第33話 『和を以て貴しと為す』です。
「今晩は精がつくものを用意するわ。期待していて頂戴」
息巻くようにそう口にすると、ギルティアは黒馬に乗ってどこかに向かってしまいました。
「体調面は問題ないんですけどねぇ」
気遣いの牢獄生活がはじまり1週間が経とうとしていました。
おうち大好きっ子の私といえども、寝ても覚めても変わり映えのない景色が続きますと、さすがに青空のにおいが恋しくなってきます。
「お外は危ないからだめだよ、お師匠様」
「5分だけ。5分だけですから。モカモカの目の届かないところにはいかないと約束します。どうですか?」
「だめだって言ってるでしょ」
「……わがまま言ってごめんなさい」
窘めるような弟子の視線に屈して謝ってしまいます。
モカモカはムッとしていた顔を笑顔に変えて、「いっしょに読書しよっ」と誘いかけてきます。私はモカモカと隣合ってベッドに寝転び物語の世界に浸ります。すぐにすやすや軽やかな寝息が運ばれてきました。
「監視係が眠っちゃだめでしょうに」
そう口にするのも何度目でしょう。モカモカもギルティアも私を監視する日はそれが約束されているかのように眠りの底に落ちてしまいます。
「メプ?」
「外に出ないの、ですか。出たい気持ちはやまやまですけど、許可無く出てしまったのではお師匠様として立つ瀬がありませんからね。約束を守るようにと弟子に説いている以上、お師匠様は可能な限り約束を守らなければならないのです」
もちろん例外もありますが、これは例外に該当しないケースです。茶髪をそっと撫でると、モカモカはぎゅっと私の手を握ってきました。ふふ、可愛い弟子です。
片手が空いていれば読書も作業もできるので問題なしです。
「ここはこう……いやこの表現は易しくないか。もう少し砕けたものにして……」
この1週間、モカモカとギルティアのお昼寝時間と夜のお休みの時間を縫ってこっそり用意していたものもそろそろ完成しそうです。自宅でサクっと渡してしまうのは味気ないので、この書物を渡す日だけは外出許可をいただきたいですね。
気づけば1時間ほど経っていました。私はふぅと息をつきます。
「ギルティアはどこに行ったんでしょうね」
疑問を解消すべく魔法を使います。
瞬きののちに切り替わる視点。筋骨隆々な魔族の方々が私を――ギルティアを囲んで見下ろしていました。
なになにいきなりどういう状況ですかこれ!?
『ここは子どもが遊びにくるような場所じゃねぇぞ』
『言われなくてもわかっているわ。端的に要件を告げましょう。貴方たちがラスエルツァと取引しているお肉を私に少しだけ譲ってほしいの。どうかしら?』
『馬鹿にしているのか?』
魔族のひとりが苛立った様子で前に出ます。触角のようなものを生やしたマッチョな魔族さんは、ラスエルツァでは目にしなかった人種の方々です。
今いるこの場所はラスエルツァとは異なる地域なのでしょう。ラスエルツァなら、どなたもギルティアがエリシュナさんの娘だと認知していてどんな頼みでも二つ返事で聞き入れますからね。
視界をふるふる揺らがせてギルティアは続けます。
『馬鹿になんてしていないわ。むしろ高く買っているの。ラスエルツァで流通するお肉の中で、グラハム産のものがいちばん舌を喜ばせてくれるからね』
『そ、そうか。……そうかそうかぁ』
デレデレしている取り巻きの魔族さんです。見た目の割にチョロいです。
長と思しき方が腕を組んでムッとしたまま訊ねます。
『すればお前はラスエルツァで暮らすものだろう? 艶やかな出で立ちを見るに裕福な家で暮らしていると見える。どうして街で購入せず出荷元まで来た?』
『こちらのほうが今住んでいる家から近いからよ』
『ん、どういうことだ?』
『私は今、プリテンドで聖女様と暮らしているの。知っているかしら? 人と魔族の千年の因縁に終止符を打った聖女様よ。だからラスエルツァに行こうと思ったらもう1時間ほど馬を走らせなければいけなくてね。というわけで、その道程にあるグラハムに立ち寄ってお肉をもらいにきたというわけよ』
『なるほど。理解した。しかし無償でとは言わないだろうな?』
『もちろん。これでどうかしら?』
言って、ギルティアはポケットからきのこを取り出しました。そのときになって、私はギルティアの綺麗な手が少し汚れていることに気づきました。
ほんとうにこれでどうにかなるの?
私が面食らう一方、魔族の皆さんは嬉々として飛び跳ねていました。
『ニジンダケだ! しかもすげぇ量!』
これですげぇ量なんだ。前世にたとえるならトリュフのようなものなのでしょうか。
『少量しか採取できなくて申し訳ないけれど、これだけあればお肉500g相当の価値にはなるはずよ。取引してくれるかしら?』
『わかった』
一も二もなく頷き、魔族さんは肉を切り分けてギルティアに渡します。なかなかの重量です。感覚共有をしているので、その重みまで伝わってきました。
『ありがとう』
『礼には及ばん。出すものを出したのなら、相手が誰であれ応じるのがグラハムの教えだ。また機会があれば来い。ニジンダケは忘れず持ってくるんだぞ』
『えぇ。頼りにしてるわ』
『……なぁアニキ』
『なんだ』
『この子なんだけどさ……その、オレの記憶が間違ってなければなんだけどさ、ラスエルツァ王妃のエリシュナ様のひとり娘にすげぇ似てるんだよ』
『ギルティアって言うのよ。名乗り遅れてしまったけど、それが私の名前』
腕組みで余裕を貫いていた長さんの顔がサァっと青褪めます。肩膝をつけて、さっきまでのボソボソ声が嘘のように声を張り上げます。
『大変失礼致しました! 虫のいい話であることは重々承知しておりますが、ギルティア皇女に働いてしまったいくつもの無礼を許して頂けませんか?』
『気にしないで頂戴。ただの女の子として扱われて新鮮だったし、同じ目線で諍いなく取引できたという自信もついたわ。和を以て貴しと為す。平和的に物事を解決するようにとプリオリ様から言われているの』
「ギルティア……」
ほんのり涙ぐんでしまいます。
強者であるがゆえに権力と武力ですべてを平伏させてきたギルティアが相手と公正な取引を試みた。土で汚れた指先がとても尊きものとして映りました。
『ではごきげんよう。機会があったらまたニジンダケを持ってくるわね』
その夜は、ギルティアがステーキを振る舞ってくれました。
「ん~、めちゃくちゃおいしいよこのお肉っ!」
「はい、絶品です! 口に入れた瞬間に溶けることってほんとうにあるんですねぇ」
「ふふ、喜んでもらえたようでなによりだわ」
お肉を食べれば元気いっぱい。
胃も心も満たされた1日でした。




