理性
『現状の安全保障について。議論を始める』
『まず、大まかな状況を説明する。その後、それぞれ話を聞いていく』
淡々と始まった。
『——という状況です』
そして、説明が終わる。
『質問は』
一拍。
紙が擦れる音だけが続く。
『対象国の軍備増強について。どう思う』
同じ質問が、全員に回される。
そして、ある一人が答える。
『現時点では限定的。ただし十年以内に均衡が崩れる可能性があります』
『根拠は』
『思想的統制の強化。核』
『つまり』
『将来的な不安要素です』
その発言に対して、反論はなかった。
『外交での解決は可能か』
『交渉は継続中。ただ、譲歩はかなり限定的です』
彼らの限定的は、どれくらいを言うんだろうか。
『経済制裁は』
『既に一部実地済み。しかし、対応は変わりません、効果も下がってきています』
『…今なら、被害はどれほどだ』
『軽微です』
数字が並ぶ。
予測期間。
復旧にかかる時間。
誰かが指先で机を軽く叩く。
『国際社会の対応はどうなる』
『非難声明は出るでしょう。ただし実質的制裁は限定的と見込まれます』
『世論』
『実行に移してしまえば、どうとでもなります。おそらく、初動は混乱しますが』
沈黙。
『…今である必要はあるのか』
『十年後、我々が同じ判断を下せる保証はありません』
つまり。
いまなら勝てる。
議長が視線を巡らせる。
『他に』
––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
『ただいま~』
『おかえり~』
手を洗って、着替えて、リビングのソファーに座った。
なんとなく、テレビを眺める。
部活から帰って来た後のルーティーンみたいなもの。
「我が国は対象国に対し、限定的軍事行動を開始しました」
そんなことが、流れていた。
『え?』
戦争。
遠いものだと思っていた。
実感が湧かなかった。
だから。
とりあえず、スマホで調べることにした。
スマホの画面が、光る。
《速報》
《自衛的措置》
《やむを得ない判断》
《国際法上問題なしとの見解》
言葉が並ぶ。
どれも、難しい。
合ってるのかどうか、判断できない。
コメント欄を開く。
《ついにやったか》
《当然だろ》
《向こうが先だからなぁ》
《平和ボケ乙》
《若者は徴兵な》
指が止まる。
徴兵?
そんな話、聞いてない。
ニュースをもう一度見る。
「今回の行動は、限定的かつ短期的なものと政府は説明しています」
限定的。なにそれ。
曖昧で、よく分からない。
そんなの、都合よく変えれるんじゃないの?
キッチンでは、お母さんが夕飯の準備をしている。
『物騒ねぇ』
それだけ言った。
それだけ、言った。
お父さんがニュースを見ながら言う。
『まぁ、仕方ないんだろ』
仕方ない。
私、なにも知らないのに、なんで?
なんでそうなるの?
また、スマホに視線を落とす。
《対象国への不買運動を呼びかけ》
《我が国への非難拡大》
外国語の投稿が流れてくる。
当たり前のように、翻訳ボタンを押した。
《あなたたちは侵略者だ》
心臓が、少し跳ねる。
え?
どうして?
私は、何も決めてない。
そんなこと、したいとも思ってない。
私たち、平和に暮らしてるよ?
なんでそんなことしなきゃいけないの?
「今回の判断は、国民を守るためのものです」
え?
私たちは、何かから攻撃されていたの?
誰から?
それから数日。
《死者 27》
画面の隅に、小さく数字が出る。
『なんで?なんで守るために、死んじゃう必要があるの?』
「今回の軍事行動は、対象国の将来的脅威を未然に防ぐための措置であり——」
未然に防ぐ。
まだ起きていない何かのために、もう、二十七人が死んだ。
守るため、なんだよね?
じゃあ、誰が守られてるの?
私は守られてるの?
何から?
まだ、何も失ってないのに。
なのに。
…失ってからじゃ遅いのかな。
…じゃあ、今。
これは、いいの?
––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
窓ガラスが、揺れた。
最初は、雷だと思った。
次に、食器棚が震えた。
遅れて、音が来た。
空気を裂くような、重い音。
母親が顔を上げる。
『……なに?』
二度目の衝撃で、電気が消えた。
夕方だから、まだ見える。
外で、誰かが叫んでいる。
圏外。
さっきまで見ていた動画が、途中で止まっている。
お気に入りの音楽。
日常の続き。
それが、見れない。
外に出た。
遠くで煙が上がっている。
あそこには、叔父の働く工場があった。
『…………あ?』
どこからか、ラジオの音が聞こえてきた。
「本日未明、強国による一方的な軍事攻撃が——」
『……………へ?』
人情があるからこそ、人は発展してきた。
なら、それを失う行為である戦争は、破滅への歩みだ。責任の放棄だ。いままで積み重ねてきたものへの冒涜だ。
競争は必要だ。でも、戦争はいらない。
こんなものを書くことしか出来ない私に、無力感を覚えるよ。




