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第39話 弟子との約束がありますから。

「おはようなのだわ、林檎の聖女プリオリ」


 起き抜けの頭に声が聞こえてきます。


 ひどく懐かしい声です。だけど、私はこの声の主を知っています。

 ……あぁそうだ、この声は、


『女神さま?』

「大正解。150年ちょっとぶりね、降幡理央さん」


 降幡理央。

 ……そういえば、前世の私はそんな名前をしていましたっけ。


 異世界で過ごす時間が前世で過ごした時間を大きく追い越したものですから、すっかりプリオリや林檎の聖女やお師匠様という呼称のほうが馴染んでいます。


 といっても、実はそう呼ばれてからまだ2カ月ちょっとしか経っていないんですけどね。関わる人が増えてからは毎日が濃密です。


『女神さまがいるってことはこれは夢ですか?』

「夢じゃないわ、あなたは異世界で息絶えてまた天国に戻ってきたのよ」

『え?』


 異世界で息絶えて?

 ……死んじゃったのプリオリ?


「女神の加護はいつまでも続かない。前にも説明した通り150年ちょっとが限度なの。効力が無くなればあなたは世界から異分子として取りのぞかれる。だとしても、プリオリが食べたドラゴンの肉がレッドドラゴンの肉じゃなくオレンジドラゴンの肉だったから有毒でぽっくり逝きました~は無茶があるシナリオだなぁと呆れてしまうけどね」


 それが死因……。


『……ほんとに私は死んでしまったんですか?』

「えぇ、プリオリは亡くなったわ。アタシだって鬼じゃない。ここ最近のあなたの日々が彩られて充実していたことはわかっていたし、150年ちょっと限定のスローライフってことがすっぽり頭から抜けて落ちていることもわかっていたから、こっそりもう50年延長しようと試みていたの。けど、ダメだった。アタシは超優秀だけど、それでも別世界にまで干渉することはできなかった。もし異世界の神様がいるのなら、あなたが再び異世界に戻ることも可能かもしれないけどね」


 乾いた笑みが、その可能性が非現実的であることを物語っています。


『……そうですか』


 なら、仕方ないです。女神さまが尽力しても駄目ならどうしようもないでしょう。異世界では最強だった私も、ここではただの降幡理央という平凡な人間なのですから。


 ……だけど。


 ――ねぇねぇお師匠様お師匠様っ!

 ――プリオリ様、今日も少しだけ甘えていいかしら?


『……娘を置いて亡くなるだなんて親失格だなぁ私』


 毎日、悠々自適に過ごせて最高の毎日でした。

 聖女さま聖女さまと人間からも魔族からも讃えられて心地良かったです。

 大魔導士となり無双する日々も痛快でした。


 ――だけど。


 そんな思い出たちよりも、モカモカやギルティアと過ごした何気ないひとときのほうがずっとずっと輝いています。


 ……そうか。

 今頃になってようやく気がつきました。


 私が前世でなにも為すことができないまま過労死してもっとも悔いていたことは、家族をつくれなかったことだったのです。


 私は家族がほしかった。家族を幸せにしたかった。

 前世でもママっ子でしたからね私。母は大丈夫大丈夫って気に掛けてくれていたのに、平気なふりして突っ走って私は勝手に死んだのですから。


 その夢を、私は二度目の人生で叶えることができました。

 1匹と3人の家族をつくり、幸せにすることができました。


『……いや失敗なのかな』


 だってまだ、モカモカの両親を異界から連れ戻していませんから。期間限定の娘に最高のプレゼントを贈ることができていません。


『……まだやりきれてないんだけどなぁ』

「異世界に送ってあげられなくてごめんね、理央」


 女神さまが申し訳なさそうに謝ってきます。女神さまは私の心が読めるので、私が異世界にしがみつこうとしている気持ちが明け透けになってしまったのでしょう。


『女神さまが謝ることはなにもありませんよ。むしろかけがえのないボーナスタイムを与えてくれたことに感謝しかないです。この150年、ほんっ~~とうに楽しい毎日でした。150年前、女神さまを大凶だと思ってしまったことを謝罪させてください。あなたは大当たりで優秀な女神さまでした。私の担当になってくれてありがとうございました!』

「……悔しいなぁ。この子の願いはぜんぶ叶えるってあの日アタシは誓ったのになぁ」


 女神さまがグッと拳を握りしめ、潤み声で嘆いた直後でした。


【じゃあ、ずっとこっちの世界にいようよ】

「え?」


 幼い少年のような声が頭の中で聞こえました。

 その直後、私の正面にテキストが表示されました。


【スキル:不老不死を獲得しますか?】


 下には、【はい/いいえ】と表示されています。


『……あの女神さま』

「ん、どうしたの?」

『今、私の正面に【スキル:不老不死を獲得しますか?】というテキストが表示されているんですけど、これは女神さまが用意してくれたものですか?』

「え、アタシはなにもしていないわよ?」


 返事を聞く前からそんな気はしていました。

 となるとこれはおそらく……


『メープルがなにかしてくれたのかな』

「メープルってなに?」

『私のペットですよ。モカモカとギルティアのことは把握しているのに、いつも私の肩に乗っているペットのことは認識していないんですか?』

「……150年間、あなたの肩になにかが乗っていたことは一度もないわよ?」


 真顔で言われて背筋がぞっとします。

 え、メープルって幽霊的な生きものだったの?


 そんな戦慄は続く女神さまの言葉によってかき消されます。


「もしかしたらそのメープルって子、あちらの世界の神様なのかもしれないわね。仮にそうならアタシに姿かたちが見えないのも納得がいくし。アタシたち女神が認識することのできる神様は担当するその世界だけに限られるの」

『なるほど。すごいチートっぽい荒業ばかりしていましたし、メープルが神様だって言われてもあまり驚きはありませんね。どうして出会えたのかは謎が残りますが』

「女神の加護が作用したのかもね。あなたが心の奥底でいつまでもスローライフを送りたいと思っていたから、その最善手として神様を引き寄せたのかも」

『あるかもですね。なにしろ幸運値9999ですし。これやりすぎじゃないですか?』

「そう? 理央さんは前世であんなにも頑張ったのだから、当然のビギナーズラックだと思うんだけどね」


 神様を拾えちゃうビギナーズラックは反則がすぎますね。


 ……さて。


『では、不老不死になるとしますか』

「待って待って! あなた、不老不死って言葉の意味はわかってる?」

『もちろんです。老いず死ななくなるのでしょう?』

「その通りよ。けど、あなたが可愛いふたりのお弟子と過ごせると確約されているスローライフは残り5年なのでしょう? モカモカとギルティアがいつまでもあなたの家族でいるとは限らない。またひとりに戻ってしまうかもしれない。今ならまだ、別の人生を歩むという選択もできるわ。幸せな家庭を築く未来を用意することだってできる。ほんとうに不老不死となってあの世界で永遠に生きるの?」

『はい、弟子との約束がありますから。それに、あの子たち以外と家族になることはとてもじゃないですが考えられません』


 迷いはありませんでした。

 はい、を選択すると、テロップが表示されました。


【スキル:不老不死を獲得しました】

【これからあなたは、老化することも命を落とすこともありません】

【60秒後、地上に戻ります。ご準備ください】


『60秒後に蘇生するみたいです。……もしかしたらこれで女神さまと会うのも最後になってしまうのかもしれませんね』

「そうかもしれないわね。ま、アタシはいつまでもあなたを見守っているから、仮にスキルが機能しなくなって死んでしまったとしても安心なさいな。アタシがしっかりサポートしたげる」

『それは心強いです』


 カウントダウンが残り10秒になりました。


『女神さま、150年前みたく私を送り出す言葉を掛けてくれませんか? あの時は言葉を返せませんでしたが、今回は言葉を返せそうなので』

「承知したのだわ」


 女神さまはふっとほころんで言いました。


「いってらっしゃい、理央さん――いいえ、林檎の聖女プリオリ」

『はい、いってきます!』


 待っててね、モカモカ、ギルティア。


【プリオリ、これはきみの優しさがつかんだ未来だよ。女神の加護が作用してぼくとの出会いを招いたとしても、あのとき迷わずぼくを救済したのはきみの意思だ。少なくとも千年、似たような条件を提示してぼくを救ってくれる誰かは現れなかった。だから誇って。きみは根っからの林檎の聖女さまなんだから。この選択が誤りだったとは言わせない。ぼくが必ずきみを幸せにするからね】


 脳内で少年の声が広がり、私の意識は途絶えました。



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