SS③ 皇女様のひみつ
どこぞの脳筋魔族の王妃からは座っているだけの楽な仕事(笑)と小馬鹿にされている皇女職だが、その実態は臣下が健康を憂えてしまうほどに過酷な職務である。
「皇女さま、バルファルの王がいらっしゃいました」
「承知したわ。紅茶と菓子の用意をお願いできるかしら」
「承知いたしました」
アリスラースの今日の予定は、面会、面会、面会、面会、そして面会。
怒涛の5連続近隣諸国のトップとの話し合いである。ハードすぎじゃね?
「お待たせしましたわ」
「とんでもございません。本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます」
「気にすることはなくってよ。それで先日持ちかけてきた交易路拡大の件なのだけど――」
交易路の拡大に関する問題。
領土の利権に関する問題――。
提起される問題はことごとく大規模なもので、ほんのわずかな誤りが国民に尋常ならざる不幸をもたらすことは明白である。
一言一句漏らさないようにアリスラースは極限の集中力を維持し、意見し、弱気な自分が顔を出したら「あなたはこの国の皇女なのよ」と言い聞かせる。
午前9時にはじまった面会ラッシュの幕が閉じたのは午後4時のことだった。その間、アリスラースが口にしたのはケーキと紅茶だけだった。ハードすぎじゃね?
「お疲れ様でした」
「えぇ疲れたわ。……こんなに頑張ったのだから少しは息抜きしていいわよね?」
「もちろんでございます」
「え、ほんと!?」
「はい、ご褒美でございます」
側付きから承諾を得るなり、サービス残業明けのように絶望一色に染まっていたアリスラースの瞳に、第一志望の会社に入社できた新卒社員のような輝きが宿る。
週に何度か、アリスラースは皇女という肩書きを捨て街に遊びに出ている。
「ふっふ~ん♪」
伊達メガネをかけ、金髪を三つ編みにし、帽子をかぶって爽やかなワンピースに身を包めば変身完了。アリスラース改めただのアリスちゃんである。
「いってくるわ!」
「お気をつけてくださいませ」
鼻唄交じりに王城を出て、アリスちゃんは街で普通を満喫する。
変装したての頃こそ正体がバレないかとヒヤヒヤしたものの、今では案外バレないものだと高をくくってやりたい放題している。具体的には試食コーナーを隅から隅まで堪能している。仕方ないじゃん、お昼を食べてもお腹が満たされなかったんだから。女の子だから食い意地が張ってるって思われるのも嫌だし。
お腹を満たし、次は洋服でも見に行こうかと思っていると、街の入り口から守衛の叫び声が聞こえた。
「魔族だ! 魔族が攻めてきたぞ!」
ややあって、地面が大きく揺らぎはじめる。黒馬の群れが王城に向かって一直線に進んでいた。先頭にいるのは褐色に銀髪を靡かせる腐れ縁の王妃だった。
「はぁ。まったく暇人はどっちよ」
げんなりと息をつき、アリスちゃんは帽子と伊達メガネを外す。――アリスラースの爆誕である。
すると、目の前を通りがかった少女がこちらを指差してわなわなと唇を震わせていた。アリスラースは唇に人差し指を添え、片目を閉じて言った。
「ここで私を見たことはナイショよ?」
そして、3メートルほど跳躍して建物の屋根に飛び乗り、びゅんびゅんと風を切って爆速で王城に戻る。
アリスラースがアリスちゃんとして普通を満喫していること。そして、アリスラースが怪力系の皇女であることは、彼女の側つきだけが知る秘密である。




