第31話 まだ不確定な未来ですし。
――聖女が命を無くす。
より具体的には、2週間以内に聖女が命を無くすようです。
広い世界ですし、私以外にも〝聖女〟と呼ばれている方がいるかもしれませんので必ずしも預言の聖女が私とは限りませんが。
……まぁ前回の預言の聖女が私だった事例を鑑みるにそれは希望的観測に過ぎないような気がしますよね。
命を無くす、ね。
……もう無くしてこっちの世界に来たんですけどねぇ。
悲愴な未来を告げられた夜ですが、私はぐっすり眠り、清々しい気持ちで朝を迎えました。昔からこういうのは信じないタチなんです。
朝一番、瞳を開いて視界に飛び込んだのは濡羽色のつむじでした。
「おはようございますギルティア。朝から抱きついてどうしたんですか?」
「いざというときのために護っているのよ。プリオリ様は文句なしに最強の聖女だけれど、眠っている最中は無防備だからね」
「よく見たら防御魔法が張られていますね。……ありがとうございます。もう大丈夫ですよ」
「ん、そう」
淡白に応じたあとも、ギルティアは私の腕に抱きついたまま離れませんでした。今日は甘えん坊さんな日ですかね。
リビングにはすでに朝食が用意されていました。割烹着をつけたモカモカがこちらにとてとて駆け寄ってきます。
「おはようお師匠様っ」
「おはようございます。今日はいちだんと気合いの入ったメニューですね」
バゲットに、ミネストローネスープに、サラダボウルに、フルーツヨーグルト。モカモカのつくる料理はいつも色鮮やかですが、今日はいつにも増して多色です。
「もしかしたらお師匠様が命を無くしちゃう原因が風邪かもしれないからね。健康の基盤は食事から。今日から2週間はあたしが健康を配慮した料理を用意するよっ」
ふんすと鼻息を荒くするモカモカは気合いいっぱいです。任せっぱなしにすることに申し訳なさもありますが、本人たっての希望なので認めることにしましょう。
「まぁどうせ何事もなく終わるでしょうから預言はあまり気にしないでください」
「いいえ、楽観視してはいられないわ。今日はまず街の医師に身体に異常がないか、確認してもらいましょう。その後、教会でお祈りして加護を受けましょう。ふだんはプリオリ様にしか視えないりんごの採取やモカモカの指導をしているようだけれど、2週間はその一切を禁じるわ」
「大袈裟だなぁ」
「念には念をだよっ。朝起きてから、夜眠るまで、あたしかギルティアがず~っと側にいるからね。お手洗いまでついていくんだから!」
「お手洗いまではやりすぎですよ」
苦笑してしまいます。気に掛けてくれるのは大変うれしいのですが、四六時中べったりというのは過保護がすぎるのではないでしょうか。
ですが、可愛い弟子が常に隣にいれば、気遣いから生まれる神経の摩耗に勝る幸福が生み出されることは目に見えています。2週間は病人みたいな扱いを受けますか。
そう軽い気持ちで結論づけた私ですが、弟子ふたりにくっつかれて街に繰り出すなり、プリテンドにおける占いおばばの信頼の篤さを突きつけられることになります。
「聖女さま、歩くことには危険が伴います。どうぞ馬車をお使いください」
「あ、ありがとうございます。……それは回避しようがなくないですか?」
「あぁ聖女さまっ、このあたりは空気が少し濁っちまってるんでこのフェイスマスクをお使いくだせぇ」
「あ、ありがとうございます。……シールドまでついてる」
「聖女さま、そのような薄着では危険ですのでこの冒険者御用達のアイアンプレートを装備してはいかがでしょうか?」
「そ、それは重そうだからけっこうかなぁ」
み、みんなモカモカとギルティア並みに過保護……!
この振る舞いがこれから2週間続くのだと思うとぞっとします。なんだかゆくゆくは監禁でもされちゃいそうな勢いです。いきすぎた善意ってこわい。
その後、私はお医者さんから過密で緻密で精密な検査を受けました。朝一番に出向いたのに、病院を後にする頃にはとっぷりと日が暮れていました。
「どうだったお師匠さまっ!?」
「異常なしです……」
「ほんとうかしら? こんなにも顔色が悪いのに異常なしだなんてやぶ医者なんじゃないの? 魔界で見てもらったほうが正確なんじゃない?」
「ふつうに診療疲れですから……」
前世の人間ドッグよりつらかったです。
検査なんてもう二度と受けないです。もし異常があっても大抵は自分で治せるし。
ここまでまわりが不安にしていると、その負の感情が私にも伝播するというものです。
なので、大魔導士の力を遺憾なく発揮して生命を脅かす異変がないか、検査の待ち時間で探ってみましたが、これといっておかしな点は見つかりませんでした。
「やっぱり勘違いなんじゃないかなぁ」
そんなことを思いつつ、馬車に揺られて帰路をたどっているときのことでした。
突然、胸元からピキッと音がしました。モカモカからもらったブローチにヒビが走り、ネックレスの部分がプチンと切れました。
ブローチが床とぶつかる音が静謐の満ちる馬車の中にいやに大きく響きました。
「……マジで死ぬかも私」
「さ、させないわっ。絶対に私とモカモカでプリオリ様を護ってみせるんだから!」
「そ、そうだよ! うん、絶対お師匠さま護るもんっ! ……い、今みたいに原因さっぱりな不吉なことが起きたらどうしようもないかもだけど」
「モカモカっ、悲観的なこと言わないのっ!」
「は、はいっ! ……お師匠さま、ずっと俯いてるけどもしかしてどこかおかしかったりする?」
「うぅ、せっかくモカモカにもらったものなのにぃ……」
一生大切にするつもりでした。不幸を嘆かずにはいられません。異世界に転移してからはじめて私はぽろぽろと泣いてしまいました。
モカモカはふっと頬をやわらげ、私の頭をそっと撫でてきます。
「大丈夫だよお師匠様、またつくってプレゼントするから」
「モカモカぁ~」
「大人なんだから泣かないの。……その時は私も同じものをプレゼントしていいかしら? モカモカだけなんて卑怯だわ」
モカモカに負けじとギルティアは私の腕に抱きついてきます。
「うぅ、楽しみですぅ~」
しゅぴーんとハンカチで鼻をかみます。なかなか激情の波の去らない私の背中を、モカモカとギルティアがそっと撫で続けてくれました。
お師匠様なのに情けない姿をお見せしてしまってすいません……。




