第30話 5年後はもっと上手に笑えますよ。
流星群を3人と1匹で眺めた翌朝。
パチリと意識が覚醒すると同時、すぅすぅと軽やかな寝息が左右から私の耳をくすぐりました。
私の両隣では可愛いふたりの弟子が天使のような寝顔で身体を丸めています。
「ふふっ」
朝からほっこりしてしまいます。
ふたりに毛布を掛け直し、グッと背中を伸ばして窓の向こうに目をやります。今日も澄んだ空が私たちを歓迎しています。
「……今日で最終日か」
日暮れ前には戻るとアリスラースさんと約束しているので、お昼を済ませて、少し休憩してから出立という流れになるでしょう。
……転移魔法を使えばもっと長時間滞在できるじゃないかって?
ちっちっ、わかっていませんね。寂寞感に苛まれつつ帰路をたどるのも旅行の醍醐味なのですよ。
あくびを噛み殺しつつリビングに顔を出すと、エプロンをつけて髪をうしろでくくったエリシュナさんが鼻唄交じりに朝食の用意をしていました。
私に気づくと、かっと顔を赤らめます。
「い、いいいつからそこに!?」
「たった今です。おはようございますエリシュナさん。なんだか上機嫌ですが、素敵なことでもありましたか?」
「今のは忘れろ! 朝はいつもこんな感じなんだよ! 文句あるか!?」
「いえいえ、人生を楽しんでいて素晴らしいと思います」
前世の私は廃人みたいな猫背でトースターがカチカチ鳴る音を聞いていましたからね。breakfastが憂鬱な日も数えきれないほどありました。
ま、今は朝食担当の日は、エリシュナさんに負けないくらいハイテンションで朝食づくりに励んでいるんですけどね。
メープルがいる。モカモカがいる。誰かのために料理をつくるのって楽しいんですよ。
ジークリフさんは相変わらずお寝坊さんなので、モカモカとギルティアが席についたところでミートパイを頬張ります。エリシュナさんの料理は今日も絶品でした。
「プリオリ、ちょっといいか?」
玄関でブーツをとんとん鳴らしていると、エリシュナさんが神妙な顔つきで私を呼び留めました。
「どうかされましたか?」
「そのギルのことなんだが……ほんとに養育をまかせちまっていいのか?」
「えぇ問題ありませんよ。むしろ感謝したいくらいです」
即答して、私はグイっととんがり帽子のツバを持ち上げます。
「あなたの娘は私が責任をもって大切に育てます。まかせてください」
「世界一信頼できる『まかせてください』だな。おう、まかせたぜプリオリ!」
ニッと笑って突き出された拳に、私はこつんと拳をぶつけます。
さも今生の別れのような雰囲気が漂っていますが、月に1度くらいの頻度で顔を出すつもりでいるんでご安心くださいな。
◇◆◇◆◇
最高級のフカヒレスープに舌鼓を打ち、温泉に浸かって疲れを癒し、ついにその時がやってきました。
「では皆さん、ご元気で」
「寂しいこと言わないで永住してくれよ聖女ちゃぁぁぁんっ!」
「モカモカちゃんの足音で起きるのが日課だったのにぃぃ!」
「ギルティアちゃんに蔑まれないと生きてけねぇよぉぉ!」
「えっと、さてはお見送りに来たのは変態さんばかりだったりします?」
まぁそれだけモカモカとギルティアが愛されているということなので良しとしますか。
モカモカは苦笑いしながら手を振り返しています。
その一方で、ギルティアはぼーっと街を眺めていました。
「街を発つ実感が湧きませんか?」
「……そうね。これからしばらく私はこの街の住人ではなくなるのよね」
「ギルティアはこの街が好きですか?」
「えぇ好きよ。大好き。街のみんなも大好きだわ。……だからほんの少し寂しい」
まつげの下に紫紺の瞳を伏せるギルティアの頭を撫で、私は微笑みかけました。
「次にこの街の住人になるときは、その気持ちを素直に告げられることを目指しましょうか」
「い、嫌よ。恥ずかしい」
「気持ちはわかりますけど、ギルティアはもう少し感情に正直になってもいいと思いますよ。ほら、街の人たちがあたたかく見送ってくれています。手を振り返して」
「……まぁ旅立ちの時だものね」
ふっと頬をほころばせ、ギルティアは街の人たちに手を振り返しました。その表情を見て、街の人たちは驚いた顔をしています。
「そうやって笑える子だって知ってもらえれば、あなたはきっともっとたくさんの人に愛されますよ」
愛嬌は正義ですからね。モカモカの窃盗だって、愛嬌があったから許されたわけですし。
ギルティアの頬はゆるんでいますが、まだそれは微笑みに満たない微笑です。ですが、始終ぶっきらぼうだったこの子が少しでも笑えているだけで大きな成長でしょう。一歩ずつ、一歩ずつ、です。5年後はもっと上手に笑えますよ。
1匹の黒馬に3人でまたがり、私たちはゆっくりと帰路をたどります。背中に浴びせられる歓声が徐々に遠ざかっていきます。
「魔族の人たち、いいひとばかりだったなぁ」
不意にモカモカがつぶやきました。
「でしょう? 魔族だから悪と決めつけるのは早とちりなんですよ」
「帰ったら、街のひとたちに魔族はいいひとばっかだったよって伝えないとね」
「はい、思う存分広めちゃってください」
子どもの率直な意見は大人の心に深く突き刺さるものでしょうから。
そうやって誤解がほどけていけば、ゆくゆくは人間と魔族が同じ土地で共存する未来が拓けるかもしれませんし。……そんな未来になるといいですね。
思い出話に花を咲かせていると、あっという間にプリテンドに到着しました。たった1週間見ていなかっただけですが、なんだかとても懐かしい気持ちになります。
黒馬から降りて街に足を踏み入れると、懐かしい灼熱の髪色が私めがけて大急ぎで迫っていました。
「ただいまですフレアさん。そんなに焦って、さては私に会えなくて寂しかったのですか?」
「ふざけてる場合じゃないんだ! プリオリ、異常はないか? 異変はないか!?」
私の身体を許可なくまさぐってきます。ちょ、くすぐったいですって。
「なんもありませんよ。風土病的なものを懸念しているんですか?」
「そういった類なら皇女さまが治せるから問題ないんだ。……昨日のことなんだが、占いおばばが新たな預言を賜ったんだよ」
占いおばばというのは、プリテンドにいる的中率100%の預言をするおばさまのことです。私が聖女として活躍することを予知していたのも彼女でした。
「そんなマズい預言だったんですか?」
「あぁ」
ごくりと唾を呑んでフレアさんは告げました。
「聖女さまが命を無くす。それが占いおばばが賜った預言なんだ」




