第38話 ちょっとだけご褒美を。
ドラゴンを討伐して、はいさようなら、とはいきません。
「水よ、下り落ちなさい」
水の基礎魔法を詠唱し、街を火の海から救います。
うん、問題なく鎮火完了です。
「モカモカ、ギルティア、街の復興のお手伝いをお願いできますか?」
「もちろんっ、ギルティア、どっちがたくさんおうちをお直しできるか勝負しよ!」
「いいわよ。負けても泣きべそかかないで頂戴ね」
「手際の良さも大切ですが、丁寧に作業することを第一優先にしてくださいね?」
「は~い」「わかったわ」
壊れた家をお直しする(モカモカ語でしょうか。かわいいです)ふたりの後ろ姿を少し眺めます。
……うん、問題なさそうですね。身を翻し、私はメガネのお姉さんににこりと微笑みかけました。
「お久しぶりですね、審査員さん」
「だ、大魔導士プリオリさま……! なにゆえこちらに!?」
芸人さんみたいなオーバーリアクションです。そんなに仰け反ったら腰を痛めてしまいますよ。
「モカモカが言っていたでしょう。ドラゴンが現れて大変そうだったので助けに来たんです。それより今はひとりでも多く人手が欲しいんです。魔法使いの皆さん、街の復興に強力していただけませんか?」
「そこまでしてくださるんですか?」
「はい、私は林檎の聖女ですので」
後ろにひかえる街の方が、聖女さまっ聖女さまっ、と羨望のまなざしを注いできます。
あぁ気持ちいいですね崇め讃えられるこの感覚。事実街を救っているのですから、少しくらいはご褒美タイムに浸っても許していただけますよね?
魔法使い検定を開催している地だけあってこの街には多くの魔法使いの方がいるようで、その方たちの助力もあり復興作業は1時間ほどで終わりました。
完全に陽が沈み切る前に作業を終えたいなと思っていましたが、見事に目標達成です。5分ほど前に夜のとばりが降りてきました。
「聖女殿」
そう声を掛けてきたのは、頭に王冠を載せたわかりやすい王様でした。まだお若い男性の方です。
「このたびはディゼリアを救済していただき誠にありがとうございました」
今さらですが、この街はディゼリアという名前のようです。
「早速感謝の意を込めて晩餐会に招待したいところなのですが、まずは民の安否を確認する必要があるので、後日にはなりますが、聖女様とおふたりの子聖女様を盛大に歓待したいと思っております。ご都合が良い日などがあればお伺いできますか?」
余談ですが、私は、厚意は甘んじて受け入れたほうが良いと思っています。
「明日以降ならいつでも平気ですよ」
「承知しました。遣いの者を送りたいのでお住いの地域を教えていただけますか?」
「林檎の森です」
「林檎の森ですね、かしこまりました」
ん、二カ月前に150年ぶりに出現した地域だというのに、そんな簡単に首肯してしまうのですね。アリスラースさんが既に各国と情報共有をしているのでしょうか。
「それではディゼリア王国一同、聖女様御一考の来日を心よりお待ちしております。改めてにはなりますが、本日はこの街を救っていただき本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
「いえいえ、皆さんご無事でなによりです。私たちのことは後まわしで構いませんので、まずは日常を優先してくださいね」
聖女さま聖女さまと歓喜の声を背中に浴びながら、私はモカモカとギルティアの手をきゅっと握り締めます。
「おふたりも今日はお疲れさまでした。帰ったらガツンとドラゴンのお肉を食べましょう」
「そのドラゴンはどこにいっちゃったの?」
「もう家に転移しておきました」
「手際がいいわね。まるで街を救うことよりもドラゴンのお肉を食べることを第一の目標としていたかのようだわ」
「そ、そんなことありませんよ? もちろん救済が第一目標でしたよ?」
まさかバレてる? ギルティアと過ごすようになってそこそこ時間が経ちますが、不敵に笑う彼女の心中を見透かすことはできませんでした。
「まずはアリスラースさんに報告に行きましょうか」
王城に転移し、アリスラースさんにディゼリアを救済した旨をお伝えします。
アリスラースさんは、口許を扇子で隠し、くつくつと笑って言いました。
「私たちにしてみればプリオリは聖女だけれど、モンスターにしてみれば出会ったら最期の悪魔に見えているのでしょうね」
「殺生はできるだけ避けたいと思っていますが、今回みたいな場合は仕方ありませんよね」
「その通りよ」
ぱんっとアリスラースさんが胸を叩きます。
「ドラゴンを殺めたことにアナタが負い目を感じる必要はないわ。プリオリは私たちの頼みに応じてドラゴンを殺めた。その責任は私にある。だから、これからも私が命令したら容赦なく殺してね、林檎の聖女プリオリ?」
天使みたいな笑顔で物騒なことを言ってくるアリスラースさんです。この人、殺すとか躊躇いなく言っちゃう節がありますよね。実は気性が荒かったり?
「えと、私できるだけ殺生は避けたいと今言ったばかりですよね?」
「ね?」
「笑顔で圧を掛けられてもここは流されるわけにはいかないです」
「チッ」
「今、舌打ちされた気がしますけど、気のせいですよね? さては私が感じてるアリスラースさんとの友情って薄っぺらくて一方通行だったりします?」
「そんなわけじゃないの。私もプリオリを使い勝手のいい素敵な友人だと思っているわよ」
「使い勝手のいい素敵な友人?」
「今日は疲れたでしょう? おうちに帰って可愛いお弟子さんたちと夕餉を満喫なさいな」
「……今ひとつ釈然としない部分がありますが、今日のところはそうさせていただきます。では皆さん、ごきげんよう」
転移魔法発動。
ようやく家に戻ってきました。すんと肩の荷が下ります。
「うわぁ……」
「圧巻だわ……」
家の隣で沈黙する黒焦げのドラゴンを見て、モカモカとギルティアは目を真ん丸にしています。
ギルティアの驚き顔はなかなかに稀少です。記憶にしかと焼きつけました。
「それでは私は夕飯の準備をするので、モカモカとギルティアはお風呂の用意をしていただけますか?」
「は~い」「承知したわ」
ふたりが去ったところで、私はドラゴンと相対します。
「じゅるり」
待ちに待った(2日しか待っていませんが)ドラゴン肉です。
おなかの部分をそぎ落とし、お肉の焼け具合を確認してみます。
「……おぉ」
綺麗なミディアムレアです。これなら追加の過熱はなくてもぱくりといけちゃうかもです。
「……ひと口味見するだけ」
そう自分に言い聞かせ、私は切り落としたドラゴンのお肉を口に運び……念のため魔法で加熱してから咀嚼します。
さて、生の味は……
「ん?」
肉汁があふれた直後、異変が訪れました。視界が大きく揺らいだのです。
それだけにとどまらず、ふっと全身から力が抜けます。立つ力すらも刈り取られて、私は大胆に倒れてしまいます。なんだか寒気もしてきました。
「お師匠様っ!?」
「プリオリ様っ!?」
モカモカとギルティアの声がします。ですが、こちらに迫る姿はぼやけていて、ふたりの顔はまるで見えません。
……どうしちゃったんだろう私。
なんだかとても眠いです。ここで眠りに落ちてしまうのはなんだかとても良くない気がしますが、あまりに睡魔が強くて抗うことができそうにないです。
「……大丈夫ですよ、ちょっと疲れてしまっただけですから」
ふたりの呼び声を遠くに聞きながら私は宥めるようにそう口にします。
――それが、命を持っている林檎の聖女プリオリが、この異世界で最後に発した言葉となりました。




