表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カウント7  作者: reco
1/3

1

 地球の外、他の星に移住する計画が成功したのは、遥か昔のことだ。今が、月歴5256年だから、そう、もう2000年も前になる。

 当時は何千、何万もの人が地球の外、宇宙へ飛んだという。

 とはいえ、現在は、ある理由で、宇宙に出ることに制限が設けられ、研究者でも宇宙パイロットでも、個人でロケットを所有しているようなお金持ちでも、許可が降りるのは、宝くじが当たるような確率だと言われている。

 民間人の、ましてや僕のような子供が宇宙(そら)を飛ぶなんて、夢のまた、夢のような話だ。

 唯一許可されている、他惑星との通信だって、民間人向けに開通されてから、まだ100年も経っていない。

 それだって、特定の民間人のみで、衛星通信が可能なのは、週に一度、決まった時間だけだ。


 月曜日は、月上人と。

 水曜日は、水星人と。

 木曜日は、木星人と。

 金曜日は、金星人と。

 土曜日は、土星人と。


――――そして、地球人の僕は、火曜日に火星人と通信する。


 僕、南条光(ナンジョウ・ヒカル)も、その特定の民間人に入るのだけれど、衛星通信は中流から上流階級の民間人のみが繋げることができるとされている。けれど、僕は、中流、上流階級でもなく、ただの民間人だ。それも貧乏寄りの。

 僕が衛星通信を出来るようになったのは、たまたまだ。そう、本当に偶然だったのだ。


 僕は、もはや古代物と呼ばれる液晶モニタの電源を入れる。

 現代では、光電式立体画像(通称・光画板)が主流で、モニタを通した映像は、既に地球では古代物扱いだ。

 液晶モニタと、個体識別のために所持を義務化されているシリアル端末を繋ぎ、衛星通信のプログラムを立ち上げると、液晶モニタに人影が映る。

 映像データをシリアル端末で取得し、解析した後、液晶モニタ用に映像を変換して出力しているので、その分、映像が明確になるまでに時間がかかる。

 キリキリと、線を引っ掻く様に軋んだ音を立てながら続くこの処理も、光画板なら一瞬で出来るというのだから、確かにこれらが古代物と言われるのに納得せざるを得ないと、僕は静かな部屋に鳴り響く処理音を聴きながら、未だ影だけを映すモニタを見て、思った。

 少しして、映像が鮮明なものに切り替わっていく。モニタには何度も衛星通信を交わしている火星人の青年キリテが映る。向こうでは光画板で、僕がキリテを確認するよりもずっと早くに僕の姿を認めているはずだ。

 それがなんだが気恥かしくて、僕は照れ隠しをするように通信上の共通挨拶「ハロー」と発する。

 モニタのこともあり、挨拶は僕からとなんとなしに決まっていて、それを合図に僕らの通話が始まる。

 火星人と言っても、大昔に創造されていた宇宙人像とは違い、2000年前に地球から火星へ移住した人を指している。文化は大分変ってしまったが、姿かたちは僕たちと同じ、人だ。

「ヒカル、俺は地球に興味があります。こんなに美しい星は他にありません」

 流暢な地球語を話すキリテ。キリテの使う衛星通話には、自動翻訳機能があり、僕の言葉も火星で使われている言語に翻訳されるが、キリテはその機能をあえて使わず、少し丁寧過ぎるほどの言葉使いで、地球への憧れを口にする。

「そうなんだ」

 僕は幾つかの言葉をぐっと飲み込んで、キリテの言葉に笑顔で返す。

「はい。空や海が青いと、ヒカルは言っていました。俺はそれを一度見てみたいです」

 火星は地球の様に地上で人が生活しているわけではなく、地核を中心に、地下都市が層を成しているという。

 僕としては、地核に人が住むということ自体がとんでもないことだと思うが、火星と地球とではそもそもエネルギー核が違うようで、地殻では生活することができないらしい。

「ヒカルに会えて、地球に行きたいという気持ちが一層強くなりました」

「ははは、キリテは本当に地球が好きなんだね」

「それは勿論です。火星人でしたら一度は夢に見ます。地球は俺たちの古い故郷でもあるのですから」

 宇宙旅行も簡単に出来るこの時代、地球は未だに未知の星とされている。

 その理由は、地球が鎖星しているからだ。

 遠く昔、地球から他惑星への移住が始まり、地球の人口は激減した。

 他惑星の開発を目的として、多くの研究者や重要機関の人間が地球を捨て、他惑星へ移住したからだ。

 火星もその移住地のひとつだ。

 移住が原因で人口が激減した地球は、その機能を失いつつあったという。

 そこで立ち上がったのは、地球連合という名の、現代でいう貴族たちが中心となる組織だった。地球からの出入りを全て禁止とし、他惑星との接触も禁止された。

 歴史の教科プログラムに乗っている、鎖星という言葉通り、他惑星からの干渉を全て拒絶してきたのだ。

 現代では、他惑星との衛星通話が、認められるようになったとはいえ、出入星は未だに禁止されている。

「……そんなに、……でもないよ」

「ヒカル、申し訳ありません。今の言葉は聞き取れません。何を言いましたか?」

「キリテが、いつか地球へ、降りれますようにって、祈ったんだ」

「それは、とても良いことですね。ありがとうございます」

 本当に嬉しそうに、キリテが笑う。

 そんな彼とは裏腹に、僕の心中は複雑だった。

 今だ見ぬ故郷への憧れを募らせているキリテには悪いが、地球連合が行った事実は、鎖星だけではなかった。

 地球連合は、地球人を徹底して監視下に置くことを決めた。

 満8歳になる人間全てに、ブレインチップという脳容量データチップを埋めることを義務づけたのだ。

 個体識別と監視目的のブレインチップは、その機能の他に、埋め込むことにより、脳の領域を増やし、記憶をデータへと置き換え、ブレインチップへの収納や変換、解析を容易に出来るようにしている。

 その為、地球人は脳に負担をかけることなく、膨大な記憶や知識、記録を管理することができるようになった。

 華族と呼ばれる貴族とは違う立ち位置である、地球人の中で最も高い地位と名誉を確立している一族らにいたっては、地球連合創立の時代、約2000年前の記録をブレインチップで受け継いでいるらしい。

 そうそう、地球では、地球国民の中で身分制度があり、地球連合に組する者は全て貴族、高濃度の記録と知識を受け継ぐ者の華族、一般国民である平民の三種類の身分で成り立っている。

「ヒカル? どこか具合でも悪いのですか? 今日はもう休んだ方が良いのかもしれません」

「ううん、なんでもないよ。どこも悪くない。それより、火星の話を聞かせてよ」

 僕にとって、キリテとこうして話している時間だけが唯一、安らぎを得られる。それをこんな詰まらないことを考えて時間を割くだなんて、相当ナーバスになっているらしい。

「僕は、火星に行ってみたいなあ」

 宇宙領域規定法で、人は15歳にならないと宇宙へ飛び立つことが出来ない。

 僕は、あと一週間で15歳になる。

 一週間後に、僕は地球から飛び立つつもりだ。

 この計画は、キリテにも話していないし、キリテに出会う前から既に決めていた。

 通話を終えて、立ち上がると、寝床に座らせていたクロックドール(ぜんまい式時計人形)を抱える。

 僕の膝くらいまでの大きさの、その癖、結構な重量感があり、人を模して造られた割には、作りものっぽさが目立つクロックドールだ。

「あと何日?」

 クロックドールに尋ねる。

「7日だよ」

 クロックドールは抑揚のない声でそう答えた。

 僕の誕生日までの日数を、クロックドールはカウントするように、プログラムしている。

 窓のない地下の一室で、僕は映らない星空を想像して寝床に沈む。

 あと7日。あと7日で僕は……、まどろみの中で思考がふつりと切れる。それは少し、機械の電源が落ちる瞬間と似ているかもしれないと、僕はそんなどうでも良いことをふと思って、眠りについた。


 閑散とした道を見渡した。

 僕は呼吸を忘れていたことをようやく思い出し、肺いっぱいに鼻で空気を吸い込んだ。

 街並みは、いつだってなんの匂いもしない。雑踏も人の声も、気にしないように出来ていた。

 僕ら地球人のあるべき姿が、この無味無臭で具現されたかのような、そんな感覚を僕はいつも感じていた。それは、とてもおぞましく、感じる度に、背筋が冷たくなる。

 そんな気持ちの悪いものが、ひどく嫌いだった。だから、悲しみはない。ただ、今日を最後に、世界が終るなんて、望んでいたことの筈なのに、僕は、そんなことが実際に起こる事を、夢の中でだって信じていなかったんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ