第29話 片方の弟子だけ贔屓はできませんので。
ギルティアが案内しようとしている場所は、街から馬で2時間ほど進んだ先にあるようです。
それを聞いて少しぎょっとしましたが「問題なしです!」と私はサムズアップしてみせました。甘え下手なギルティアの努力を無碍にはできません。
黒馬に乗るのもすっかり慣れたものでして、今では魔族の方々と遜色ないほどに乗りこなせています。
ただ今回はこれまでと状況が異なり、前にモカモカ、うしろにギルティアが乗っているので、少しだけバランスを取るのが難しいです。
「モカモカはともかく、ギルティアはひとりで乗るほうが快適なんじゃないですか?」
「いいえ、こちらのほうが快適よ。だってプリオリ様の温もりを目的地に着くまでずっと感じられるんだもの」
「ギルティア、なんだか今日はすっごく甘えん坊さんだねっ」
「そりゃ甘えたくもなるわよ。……今日であなたたちと過ごせるのも最後になるかもしれないんだもの」
「すいません、風でよく聞き取れなかったのですが、なにか言いましたか?」
「べつになにも言っていないわ。プリオリ様、もう少ししたら右折よ」
「承知しました」
「メプメプッ」
頭のうえに乗っかるメープルがうれしそうな声を上げています。乗馬するときはいつもこんな感じなので、風に吹かれるのが好きなのでしょうね。
出発した時間が夕方付近ということもあり、オレンジ色の空はみるみるうちに藍色に染まっていきます。
沈み落ちる夕陽に輪郭をかたどられた遠方の山々は幻想的で、モカモカは指を差して大興奮していました。そんなモカモカに「これから向かう場所はもっと美しいわよ」とギルティアは微笑み混じりに声を掛けます。
なるほど、目的地からは絶景が拝めるんですね。すいません、必死に隠しているのに些細な言葉から推測してしまって。
高原が暗がりに包まれますが、ふたりの弟子が魔法で進路を照らしてくれるので問題なく馬を進められます。
空気が夜の冷たさを孕みはじめた頃、私たちは目的地に到着しました。
「山だ」
「山ですね」
いつかモカモカと秘湯に行った際に登ったものとは比にならないほど峻険な山でした。
今からこの山を登るのでしょうか? 私はともかくモカモカが不安だなぁと思っていると、ギルティアが詠唱をはじめました。
「聖霊よ、我らを浮かせよ」
浮遊魔法でした。
私たち3人はふわふわと宙に浮かび上がります。自分のみならず、まわりのふたりにまで魔法を行使するギルティアの技量にモカモカは目を見開いていました。
「この山のてっぺんが私がふたりを案内したかった場所よ。行きましょう」
浮遊魔法は高度な魔法です。その魔法を3人同時に杖の力添えなしで行使できるのですから、ギルティアの魔力の才はさすがと言わざるを得ません。
初日に私を傷つけるために使われた魔法が今は私とモカモカを支えるために使われていることに、胸がほっこりとしました。まだ1週間にも満たない付き合いですが、私たちとの出会いが彼女を変えているのかもしれませんね。
山のてっぺんに到着しました。
背丈の低い草花がそよと揺れる拓けた空間に足をつけると、ギルティアはおもむろに頭上を指差して言いました。
「これが私からあなたたちに贈れる最上の品よ」
顔をあげ、私は言葉を失いました。
「……流星群を見るのは生まれてはじめてです」
天球の奇蹟。
そんな言葉が似合いそうな眺めでした。
夜空を光の粒が絶えず流れ落ちています。
今日が特別な日なのか、いつもそうなっているのかはわかりません。ただ確実に言えることがあるとすれば、その景色はこれまで私が見てきたどんな瞬間よりも美しい眺めでした。私は、この景色を永遠の眠りに就くその日まで忘れないでしょう。
「今日までありがとう。プリオリ様、モカモカ。すごく楽しくて充実した時間だったわ」
「どういたしまして! こんな綺麗な場所まで連れてきてくれてありがとね! プリテンドに戻ったらあたしも絶景が堪能できる場所に連れていくからね!」
「えぇその時はよろしく頼むわね。……私は今日で弟子を辞めるから、ただのギルティアとしていつか都合が合えば同伴させてほしいわ」
「え?」
「どうして私の弟子を辞めようと思ったのか、聞かせていただけますか?」
驚きはありました。ですが、平然を繕いました。私は大人でお師匠様なのですから、どんな状況でも鷹揚に構えていなければなりません。
ギルティアは寂しそうに微笑んで告げます。
「もうわかってしまったからよ。人間は尊き生きものだって。それを知るために私は弟子になっていた。けれどもうわかってしまったのだから、この先も弟子でいるのはおかしいでしょう?」
モカモカは、5年後に異界に飛び込んで天災に巻き込まれた両親を助けるために私の弟子となっています。ちゃんと今の関係に至る理由があります。
ギルティアの意見は完膚なきまでに理に適ったものでした。あまりに隙がないから、理論がすべてを支配するのなら私は頷くことしかできません。
前世では欲しいものを諦めてきました。仕事が忙しいからしょうがない。そう自分に言い聞かせて取りこぼしたものがいくつもあります。
「そうでしょうか? 私はおかしくないと思いますけどね」
アイテム一覧からこっそり徹夜して作成したペンダントを取り出し、呆然とするギルティアの首につけます。
うん、思った通りです。ディトゥルクの輝きはギルティアの瞳の色にそっくりでよく似合っています。
「モカモカには弟子になったお祝いにリボンを贈ったのにギルティアだけなにも無しというのは良くないので、遅れてしまいましたが弟子になったお祝いのプレゼントです。気に入っていただけましたか?」
「……プリオリ様は、この先も私を弟子にするつもりでいるの? もう私が弟子でいる理由はないのに?」
「理由なんてなくてもいいですよ。楽しく平和にスローライフを送る。私のやりたいことに端から目的なんてありませんから」
その日常に私はギルティアが欲しいのです。
こんな素敵な弟子とはそう何度も巡り合えるとは思えませんからね。
「ギルティアが望むのでしたら理由がなくとも受け入れますよ。モカモカもギルティアがいてくれたほうが毎日楽しいでしょう?」
「いやだよぉ、これからもギルティアといっしょにいたいよぉ~」
モカモカが泣きじゃくりながらギルティアに抱きつきます。
ギルティアの瞳から一筋のしずくがこぼれ落ちました。
「……私、これまで友達が出来たことは一度もなかったの。いいのかしら? 私はこの先もモカモカの友達でいて」
「当然だよっ。ずっとずっと友達でいるもん! ずっとずっとふたりでお師匠様のお弟子でいるもんっ!」
「……ありがとうモカモカ。プリオリ様とモカモカと出会えてほんとうによかったわ。この先もよろしくね」
「うんっ」
「はい、末永くよろしくお願いしますね」
それから3人で座って夜空を眺めました。
私が笑って、モカモカが笑って、ギルティアが笑って、メープルが鳴く。
そこにあるのは、まさしく私の理想とするスローライフでした。
この先もずっと守っていきたい些細な幸せの時間でした。




