矛盾と例外。
毎日ちびちび書いていると、こんなにも時間がかかるのですね。
「まず初めに、やり直しの期間は条件によって違います。例えば、私が貴女に話した条件の一つ目は、代償は大きいですが、自分で期間を自由に決めることが出来ます。年単位ですが。」
年単位だと、最低でも一年間はやり直さなければならない。
私はあまり長い時間やり直すつもりはなかった。
「それで、私の考えた条件のやり直し期間はどれくらいだと思う?」
私がそう言うと、彼は困ったような顔をした。
「貴方の考えとか予想で良いから。」
私がそう促すと、男は口を開いた。
「そうですね……。生まれてから死ぬまで、ではないでしょうか。前例が無いので私には計り知れないですが……」
人の一生は約八十年間だ。私は二十数年生きたが、それの四倍は私には長すぎる期間だ。
それに、死ぬ瞬間のあの痛みや苦しみを再び体験したいとは思わない。
出来ることなら、ふわふわと平和的に消滅をしたかった。
例えるなら口に入れた綿菓子が一瞬で消え去るようなあの感じだ。
「私は死ぬ瞬間を体験したく無いのですけど……」
「それは困りました……。体から魂が離れる時は、誰だって強い痛みや苦しみを感じるものです。成長期に骨伸び、足が痛くなるのと同じです。」
これは流石に同じでは無いだろうと思ったが、私は指摘しなかった。
「じゃあ眠るように死ぬ、というのは無いわけか。」
「そういうことになりますね。」
どうやら私の理想の死に方は存在しなかったようだ。
「もしよろしければ、貴女が期間を考えてみたらいかがですか?」
「そんなこと出来るの!?」
「ええ、あのような画期的なアイデアを思い付いたのは貴女が初めてですから。そのくらいのサービスは当然ですよ。上には私から言っておきます。おそらく許可してくれるでしょう。」
結構いい加減だなと思いつつ、自分で期間を決められることを、私は純粋に喜んだ。
そこで、私はあることを思い付いた。
それは、一年ごとにその年の自分の好きな日にちに戻り、その日一日をやり直すというものだった。
私は二十数年間生きたので、言葉の話せない歳の頃は抜かし、約二十日分やり直すことにするつもりだ。
「という訳なんですけども……。」
「つまり、三歳から二十四歳までやり直すということですね。しかもそれぞれ一日ずつ。それだと二十一日分やり直すことになりますね。」
「詳しく言わなくて結構。」
私の威圧感におされたのか、男は青ざめていた。
「あと、死にたく無いんですけど。」
「それは無理ですよ。形有るものはいずれ朽ちていくのですから。それと、言い忘れていましたが、貴女はまだ死んでいませんよ。」
私は彼の言っていることの意味を理解することが出来なかった。
「…………は?え、だって死んだからここに来たのでは?」
「もう一度言いますが、ここは、あの世とこの世の中間地点。死人はもちろん、生きた者がここに来るのは有り得ません。貴女は死んでもいないし生きてもいない。そんな中途半端な存在であるからこそ、やり直すことが出来るのです。死んだ人間は決して生き返りません。それは貴女もわかってるはずです。」
なるほどそうなのか、と納得している場合ではない。じゃあ私が感じたあの痛みは何だったのかを簡潔に知りたい。
「あの時凄く痛かったんですけど。魂が体から離れたんじゃ無いんですか?」
「はい。離れましたよ。」
「じゃあ私死んでいるじゃないですか!それに、前私に貴女はもう死んでいるではないですかって言いましたよね!?」
「ああ、私としたことがすっかり忘れていましたが、人間と私達とでは死の認識が違うのです。あの時貴女に死んでいるではないですかと言ったのは、そのことをまだ覚えていたからだと思います。」
はたして、こんな短時間で忘れたり思い出したりするのだろうかと思ったが、そこはあえて言わなかった。
「じゃあ、その違いとは何ですか?」
「人間は、肉体から魂が抜けることを死と認識していますが、それは私達にとっては蛇が脱皮するようなものです。逆に私達にとっての死は、魂が洗われるというのか、すべてがゼロになるというのか、とにかく最初の状態に戻るということです。まあ記憶等を失うことですかね。」
男はアンティーク調のティーカップを磨きながら言った。
しかしそのカップは磨く必要など無いくらいだったので、細かい傷がついてしまうのではないかと心配に思った。
「大丈夫です。このカップは少し変わっていて、前に私が落とした時も傷一つ見当たらなかった程ですから。確かに磨く必要などないかも知れませんが、こうしていると、心が落ち着くんです。」
そそっかしくドジな私は一ヶ月に三回の割合で食器を割るので、そんな食器を持っている彼が羨ましくなった。
「私は貴方と話をしているとなんだか心が落ち着きます。まあさっきから貴方に質問ばかりしていますけどね。」
それは良かったです、と男は満更でもなさそうに言った。
「ところで、先程貴方が言っていた『記憶等を失う』と言うのがこの世界の死の定義なら、貴方は死んでいるの?」
「いえ、私は死んでいません。生きてもいませんが。」
「……なんだか、さっきから話が矛盾しまくっているような気がするのですが……。」
死人でなければ生きている。生きていなければ死んでいる。私は長年そう認識してきた。
「………確かに、貴女の考えは正しいです。多くの場合はそうですから。しかし、生があるから死があるのです。したがって、そのどちらでも無いというのは存在する訳です。まあ、物事には必ず例外があるということです。」
彼の言うことは哲学じみていたが、私は何と無く理解したような気がした。
とうとう主人公の年齢がばらされてしまいました(笑)
3/26編集しました。