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トーカイの言葉の内容を理解するのに、少し時間が掛かったが、持て余していた手の中のフィルムに目途を付けることが出来たので、僕はひとつ問題を崩した。
「人間の消失の原因はこれってこと。なるほどね」
僕はフィルムをリールごと部屋の隅に放った。あの辺にはごみ箱がある。
「おいおい、なんだよそれ。もっとこう、なんかあんだろ?」
トーカイは僕が捨てたフィルムをごみ箱から拾い上げた。華族なのに、ごみ箱に手を突っ込むことに少しも躊躇しない粗野な性格らしい。
「なんかって何? 原因が解ったからそれで良いよ、もう」
考えること、やることなんていくらでもある。
どれほどの人間が消失したのかは知らないが、このフィルムの内容が原因とするならば、ブレインチップを埋め込んだ地球人と、そのリンクしているモノ(このモノというのは、親に付属する子供や、機械たちのこと)全てが消失又は停止対象なのだろう。
ならば、これは地球内で起こったことであり、地球の外には関係がない。それだけ知り得れば良い情報が、このフィルムの存在だったので、僕にとってはこれはもう用なしと言える。
だから僕は、次を考えなくてはいけない。
精査していて解ったが、自動で動くもの以外の機械が全て死んでいるので、事態は非常に厄介なことになっていた。
今回の人間消失で地球の大部分が機能を失った為に、僕が飛び立つ為にしなくてはならない重大なことがひとつ増えた。それを解決しないことには、僕は宇宙へは出られない。
「誰がなんの為に、こんなことをしたのか、俺は知りたい」
僕の前に捨てたフィルムが突き付けられる。
「ナンジョウ、力を貸してくれないか?」
突き付けられたフィルムがブレていた。そんなに強く握りしめたらリールが壊れるだろ、と僕はトーカイの顔を見上げた。
「いやだ。というか無理」
僕は完結に答える。
「はあ? 無理ってなんでだよ。電子記号が読めるってことは、技師なんだろう?」
「僕は古代物専門なの! そりゃあ電子記号は読めるけどさ、それは基本の範囲内。アップデートされて複雑化した電子記号なんて解るわけないだろ! それに、解析したところで、解るのは結局のところ理由と手段だけ。君にとっては重要かもしれないけれど、僕にとっては心底意味がない」
誰がどうしてかなんて、この状況下では無意味だ。
僕は椅子を回して液晶モニタに向かう。そういえば、供給されているエネルギィは自動の筈だけれど、いつそれが止まってもおかしくはない。
「それよりもトーカイ、君、鉱石か何か持ってない? 出来るだけ代替えのものを用意しておきたい、ん、だけど……」
ぱらぱらと、トーカイは作業机の上に宝石をばらまいていく。宝石は鉱石よりも燃料用のデータを凝縮しているものだ。大変高価なもので、平民ではまず手に入らない。
「欲しけりゃあ、いくらでも売ってやる」
背広から外、内ポケットからトーカイは色とりどりの宝石を無造作に机に放っていく。トーカイは、こちらを窺うようでいて、追いつめる様な、そんな強い視線を僕から外すことはない。
「……解ったよ。解ったってば! やれば良いんでしょ、やれば」
宝石はあくまで保険で、現状どうしても必要なものではないけれど、僕はトーカイの取引に乗った。つまり、僕はトーカイの熱意に絆されたのだ(断り続けても付き纏われそうだと思ったのもある)
「本当か?」
「ただし、僕の目的が最優先だから。その作業の合間にするだけだから!」
「それで構わない。俺に協力できることがあればなんでも言ってくれ。ナンジョウ、お前だけが頼りなんだ」
(視線で脅しを掛けてくる男がよく言うよ)
クロックドールが宝石を拾うのを横目に、僕はやることが増えた分を補うために早速機械とデータの調整に入る。
「トーカイ、君、何が出来るの?」
トーカイはどこをどう見ても技師ではない。その身なりからは華族だということしか解らない。
(でも、ひとつくらい何か出来ることがあるだろう)
「ブレインチップがねえから電子関係はさっぱりだな。あ、でも金は腐るほどあるぞ」
「だろうね! 凄く役に立たない!」
ブレインチップに頼りきった人間は、その機能を失えば廃人と同レベルの思考しか持たないと言われているが、トーカイは、それにあたらない。だから、ブレインチップがなくても人間は通常の思考を保て、自主的な行動と会話が出来るということが今まさに、僕の目の前で証明されている。
(だとしても、ブレインチップのない華族なんて、無価値も同然じゃあないか)
華族が高い地位を得られているのは、受け継がれている膨大な情報に価値があるからだ。彼自身の言うとおり、今の彼の取り柄と言えば金があること、それのみだろう。
「用がある時は声掛けるから。それ以外はクロックドールの面倒を見ててよ」
「クロックドールってこいつのことだよな」
机の下で集めた宝石を数えているクロックドールを、トーカイが掴みあげると、クロックドールは悲鳴を上げた。
「やだー」
地上でトーカイに追い掛け回されたのがトラウマにでもなったのか、クロックドールはぶるぶる震えだす。
「クロックドールは僕ら、僕と君のライフラインだから。丁重に扱って」
「ライフラインってこれが?」
トーカイが首を傾げるのも解るが、今となっては、クロックドールに命を預けている状況だと言っても過言ではない。
「クロックドールは古代物だけれど、僕の持っている機器の中で一番性能が良いんだ。それと、僕の食料の管理をしてる。彼の機嫌を損ねると、食料出してもらえないから注意するんだね。あと、一日ネジを26巻きするのを忘れないこと」
クロックドールは演算等、即席の端末の様なことも出来る優れ物で、重宝している。ただ、その能力以上に手が掛かるのがデメリットで、僕は丁度いいと、その手間をトーカイに押し付けることにした。
「あと何日?」
早速ネジを巻き始めるトーカイを見ながら、僕はふと、クロックドールに聞いた。
「あと4日だよ」
時間は刻々と過ぎていく。やるべきことはまだ山積みだ。
「なんのカウントなんだ?」
「ヒカルの誕生日」
トーカイの問い掛けに、クロックドールが答えた。途端、意味ありげな顔でこちらを見る男。
「宇宙領域規定法。それのクリアまでのカウントだから。にやついた顔でこっちみんな、おっさん」
「おっさんって、俺はまだ三十路前だ!」
(十分おっさんじゃあないか)
僕は心中で罵りながら、年齢が足りなくて宇宙に出れないなんて、なんて歯がゆいのだろうと思う。
あと一週間誕生日が早ければ、僕は今頃宇宙へ出ていただろう。
あと一週間誕生日が早く来ていれば、僕は、処分されることもなかっただろう。
悔しさのあまり、余計な思考まで引きずり出してしまった。首を振って、プログラムの構築にのみ意識を集中させる。しかし、どう調整しようと結局のところ、ひとつの壁にぶつかる。
(やっぱり。管理塔の回路が閉じてる)
地球は鎖星している。それが原因で内外部共に常に回路は閉じているのだが、衛星通信の規制緩和で週に一度、決まった時間に開く。
僕が宇宙を出る際に絶対不可欠なのは、この回路だ。開いた回路を通る衛星通信の回線に引っ張ってもらい、綱を渡るようにして道を開き、宇宙へ飛ぶ方法を考えていた。
通る回線自体は外部から一本通してもらえさえすれば解決するが、回路が閉じている状態では外からの通信は全て拒絶されることになる。
(回路を開く方法なんて、ある、のか?)
管理塔は外からのアクセスは丁寧に弾いてくれる。唯一の方法は、管理塔内部から直接操作して回路を開くことだ。
(管理塔のセキュリティを通るのにどれほどの時間が掛かるか……最悪、通れないかもしれない)
椅子の背にもたれかかって天を仰ぐ。
幾つかのパターンを想定しては、撃沈されていく。それを何度か繰り返して、僕はイレギュラーな存在を思い出す。
「トーカイ、君のシリアル端末見せて」
「あ? これか」
放って寄越されたシリアル端末のデータを見る。
「トーカイ、君、初めて役に立ったよ!」
トーカイのシリアル端末には、権限を制限されているものがほとんどなかった。これがあれば管理塔に入る事もできる。
「僕、ちょっと管理塔まで行ってくる」
いてもたってもいられず、僕は立ち上がり、外へ行く準備を始める。
「俺も行く」
「トーカイが来ても何も出来ることないと思う」
「管理塔でこれの解析が出来るかもしれねえだろ」
彼はフィルムを取り出して、まるで僕に圧力を掛けるように同意を求めた。
「うん、そうだね」
僕は塩っぽい顔でさらりと答える。
(フィルムのことすっかり忘れてた)
回路を開くことと、フィルムの解析の為に、僕たちは管理塔へ向かい始めた。