彼女との夏
◆成立する?
「男女の友情が成立しないって言うけどさ、あれって多分嘘だよね」
私のベッドに寝転がって、先ほどからずっと本を読んでいた彼女が、突然そんな事を言い出した。
いきなり何の話だと聞くと、彼女が実に嬉しそうに目元を細め、持論を口にする。
「だってさ、男女の友情が成立しないって説は、男女だったら相手が恋愛対象になり得る可能性があるから、友情が成立しにくいわけでしょう?」
「んー、まあ、そうかもしれないね」
「でもさ、女性を恋愛対象として好きになるアンタと、女である私の友情が成立してるんだから、それって矛盾してると思わない?」
ピっと立てた人差し指で私と自分を交互に指さしながら、「ね?」と笑い、さも大発見をしたかのように語る彼女の顔は誇らしげで、見ているとこちらの顔まで緩んでしまう。
「まあ、そうかもね。
っていうか、アンタとは記憶にない時からの付き合いなんだから、今更そんな目で見ないわよ」
「あはは、そりゃそうだぁ」
「それに、私にだって好みってもんがあるし」
「むぅ、どーせ私はペチャパイで面白みのない体ですからねー」
「そこまで言ってないってば」
ぷーっと膨れる彼女に、思わず笑いが漏れる。
この子の1番のコンプレックスは、キャミ1枚で寝転がっていても谷間さえ見えない、ペッタンコな胸なのだ。
しかし、彼女が誇らしげに話してくれた持論は、的外れもいいところだ。
言いたい事はよくわかるが、この場合は例が悪い。
彼女は、純度100%の友情を私に向けてくれているのだろうけど、私の好きな人は、ペチャパイでお人好しで鈍感な幼馴染みなのだから。
男女の友情が成立しないと言われているのは、もちろんお互いを恋愛対象にしてしまうという事以外に理由もあるのだろうけど、ひょっとすると、まるっきり嘘というわけではないのかもしれない。
◆変わらないもの
「子供の頃はさぁ、空ってもっと青かった気がするなぁ…」
久しぶりの休日、お昼の1番暑い時間帯に。
茹だるような暑さの中を、ブラブラと近所の川辺を歩いていた時、ふと思った事を言ってみると、隣を歩いていた彼女に「何をいきなり、らしくない事言ってんの?」と、失笑されてしまった。
まあ、確かにらしくないとは思うのだけれど…失礼な。
「んー、でもさ、思わない?
草も、もっとブワーッ!って生い茂ってた気がするし、川の水も、もっと冷たかった気がする。
梅雨もさ、昔はもっと梅雨らしく雨の日が続いてたし…」
「降ってほしいの?」
「も~、そういう話じゃなくてさぁ…」
あまりにも現実的な反応しか見せてくれない恋人に、ちょっとだけガッカリしながら拗ねてみせると、彼女はプッと噴き出して、「ごめん、冗談冗談」と言って謝ってきた。
どうやら、私はまたからかわれてしまったらしい。
でも、本当に時々だけど、つい子供時代と比較しては疑問符を浮かべてしまう事があるんだ。
紫陽花を庭に植えてる家が少なくなったな、とか。
道路に水撒いてるおばさん、最近いないな、とか。
パックのアイスじゃないカキ氷を売ってるような店は、喫茶店以外ではもう見かけないな、とか。
時代の流れと言ってしまえばそれまでだけど、やはり寂しいのだ。
こんな事を考えるようになったという事は、私ももうオバサンの仲間入りなのかもしれない。
「ま、言いたい事はわかるけどね。
蚊取り線香も使わなくなったし、野生の向日葵も見なくなったし、もう少ししたらセミがうるさくなるけど、セミとりしてる子供なんか、今時いないしね。
私らが子供の頃は、虫かごいっぱいに獲ってたのに」
「あ、そうそう。それで、家に帰ってお母さんに見せたら、気持ち悪いから逃がしてらっしゃい!って」
「だよね。もう、子供が頑張った成果を、気持ち悪いで片付けちゃうんだから、酷いよね」
「本当にねー」
当時の事を思い出し、あの頃はああだった、あの時はどうしたといった話でひとしきり盛り上がる。
こんな時、彼女の存在は恋人以上に幼馴染みという関係が色濃くなるのだ。
彼女は、私が日焼けして真っ黒になっていた姿も、スイカの食べすぎでお腹を壊した事も、取り逃がしたセミにおしっこを引っ掛けられた事も知っている。
私の25年分の思い出を、1番たくさん共有している人だ。
「色々と変わったよね、子供の時とは」
「そうだよね」
「私達の関係も、変わったしね」
「そうだね、まあ、相変わらず一緒にいるってのは変わってないけど」
「んー、それは多分、今後も変わらないなぁ」
…しれっとした顔で嬉しい事を言ってくれる。
けれども、彼女がそう言うのなら、おそらくそうなるのだろう。
私から彼女を手放すなんて事は、これっぽっちも考えられない。
「変える気もないしね」
と、出来るだけ素っ気なく言ってみた私の言葉に、彼女はニッコリと満足気な笑顔を見せた。
そういえば、この笑顔も子供の頃からちっとも変わってないんだ。