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理性

作者: マーク
掲載日:2026/03/04

『現状の安全保障について。議論を始める』


『まず、大まかな状況を説明する。その後、それぞれ話を聞いていく』


淡々と始まった。


『——という状況です』


そして、説明が終わる。


『質問は』


一拍。


紙が擦れる音だけが続く。


『対象国の軍備増強について。どう思う』


同じ質問が、全員に回される。


そして、ある一人が答える。


『現時点では限定的。ただし十年以内に均衡が崩れる可能性があります』


『根拠は』


『思想的統制の強化。核』


『つまり』


『将来的な不安要素です』


その発言に対して、反論はなかった。


『外交での解決は可能か』


『交渉は継続中。ただ、譲歩はかなり限定的です』


彼らの限定的は、どれくらいを言うんだろうか。


『経済制裁は』


『既に一部実地済み。しかし、対応は変わりません、効果も下がってきています』


『…今なら、被害はどれほどだ』


『軽微です』


数字が並ぶ。

予測期間。

復旧にかかる時間。


誰かが指先で机を軽く叩く。


『国際社会の対応はどうなる』


『非難声明は出るでしょう。ただし実質的制裁は限定的と見込まれます』


『世論』


『実行に移してしまえば、どうとでもなります。おそらく、初動は混乱しますが』


沈黙。


『…今である必要はあるのか』


『十年後、我々が同じ判断を下せる保証はありません』


つまり。


いまなら勝てる。


議長が視線を巡らせる。


『他に』


––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––


『ただいま~』


『おかえり~』


手を洗って、着替えて、リビングのソファーに座った。


なんとなく、テレビを眺める。


部活から帰って来た後のルーティーンみたいなもの。


「我が国は対象国に対し、限定的軍事行動を開始しました」


そんなことが、流れていた。


『え?』


戦争。

遠いものだと思っていた。

実感が湧かなかった。


だから。


とりあえず、スマホで調べることにした。


スマホの画面が、光る。


《速報》

《自衛的措置》

《やむを得ない判断》

《国際法上問題なしとの見解》


言葉が並ぶ。

どれも、難しい。


合ってるのかどうか、判断できない。


コメント欄を開く。


《ついにやったか》

《当然だろ》

《向こうが先だからなぁ》

《平和ボケ乙》

《若者は徴兵な》


指が止まる。


徴兵?


そんな話、聞いてない。


ニュースをもう一度見る。


「今回の行動は、限定的かつ短期的なものと政府は説明しています」


限定的。なにそれ。

曖昧で、よく分からない。

そんなの、都合よく変えれるんじゃないの?


キッチンでは、お母さんが夕飯の準備をしている。


『物騒ねぇ』


それだけ言った。


それだけ、言った。


お父さんがニュースを見ながら言う。


『まぁ、仕方ないんだろ』


仕方ない。


私、なにも知らないのに、なんで?

なんでそうなるの?


また、スマホに視線を落とす。


《対象国への不買運動を呼びかけ》


《我が国への非難拡大》


外国語の投稿が流れてくる。


当たり前のように、翻訳ボタンを押した。


《あなたたちは侵略者だ》


心臓が、少し跳ねる。


え?


どうして?


私は、何も決めてない。


そんなこと、したいとも思ってない。


私たち、平和に暮らしてるよ?


なんでそんなことしなきゃいけないの?


「今回の判断は、国民を守るためのものです」


え?


私たちは、何かから攻撃されていたの?


誰から?





それから数日。




《死者 27》


画面の隅に、小さく数字が出る。


『なんで?なんで守るために、死んじゃう必要があるの?』


「今回の軍事行動は、対象国の将来的脅威を未然に防ぐための措置であり——」


未然に防ぐ。


まだ起きていない何かのために、もう、二十七人が死んだ。


守るため、なんだよね?


じゃあ、誰が守られてるの?


私は守られてるの?


何から?


まだ、何も失ってないのに。


なのに。


…失ってからじゃ遅いのかな。


…じゃあ、今。


これは、いいの?


––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––



窓ガラスが、揺れた。


最初は、雷だと思った。


次に、食器棚が震えた。


遅れて、音が来た。


空気を裂くような、重い音。


母親が顔を上げる。


『……なに?』


二度目の衝撃で、電気が消えた。


夕方だから、まだ見える。


外で、誰かが叫んでいる。


圏外。


さっきまで見ていた動画が、途中で止まっている。


お気に入りの音楽。


日常の続き。


それが、見れない。


外に出た。


遠くで煙が上がっている。


あそこには、叔父の働く工場があった。


『…………あ?』


どこからか、ラジオの音が聞こえてきた。


「本日未明、強国による一方的な軍事攻撃が——」


『……………へ?』



人情があるからこそ、人は発展してきた。

なら、それを失う行為である戦争は、破滅への歩みだ。責任の放棄だ。いままで積み重ねてきたものへの冒涜だ。


競争は必要だ。でも、戦争はいらない。


こんなものを書くことしか出来ない私に、無力感を覚えるよ。

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