第34話 こんな日々がずっと続けばいいのに。
聖女が命を無くすという預言の効力が切れるまで残り4日。
ふたりの弟子に甘やかされる日々を繰り返していた私は、すっかり駄目人間となり果てていました。
「お師匠様、朝だよ」
「むにゃむにゃ……もう少しだけ寝させてください」
「うん、わかったっ」
お昼過ぎに起きて。
「クッキーおいし~」
「プリオリ様はなんでもおいしそうに食べるわね。なにか食べたいものがあったら遠慮なく言って頂戴。私かモカモカが必ず用意するわ」
「ありがとうございます。モカモカとギルティアは食べちゃいたいくらい可愛いです」
「よくもまぁそんな恥ずかしいことを本人の前で言えるわね。……うれしいけど反応しづらいわ」
「照れてますね?」
「っ! 照れてなんかいないわっ!」
可愛い弟子をからかいつつ、お菓子をぱくぱく頬張って。
「お師匠様~、お風呂湧いたよ~」
「承知しました」
「じゃあ私といっしょに入りましょうか」
「ちょっとちょっと、なにしれっとお師匠様独り占めしようとしてるのギルティア!? あたしもいっしょに入るからちょっと待ってて!」
「ちょっとちょっと騒がしいわね。もちろん待つからゆっくり準備なさいな」
「ギルティアもすっかりいい子になりましたねぇ」
「プリオリ様の教えがいいからじゃないかしら?」
嬉しいことを言ってくれるじゃないですか。
3人でお風呂に浸かって、3人で夕飯をつくって食べて、3人でベッドに寝転んで、すやすやと穏やかな寝息がふたつ運ばれてきて。
こうして今日も平穏な1日が終わっていきます。
聖女様のくせになにも街に働きかけていないし、お師匠様のくせに弟子になにも教えていませんが、行動を制限されているので仕方ないです。
巣ごもり生活がはじまってまもない頃は無為に毎日を過ごすことに多少の罪悪感がありましたが、今はなんとも感じなくなりました。順応してしまったようです。
「これが理想のスローライフですよねぇ」
唯一欠点があるとすれば、お日様の視線を思う存分浴びられないことでしょう。あぁあと、りんご採取ができなくて好物のりんご料理が食べられないことも苦ですね。ひさびさにアップルパイ食べたいなぁ。
ですが、ほかは理想形です。
……まぁこれが束の間の平和で、3日後からはこれまでの日常に戻り、5年後に異界に潜り込んでモカモカの両親を救出するときに備えて弟子を育てる日々になることは言われずとも存じています。
ギルティアが特に深い意味もなく私の弟子となっているように、この日常の終着点も明確に存在しなければよかったんですけどね。
……形あるものはいつかは消えて薄れていくことが理だから仕方ないか。
「いや全然寝れないんだけど?」
寝転んでから小1時間が経過しましたが、一向に睡魔が訪れません。当然です。起床してからろくにエネルギーを使っていないのですから。
というわけで、眠気を呼び寄せるために読書することにします。
まずは啓発本から。
「異世界でもちゃんと思想は存在してるんですよね」
『我思う、故に我在り』だったり、『二兎を追う者は一兎をも得ず』だったり。前世で有名だった思想だったり至言だったりは、この異世界でも若干違う言葉となって人々の間に根づいているようです。
『和を以て貴しと為す』という考え方もギルティアに説明したらあっさり理解してくれましたし、どの世界でも根幹にある考え方というのは共通しているのかもしれませんね。
手に取ったのが偶然難しい書物のため眠気が大きく膨らみましたが、まだ眠りにつくには物足りないです。もう1冊行ってみましょう。
「この世界の図鑑はわかりやすいんですよね」
続いて目を通しているのは『魔物図鑑』です。色つきの図解なので、一目見たら理解が追いつきます。
これまでにたくさんの魔族の方々を目にしていましたが、実は魔物はそれほど目にしていません。
基本的にどの地域にも魔物が跋扈しているそうなのですが、プリテンドやラスエルツァの近くには人間を襲ってくる悪い魔物がてんでいません。
……アリスラースさんやエリシュナさんが強いからでしょうか。まぁ戦闘は可能な限り避けたいので、魔族と遭遇しないに越したことはないんですけどね。
「あ、ドラゴンだ」
わざわざ説明する必要もなさそうですが、全長20メートルにもおよぶ巨大な竜です。30分もあれば街をひとつ壊滅させることができるようです。
そんなドラゴンですが、なんとびっくり、食べることができるみたいです!
「気になりますね」
集中力を研ぎ澄ませます。
どうやら一概にドラゴンといっても様々なドラゴンがいるようで、レッドドラゴンのお肉は絶品ですが、ブルードラゴン、イエロードラゴン、グリーンドラゴンといった少し変わった色のドラゴンのお肉は絶対に食べてはいけないそうです。なんでも人にとっては猛毒で、食べてしまったら瞬時に死に至るのだとか……。
「フグみたいですね」
しかし、フグとは異なり鱗の色で見分けることができるので、誤って毒肉を食べてしまうということはまず起こりえないでしょう。
ページをめくると、レッドドラゴンのお肉を使った料理の写真が貼られていました。見ているだけで口の中が涎でいっぱいになりました。
「レッドドラゴンですか」
出没は極々稀。
ですが、プリテンド付近でも目撃事例はあるようようです。直近だと50年前。
……食べてみたいです、レッドドラゴン。ふわっと空から現れたりしませんかね。
「メプッ」
「どうしましたメープル?」
突然鳴き声をあげたメープルをもふもふと撫でまわします。目を細めて心地よさそうにしています。
「ふわぁ~。ようやく眠たくなってきました」
メープルを抱き留めたままごろんと寝転がります。全身からす~と力が抜け、意識が遠のいていく感覚がありました。
「おやすみメープル」
「メプ~」
目を覚ませば、引きこもり生活も残すところ3日となります。引きこもり生活明けは、レッドドラゴンと戦いにいくのも悪くないかもですね。そもそもこの時代にいるのかも定かでないですけど。
そんなことを思っていると、頭の中でぴこんと音が聞こえた気がしました。どこかに都合よくレッドドラゴンでも出現したんでしょうかねぇ。
のほほんとそんなことを思いながら私は眠りにつきました。




