三顧の礼編~その1~
「リュウビ様、もうひとつどうぞ。」
笑顔だが、目は笑っていない髭面の武将が酒をついできた。
「ああ、どうも。サイボウどの。」
リュウビと言われた男性は杯を受け、それを飲み乾した。
ここは襄陽城の一室。
酒宴が催されているところだ。
名目は戦勝祝い。
城下で起きた反乱分子の掃討制圧に出向き、それを収めた軍の主であるリュウビをもてなしている。
リュウビは、47歳。
若い時、有志を募り義勇軍を結成し、天下万民のため立ち上がった。
だが、未だ大きな戦果を上げることは出来ず、各地を転戦してまわり、今現在はこの地を支配している太守リュウヒョウという人物の管理下で他国からの防衛や反乱分子に対する備えとして働いている。。
私ももう若くはない。
それなのに、現状はこの地の、いち防衛役。
自分の配下や、妻にも、このままの状態では申し訳ないなあ。
「リュウビ様、いかがなされました?戦勝祝いだというのに浮かない顔をされて。」
暗い顔で飲んでいるリュウビを見て、サイボウが聞いてきた。
このサイボウという男。
この地の太守リュウヒョウの義理の兄にあたる。
彼の妹がリュウリョウの側室なのだ。
年齢はリュウヒョウがだいぶ上だが。
その妹には、子供がおり、側室の子で次男なので、跡継ぎは正室で長男が継ぐのが筋なのだが、サイボウは自分の妹の子にこの国を継がせたいと考えている。
よくあるお家騒動の火種である。
そんなことはリュウビに関わりなさそうだが、それが大有りで。
実は、リュウヒョウの長男は病弱で、先述の次男はまだ幼い子供。
どちらも跡継ぎに不安なので、ひとまずリュウビにこの地を治めてもらおうかとリュウヒョウが思っているらしいのである。
サイボウとしては、このリュウビに国を乗っ取られるのではと考えているのだった。
(リュウビにこの地、荊州を乗っ取られては、私たちの居場所はなくなる・・・)
「いかがなされましたかな?リュウビ様。」
「あ、ああ。いや・・・まあ。」
リュウビははっとして答えた。
「いや、自分も歳をとったものだと考えておりまして。」
「リュウビ様は大変お若くありますよ。お歳を聞いた者は驚くでしょう。」
「いやぁ、あらぬ所へぜい肉がつきだしまして、このまま老いさらばえていくのかと思うと気持ちが落ち込むのでございます。」
「・・・やはり、わが国での現状にはご不満なのですなあ。」
ぎくとしたリュウビに、サイボウは酒のうえの冗談でござると笑った。
が、相変わらず目だけは笑っていなかった。
*
酒宴も終わり、リュウビは自分の居城へ帰ることにした。
護衛の配下は二人だけ。
カンウとチョウヒという大男である。
年齢はふたりともリュウビより少し下で、若い頃、旗揚げのときからともに行動している。
というより、最初はこの三人でスタートしたのだ。
カンウは長い髭がトレードマークで、なかなかの男前。
塾の先生をやっていたこともあり、学問も出来る。
チョウヒも髭を生やしているが、カンウほど長くなく、けっこうワイルドな感じ。
こちらも男前である。
声が大きく、大の酒好きである。
三人、駒を並べて、時折談笑しながら、居城への帰路に向かう。
と、突然、十数人の何者かに囲まれた。
覆面をしていて顔はわからない。
全員、槍や矛を構えている。
「なんだテメェらっ!」
良く響く大きな声でチョウヒが怒鳴った。
十数人が一瞬ひるんだ。
「チョウヒ!」
カンウが刀を抜いて、身構えるように指示した。
が、言われるまでもなく、チョウヒはすでに抜刀していた。
リュウビも剣を抜いた。
その様子を見るや、覆面の男達は一斉に襲い掛かってきた。
カンウはリュウビを守りながら戦い、チョウヒは率先して敵に向かっていった。
槍や矛の集団相手に、剣で立ち向かいながら、チョウヒとカンウは覆面の集団をまったく相手にしなかった。
あっという間にほとんどを斬り伏せ、残ったわずかな男達はすぐに逃げた。
「何者だ?こいつら。」
チョウヒは斬った男の覆面を剥ぎながら言ったが、もちろん知ってる顔などない。
「サイボウに雇われた連中かもしれんな。」
リュウビにケガなどなかったかと確認しながらカンウが言う。
「サイボウの?なぜ。」
「この荊州をリュウビ様に乗っ取られると思っているらしいからな。密かに消してしまいたいと考えているんだろう。」
「あの野郎・・・。このままじゃすまんぞ。」
「落ち着けチョウヒ。サイボウが仕向けたという証拠はない。」
剣を収めながらリュウビが言った。
「しかし!」
「事の報告はリュウヒョウ殿にはする。」
絶対にサイボウ達の仕業だと怒って譲らないチョウヒをカンウとなだめながら、リュウビは居城である新野へ戻った。
つづく。