時がある。例えば、今回だって、彼一人でも逃走は容易かった筈である。それでもわざわざ自分を連れてきた。こんな事は初めてでは無く、彼の兄弟縁(血は繋がってない)からの遺言で、息子の上林の面倒を見るよう言われそれを今でも忠実に守っている。当時ただのチンピラだった上林が、どうにか幹部の部下としていれるというのは、伊田の助けが大きい。

 上林の当時の知り合いは運のいい奴は莫大な金を払い組を抜け、それ以外の者達は抗争に巻き込まれたり、上納が足りずに責任を取らされた。自分もゴミみたいな人間だという事は自覚している。女も子供も大勢泣かした。どうせいずれゴミみたいな死に方をして終わる。

(だから、それまではこの人を裏切る訳にはいかん)

 覚悟を新たにアクセルを踏み込む。その時、後ろから爆音を鳴らしながらヘリが飛んでくるのが見える。

「伊田さん!」

「爆撃はされん。狙撃されるなよ」

(無茶な!)

 アクセルを目一杯踏み込み、車を蛇行させる。ヘリの側面からゴツいアンダーバレルを装着したM4と思わしきアサルトライフルを軍人達が向けている。

(裏切るわけにはいかない、伊田さんを)

(まてよ、防弾車ってライフルは弾けるのか?)

(そろそろ止血してくんないと死ぬよね、俺)


「見つけました!」

 ヘリのパイロットが隊員達に声をかける。輸送ヘリの側面のドアを開き、ヘリから銃を狙えるようにする。スピードを上げだ車にヘリがあっさり近づき、隊員達が車を確認する。

「目標は後部座席にいる模様!」

 隊員の誰かが見つける。

「よし!後ろは撃つなよ!」

 言いながら奥田は銃を構え、蛇行しながら走行する車のエンジン部を狙いフルオートで弾を撃ち込む、他の隊員も運転席など思い思いの場所にライフル弾を撃ち込み、車の片側のサイドミラーが弾け飛び、着弾した部分の塗装が剥がれ、高級車がどんどんみすぼらしくなる。しかし、蛇行しているのもあり、弾の多くは外れている。当たった弾も、あっさり弾かれ、貫通できていない。

「くそ!防弾車だ!しかも結構いい値段の奴だ!」

「構うな!蜂の巣にしてやれ!」

(こいつら楽しそうだなぁ)

 奥田は雄叫びを上げながらマガジンを空にしていく隊員達を見てフルオート射撃の魔力を実感する。銃声に負けないように声を張り上げながら、パイロットに声をかける。

「おい!なんか無いか!このままじゃ埒があかん!」

「ガトリングなんかどうですか!弾はたっぷり入ってますよ!」

「馬鹿!目標ごと挽肉にする気か!」

「奥の保管箱にフルメタルジャケット弾があります!あれなら丁度いいでしょう!」ヘリの尾部方向の保管箱にFMJ弾の入ったマガジンを見つける。5.56mmの三十発弾倉、使える

「おい!プレゼントだ!」

 丁度弾が切れてきた隊員達にそのマガジンを渡す。

「パイロット、車の正面から撃ち込みたいが、位置の調整を頼めるか」

 隊員達の銃撃を見て、蛇行し、並走している車を横から狙うと、うっかり後部座席を撃ち抜きかねないと判断する。

「任せて下さい!ヘリの右側から狙えるようにします。」

 それを聞いた隊員達が一斉に右側に移動する。加速するヘリから落とされないようしっかり手すりに捕まる。そして、丁度車の進行方向を遮るようにヘリが空中でホバリングする。ヘリ内の部隊全員が構える

「撃てぇ!」

 奥田の掛け声と共に、隊員達の銃口が火を吹く。防弾車のガラスがひび割れで白くなり、すぐに砕けて割れる。残っていたサイドミラーも弾け飛び、エンジン部が穴だらけになって煙を上げる。タイヤが割れたのだろうか、急にスリップして回転し、運転席が崖側のガードレールをひしゃげさせながら突っ込み停止する。

(目標、生きてるかなぁ)

 奥田の胸に不安が広がる


「うう…」

 悪夢の様なドライブを終えた上林は、転げるように、車から出る。と、少し離れた所から、軍人達が一人づつヘリから降りてくるのが見える。

(ここまでか…)

 肩から血が溢れ、そこが撃たれたことは分かるが、全身が痛み、他に体のどの部位にどんな傷を負っているかも分からない。どうやら手は動く、這いつくばったまま懐から拳銃を取り出す。最後の抵抗である。

(プライベートライアンかよ…)

 ぼんやり考えながら、拳銃を向けようとした瞬間。拳銃を持った腕を足で踏まれ堪らず銃を取り落とすと、何時のまにか車から降りていた伊田が、その拳銃を拾う。

「悪いな、自分の分をなくした、こいつは貰うぞ」

 伊田は腹から大量に血を流しており、口からも一筋の血が流れている。

「伊田さん…その傷…」

 呟く上林を無視して、崖の方に引きずる。

「出来るだけ地面に体をつけるんだ、ずり落ちろ、摩擦が大きくなるようにするんだ一度スピードが上がると面倒な事になる。」

「えっ、この崖降りるんですか?」

「びびんな、腹くくれ」

 ゾッとする。確かに絶壁というほど急では無いが、人が落ちて助かるとは思えない。まだ、何か言おうとするより先に、伊田が真剣に話し始める。

「いいか、俺は最悪な人間だ、弱者を踏みにじって強者にへつらい、自分の身を第一に考えてきた、今回の事だって俺が上に媚びて、下を脅し付けてやった事だ、何人も死んだが、誰も得してない、俺のちっぽけな復讐心が埋まるだけだ。その事に今更反省なんてしないしするつもりも無い。悪かったなんてこれっぽっちも思ってない。お前だってまともに育てたとは言えん。だがな、そんなお前だけが俺の人生の誇りなんだ。だから…」

 そこで言葉を切り、上林をガードレール下から崖に押し出す。

「元気でな」

「そんな…」

 上林は、それ以上何も言えずにそのまま崖をころげ落ちていった。隊員の一人がそれに気付き、ライフルの弾が切れたのか、ハンドガンを撃つも、射程が足りずに当たらない。上林が見えなくなってから、伊田は車からボロボロになった五条を引きずり下ろす。五条が地面に転がる。

「さて、こんなおっさんと心中とは情けないですが、仕方ないですね」奥田達のヘリからはクルマが邪魔で射線は通らない。

「こんなんなら、さっさと殺しとけば良かったのにな」

「いいんですよ、あいつを逃せましたし」

「お前もさっさと逃げればいいのよ」

「この傷で逃げても仕方ないでしょう、というか何故無傷なんですか」

「慣れだよ、お前さんらが俺を誘拐した時も無傷だったろう?」

「流石ですね、ではさよならです。」

 銃口を頭に向ける、銃声が響く。


 伊田の右手が赤く弾け、そこに握られていた拳銃も砕けてバラける。間髪入れず、胴と脚部に二発ずつライフル弾が叩き込まれ、体が地面に崩れ落ちる。

(何故だ…)

 奥田達のヘリは反対側にあり、車で射線を防いでいるはずである。撃たれた方を見ると、別のヘリがこちらに向かい飛んできており、狙撃手がこちらに向かいスナイパーライフルを構えている。

「く…そ…」

「これはもう助からんな…」

 不自由な手足で、どうにか車に寄りかかり、少し迷ってから、五条は話し始める。

「まずな、あのテロの犯人は俺じゃない」

 伊田が、返事を返す気力もなく、ただ五条の方に目を向ける。

「世界各国のごく一部の人間が決めて、実行したんだ、ウイルスを作ったのは俺だが、ばら撒いたのも、場所を決めたのも、俺の知らない誰かだ。俺が犯人なのは、俺が自分で進んで名乗ったからだ、犯人が分かれば、犯人捜しはされないからな。ワクチンなんてとっくに作られて、俺を含む必要な人間には摂取されてるよ、首都であんな事が起きた中国で、未だ細々とした政府が存在してるのや、石油大国の中東で未だ感染が広がってないのがいい証拠だ、恐らくあと数年の内にアメリカでも感染が広がり、ある程度人口が減ったら、俺が場所を喋った事で発見されて量産された、として世界中ワクチンが広まるよ」そこまで一気に喋り、一息つく。

「あと、お前の娘さん…あかりちゃんだろ?」

 生気のなかった伊田の目に光が宿る。

「生きてるよ、感染者達が集う集落で、日本人の娘なんて珍しかったから覚えてる。快適とは言えんが…まぁまぁの暮らしをしてる」

 伊田が目を見開く。

「それを言いたかったんだ…だから、まぁ安心してくたばんな」

 見開いた目から涙を流しながら、微かな声で呟く

「あり…が…とう」

「いや、俺も誰かに話せて気が楽になったよ、助かった…っておい、生きてるか?」

 伊田からの返事はなかった。昇ってきた朝日が辺りを照らす。

「あれだけ語っておきながら、自分は随分と穏やかな死じゃねえか…」


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