第4話 どうやら私、最強らしいです。
メープルといっしょに暮らすようになってから1週間が経とうとしていました。
「それでは今日もりんご採取からはじめましょう!」
「メプ~!」
EXPもEPもこれ以上は必要ありませんが、習慣が抜けきれず毎日りんごを拾っています。
余談ですが、この林檎の森のりんごはなぜかEP交換では入手できず、1日経つと自然消滅してしまうので、食べるためには自分でゲットするしかないんですよね。
お昼はメープルの好物であるアップルパイをつくる予定です。
「次はダンジョンにいきましょう!」
「メプ~!」
りんご採取以外の日課もこれといって変わりません。ダンジョンに潜ったり、少し標高の高い場所までピクニックしたり、山奥で動物さんたちと水浴びしたり。
メープルが日常に加わったことで、元より輝いていた異世界スローライフがこれまで以上に鮮やかに彩られています。
まさか150年が過ぎてからさらに異世界生活が充実するなんて驚きですよね。
「150年」
アップルパイをぱくぱく頬張るメープルを見守る最中、なぜかその数値が妙に気に掛かりました。
……なんだろう、なにかすごく大切なことを忘れている気がする。
なんだったかなぁと思いつつ、ソファに寝そべり太古の記憶(誇張抜き)を探っていると、家の扉がコンコンと控えめに叩かれる音がしました。
「ふぁっ!?」
情けない声をあげて飛び上がってしまいます。
ねずみみたいに驚いてしまうのも無理はありません。ここ150年、家の扉をノックされたことがなかったのですから。
この世界にいる人間は私だけのはずです。この世界には林檎の森以外の土地は存在しないし、この森に住んでいる方がいないことはとうの昔に確認済みです。
……そうわかっていますが、口にせずにはいられませんでした。
「誰かいるんですか?」
「あぁいるよ」
「っ!」
間違いなく人の声でした。150年ぶりに聞いた人の声です。どこか鋭さを孕む怜悧な声は、責任感の強い女性が扉の先に控えていることを期待させました。
ひとりぼっちのスローライフでもちっとも寂しくはありませんでした。むしろ誰かを気遣う必要がなくて気楽で肩の軽い毎日で最高でした。
……最高でしたけど。
「い、今開けますねっ」
目頭が熱くなってしまったのは、こころのどこかで自分と同じ人間と巡り合えたらと切望していたからでしょう。
この150年、無数の動物が私の孤独を癒してくれました。温もりがありました。
だけど、動物と触れ合うことで満たされるものには限りがあって。人と触れ合うことで満たされるものはこの150年ちっとも満たされていなくて。
ドアノブに手をかけ、私は勢いよく扉を開けました。
そして、懐かしいその言葉を投げかけます。
「こんにちは!」
「……まさかほんとうに住居人がいるとはな」
そうどこか驚いたようにつぶやくのは、燃えさかるような赤髪が印象的な女性の方でした。声色から推測した通り、責任感が強そうなキリっとした瞳を携えた方です。
冒険者の方なのでしょうか。プレートアーマーを装備し、腰には鞘のついた剣をつけています。
背後に目をやってぎょっとします。ほかにも同じ格好をした男性の方や女性の方が大勢いたからです。
ざっと50人ほどでしょうか。人数の圧がすごいです。
灼熱さん(炎のような瞳が印象的なのでそう呼びます)はきっと私を睨みつけると、鞘から勢いよく剣身を抜いて私に突きつけてきました。
「アンタ何者だ?」
「ひぃぃっ! な、なななんですかいきなりっ!?」
「いいから名乗りたまえよ」
名乗らなきゃ命を奪われてしまいそうな気魄です。
私、まだあいさつしかしてませんよね? この異世界ではコンニチハが相手を侮辱し苛立たせる禁句だったなんてオチはありませんよね?
「えとえとっ……」
おたおたしつつ、思考をまわします。
うぅ、なんだったっけ私の名前。
たしかプリキュ……いやちょっと違うな。
灼熱さんの瞳がギラつきます。
「公にするのが憚られる名前なのか?」
「違います違います! ……そうだっ。プリオリ! そうプリオリです!」
「ふむ、今思い出したと言わんばかりの慌てようだが、偽名ではないだろうね?」
「本名です本名ですっ。ずっとぼっちだったから名乗る機会がなかったんです~!」
涙目で訴えます。
脳内で女神さまが「あれだけ言ったのに馬鹿ね」と鼻で笑ってきます。
150年前に聞いた名前なんて普通忘れますよ! 名乗る機会も呼ばれる機会も全然なかったのですから! というか、女神さまですらも髪型以外ぼやけていますし!
じっとしていた灼熱さんは、小さく頷くと私の喉元に突き立てていた剣を鞘に収めました。
「とりあえずは信じてやることにしよう」
「あ、あっさり信じてくださるんですね。実は良い人ですか?」
「おい、誰が馴れ馴れしくすることを許可した?」
「すいません許してください凄まないでください~」
涙目になり、胸の前で手をふりふりして身を縮こまらせる私です。うぅ異世界の方との距離感の取り方がわからないですぅ~。
150年振りに出会えた人間さんと友好的な関係を築けたらなぁと思っていましたが、この感じだと無理そうな気がしてきました。せめて命だけは死守せねば。
灼熱さんは舌打ちして言います。
「そんな風に怯えられてしまったら罪悪感が湧いてしまうじゃないか。突如出現した林檎の森という場所に見るからに怪しい女がいたんだ。それも魔女としか思えないうら若き女性がね。警戒心を剥き出しにしてしまうのも仕方がないことだろう?」
「え?」
突然出現した? 林檎の森が?
言葉の真相を探るべく、EP交換で入手した『真理の地図』を開いてみます。3000万EPで手に入れたこの世のすべての地形が記された地図です。
以前開いた際には、林檎の森以外の情報は一切書かれていなかったのですが……
「めっちゃ情報増えてるやんけ」
街の名前も、山脈の名前も、川の名前も。
まるでこの1500年間、私だけが別世界で暮らしていたかのように、地図には知らない名前がいくつも綴られていました。
「プリオリといったかな。外見からするにアンタは間違いなく魔法を使えるだろう。もしわかっていれば教えてほしい。実力はどの程度なんだ?」
「えと、大魔導士って役職ですけど」
灼熱さんはムッとします。
「この状況での冗談は如何なものかと思うぞ。大魔導士はどの時代にもひとりだけしか存在しないと言われている魔法使いの頂点だ」
「へ? そうなんですか?」
じゃあ私、この世界最強の魔法使いってこと?
灼熱さんは顔をしかめ、手のひらを突き出して口ずさみます。
「まぁなんだっていいさ。――光よ、捕らえろ」
この魔法は知っています。光属性の拘束魔法です。
変に抵抗したら反って面倒なことになりそうなので、私は無抵抗に魔法を受けます。そして、衝撃を受けました。
「ふん、なにが大魔導士だ。一般拘束魔法も躱せないくせにいきりやがって」
「……そうですか」
灼熱さんには私が拘束魔法にかかっているように見えるのでしょうか。
実際は5センチほど浮いていて、私は魔法にかかっていないというのに……。
「さて、プリオリには今からプリテンドに来てもらう」
「ぷりてんど?」
「うん、林檎の森をずっと下った先にある私たちが拠点にしている街だ。そこで皇女さまにプリオリの処遇を決めてもらう。いいね?」
「はい、わかりました」
理不尽な展開だなぁと苛立ちが込み上げることはありませんでした。
突然出現した森に、魔女みたいな恰好をした女がいる。
……そりゃ捕らえて情報聴取もしなくなっちゃいますよね。
それにしても。
「誰かに名前を呼んでもらえるって幸せですねぇ」
「のほほんとしているな……。アンタは自分が生殺与奪を握られている側だという自覚がないのかい?」
自分のほうが相手よりも圧倒的に優位に立っているとわかっているからでしょうか。粗雑な扱いに恐怖はほとんど覚えませんでした。
今の印象は最悪ですが、コミュニケーションを取ればまだ巻き返せる距離にいるのかもしれません。
まずはひとりでいいので、人間のお友達が欲しいですねぇ。
「あの、よければ私とお友達になっていただけませんか?」
「断固拒否する」
前途多難。




