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死後探索  作者: 華織
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泉と恵み。

学校も始まり、いろいろ忙しくなってきました。

いきなり白い空間に連れて来られた私は驚きを隠せなかった。

そこには相変わらず白い空間が広がっているだけで、物体と思わしきものは何一つ存在していないようだった。

こんなところに私を連れて行くなんてどうしたものかと思い、ふと彼の方を見ると、何やらぶつぶつと呟いていた。

あまり聞き取れなかったが、日本語ではなさそうだ。

その呪文のようなものを唱えている彼が、あまりにも真面目な顔をしていたものだから、話し掛けるのは気が引けた。

自分で言うのも何だが、空気は読む方である。


することの無い私は彼の方を見続けた。

改めて見てみると、非常に整った顔立ちをしているな、と思った。

シミ一つ無い白い肌は、まるで陶器で出来ているかのよう。

綺麗な翡翠の色をした目は、子供の目のように澄んでいる。

男の割には少し長めの黒髪も、サラサラとしていて艶があり、鴉の濡れ羽根色をしていて美しい。

スッと通った鼻筋なんかも、形の良い目なんかも、すべてが整い過ぎていた。

男であるのがもったいない位である。


「……そんなにじろじろ見られてしまえば集中出来ません。」


「あらごめんなさい。でもちゃんと説明してくれないと困る…って、話聞いて無いし……。」


彼が人の話を最後まで聞かないのは珍しかった。

それほど重要なことなのだろうか。


私は彼を見つめるのを止め、白い空間を見渡した。彼はいまだに呪文を唱えている。


しばらくすると、何やら複数の声が聞こえてきた。

どこから聞こえて来るのかはわからないが、だんだんとはっきり大きくなってきた。


白い空間も少しずつ変化してきているようだ。

目をこらして見れば、建物のようなものが見えたり、木が見えたりしてきた。

それも初めは白いのが、時間が経つにつれてはっきりと色付いてきた。

白い空間をキャンパスとし、絵を描いているような感じだ。


この不思議な現象の主な原因は彼であろう。


人の声が耳をすまさなくても聞き取れる程度の音量になった頃、私の目の前には、街が広がっていた。

それはまるで、映画などの中世ヨーロッパのような街並み……だった。


「よし、完了です!」


彼は一仕事終えたようであった。

ご苦労様、と言いたいところだが、言う訳にはいかない。


「な、なんで白い空間が街になってるの!?」


「呪文を唱えたからです。」


「簡潔だな!ってそうじゃなくて!なんで中世ヨーロッパ風!?」


「さあ……確かになぜでしょうね。」


「あれ?人が沢山居る……。」



「そうですよ。ここには佳乃様のような方々もたくさん居ますよ。」


それは初耳だった。

ここに来るまで私は他人とは一切関わらないものだと思っていたが、どうやらそういう訳でも無いらしい。


その街にはいろいろなものがあった。

今では到底お目にかかることが出来ないような絢爛豪華な服を売っている店や、さまざまな種類の屋台。

現代的な喫茶店や、なぜかヨーロッパ風の町並みに馴染んでいる和服店。

田舎のような装いのパン屋や、車で移動をしているクレープ屋など、時間も国も関係なさそうなものが溢れかえっていた。

正直クレープ車は無いだろう……と思った。


街に居る人々も変わっていた。

私のような日本人の人も居れば、金髪碧眼の欧米人や、南米人が居た。

普通は言葉が通じなさそうだが、彼らが会話に困っている様子は無かった。これが『よくあるパターン』なら、なんらかの形で翻訳でもされていたりもするのだろうか、私はアジア人と欧米人が談笑をしているのを見て、もしかしたらと思った。


「あの人達は言葉が通じるの?会話に困っている感じじゃないけど。」


「はい。この世界では言葉は自然に翻訳されるようになっています。私も、日本人では無いかも知れませんし。」


「確かに日本人では無いような気がするけど……他の国の人でもなさそう……。ハーフかもよ?」


「そうかも知れませんね。私は人間だったということしかわからないもので。」


「ああそっか。それで、お風呂用品はどうするの?買うんでしょ?」


「ああそれならすぐそこの泉に……。」

彼の言う通り、すぐそこには泉があった。

見る限り人工物のようだ。

泉には小さめの水車がついており、細かい水しぶきは時折太陽の光に照らされ、虹色に輝いている。

しかし、私にはお風呂用品と泉は関係の無いように思えた。


「この泉は『恵みの泉』と言い、欲しいものを強く念じれば、そのものを恵んでくれる泉です。」


私が関係無いと思ったせいか、彼が泉について説明してくれた。


「何その親切な泉!でも本当なの?」


「試しに念じてみせましょう。」


彼は泉の前に佇み、念じ始めた。

実際には手を合わせて目をつぶっているだけに見えたが。やがて、彼は目を開け、両手を泉の前に差し出した。すると、彼の両手にはいつの間にか透明の箱に入っているマドレーヌらしきものが存在していた。否、正真正銘のマドレーヌであった。

しかも、ただの透明だと思った箱には、超有名店のものだという印があまり目立たないところにある。

私も一度しか食べたことの無いマドレーヌだった。


「マドレーヌ!しかもすごく高いやつだ!食べても良い!?」


「どうぞお好きなように。これは佳乃様のために出したものですからね。」


「ありがとう!!では早速、頂きます!」


久しぶりに食べたマドレーヌは、やはり美味しかった。

元はといえば、彼が私に泉からの恵みを見せるためにしたことだが、泉から何かが出て来ることよりも、マドレーヌを食べることが出来たことの感動の方が遥かに大きかった。


「まあ、貴女らしいですよ。それで、今度は佳乃様が(おこな)って下さい。」


「え、私にも出来るの?」


「ええ、見たところ貴女は十分に素質がありますから。」


「貴方がやっていたのと同じような感じで良いの?」


「はい。まず目をつぶり、両手を合わせながら欲しいものを十分に頭の中に思い浮かべます。なるべく細かいところまで思い浮かべると成功率が高いです。」


「わかった。それから?」


「頭の中で次の言葉を唱えます。聖なる恵みを私に与えることをどうかお許しになって下さいと。」

随分下から目線だなと思ったが、突っ込まなかった。


「聖なる恵みを私に与えることをどうかお許しになって下さい、ですよね?」


「はい。唱え終えたら、泉の前に手を差し出します。それで無事成功すればそのものが手の上に現れます。」


「わかったわ。じゃあ、やってみるね。」


「はい。」


彼はそう言ってから後ろを向いた。

私が集中出来るよう、配慮してくれているのだろう。


私は目を閉じ、手を合わせた。

そこで、私が欲しいものをイメージする。細かいところまでイメージし、頭の中で唱える。


聖なる恵みを私に与えることをどうかお許し下さい。


そう唱え終えた私は泉の前に両手を差し出した。すると、両手にわずかながら重みを感じてきた。

目を開けて確認すると、無事成功したようだった。


「成功しましたよ!」


「そうですか。それは良かったです。」


彼はこちらに振り返り、にこやかにそう言ったが、私の両手を見ると顔を真っ赤にし、再び後ろを向いてしまった。


ここでやっと訳を知った私は、少し苦笑いしてその手に持っている下着を、一緒に恵んでもらったバックの中にしまった。


「もう大丈夫だよ。」


「はい。ところで、他にも何か欲しいものはありますか?」


「あ、私の携帯!あとシャンプーとか忘れてた!」


「ではもう一度やって下さい。」


「うん。あと、ずっと気になってたんだけどさ。」


「はい。なんでしょう。」


「泉があるなら店とか必要無くない?」


この街には店がたくさんある。しかしこの泉があるならそんなものは必要無いのではないかと私は思った。


「……………。」


「え、まさかの図星?」


「………聞いて来ます。」


「は?え…ちょ待っ………。」


私は引き止めようとしたが、次の瞬間彼は音もなく消えていた。


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