第22話 人類を滅ぼされるのは困るしなぁ……
「光よ、壁となりなさい!」
ギルティアさんが硬直している一瞬の隙を縫って、私はモカモカに光の防御魔法をかけます。
外部からの一切の干渉を遮断する魔法です。これでモカモカに危険が及ぶことはないでしょう。
「この状況で真っ先に弟子を庇うだなんて驚きだわ。林檎の聖女というふたつ名は伊達ではないようね」
ふっと笑み、ギルティアさんは追撃することなく私から飛び退きます。
就寝前に目にしたひらひらのネグリジェではなく、日中と同じお人形さんみたいなゴシックドレスをまとっています。
スカートの裾を持ち上げたかと思うと、太ももに隠していたナイフを逆手に持って戦闘の意思を向けてきました。
私はベッドから降り、聖女の杖をアイテム一覧から取り出しつつ訊ねました。
「どうして襲って来たのか理由を教えていただけますか?」
「あなたが邪魔だからよ」
淡白で端的な答えでした。
なにか気に障ることをしたかなぁと今日の出来事を振り返っていると、ギルティアさんは驚きの言葉を続けます。
「私は人類を滅ぼしたいの」
「人類を滅ぼす?」
「えぇ。だっておかしいじゃない。上位種族である私たち魔族がどうして下等種族である人間なんかを気遣って生きなければならないのかしら」
唖然としつつ、私は言葉を絞り出します。
「今と同じ質問をエリシュナさんやジークリフさんにしたことはありますか?」
「えぇあるわ。お母さまは魔族同様に人間も尊い生きものだから愛するようにと諭し、お父さまは共存が生物の定めだと答えたわ」
「素晴らしい答えです。あなたは思想を曲げなかったのですか?」
「だって私は人間と交流したことがないんだもの。文献に記されている人間はみな、無知蒙昧で救いようのない愚者ばかりだわ。事実、お父さまは人間のせいで百年苦しんでいた。ゆえにお母さまとお父様は人間に屈してそう言われているのだと私は結論づける。魔族の幸せのために死んで頂戴、林檎の聖女」
「……はぁ。またこのパターンかぁ」
ため息をつかずにはいられません。
滑り出しこそヤバイ思想を持つ子かとひやひやしましたが、話を聞いてみれば両親を、そして魔族をより幸せにすることを最終的な目標とする優しい子のようです。
無表情でツンツンしているのは、お年頃で感情に正直になることが恥ずかしいからなのかもしれませんね。
「……ん、ギルティアさんは13歳なのですよね? ジークリフさんは呪いに侵された状態でエリシュナさんとの間に子を成したのですか?」
「えぇ。お父さまはもう助からないと半ば諦めていたお母さまが寝込みを襲う形で、私という命を授かったそうよ」
「そ、それはまたすごい背景ですね……。ギルティアさんのご要望にお答えする前に、ひとつだけ約束していただきたいことがあります」
「なにかしら?」
「私に負けたら人類を滅ぼさないと誓ってください」
「それはできないわ。
――だって私は、林檎の聖女を殺して悲願を遂げるのだもの」
ギルティアさんは浅く息をつき、カッと目を開いて双剣を勢いよく薙ぎ払いました。
「磔刑!」
技名の殺意がつよつよです。
放たれた技は見事なものでした。巨大なバッテン印の黒い光が目にも止まらぬ速さで私に迫ってきます。
「魔族界屈指の力を持つと称されるお母さまでも音をあげた私の秘儀よ。これを喰らって無事立っていたものはいないわ。死になさい、林檎の聖女」
「光よ、喰らいつくしなさい」
杖の先端が発光を放ちます。それは襲い来る黒光を丸呑みするように包み、攻撃を一瞬にして無効化しました。
「は?」
「光よ、捕えなさい」
呆けるギルティアさんにすかさず一般拘束魔法をかけます。
ギルティアさんはなにやら慌てて詠唱して回避を試みているようですが……
「聖霊よ、我にのみ従いなさい」
大人げないですが、私だけが魔法を使える状態にしちゃいますか。ちなみにこれ、極星魔法のひとつです。
ギルティアさんの詠唱は失敗に終わり、ドーナツみたいな光がギルティアさんを芋虫にしました。
ころころ転がってきたギルティアさんに私はにこりと微笑んで告げます。
「私の勝ちです」
「ちょっと強すぎないかしら? 私、お母さまとお父さまが束になっても勝てない魔族屈指の実力者なのよ?」
「へぇ、そうなんですねぇ」
ほんとうかどうか、ステータス確認といきましょうか。
【ギルティア/Lv89】
職業:魔女
【スキル】
闇の支配者Lv7
魔力増長Lv8
【ステータス】
体力:826
筋力:392
耐久:878
魔力:921
幸運:678
「つっよ」
魔将軍のガイニスさんを除けば、確認した中で最高値のステータスでした。魔力なんてカンスト寸前です。
「……ん、さっきの磔刑って技は魔法ですか?」
「そうよ。短剣使いかと思わせて魔法で制するのが私のやり方なの。お父さまから敵を錯乱させるのが戦闘の基本だと教わったわ」
「ですが、杖がなければ魔法がうまく使えないでしょう?」
「なくてもできるわ。だって私、天才だもの」
得意げにしています。驕りではなくその通りなんでしょうね。おそらく魔女という職業はかなり貴重な役職なのでしょう。
「さて、それではさきほどの話の続きですが――」
「話は呑むわ。人類は滅ぼさない」
「おや、物分かりがいいですね」
「敗者は勝者に従うこと。それがこの家の教えだもの。だから林檎の聖女……いいえ、プリオリ様。これから弟子としてよろしくね」
「ん?」
今、弟子としてよろしく的なことを言いませんでしたこの子?
聞き間違いを疑う私にギルティアさんは淡々と続けます。
「魔族が高潔なる上位存在で、人間が愚かな下等種族であるという認識はまだ揺らいでいないわ。だからプリオリ様、私を弟子にして人間が素晴らしい生きものであると証明して頂戴。聖女と讃えられているのだからそれくらい容易でしょう?」
「……ちなみに弟子にしないって言ったらどうなります?」
「弟子にしてもらえるまで何度でも殺しにくるわ。いえ、明日にでも人類に攻撃を仕掛けようかしら?」
「よし、今この瞬間からギルティアさんも私の弟子にします!」
「ふふ、賢明な判断よプリオリ様」
魔女みたいに笑うギルティアさんです。いや魔女なのか。
前言撤回します。この子すげぇやべぇ子かもしれません。
拘束魔法を解除し、私はふと思い浮かんだ名案を口にしました。
「弟子になるということは、1週間の滞在が終わった後も私についてくるという認識でよろしいですよね?」
「当然じゃない。朝から晩までひっつくわ」
それは過剰なのでは?
「そうなりますと、ギルティアさんの独断で最終決定とはできませんね。明日、エリシュナさんとジークリフさんに確認して、許可をもらえたら正式な弟子とします」
「ふむ。その意見は理に適っているわね。わかったわ。では今はまだ弟子(仮)ということで」
よし、これで弟子がふたりに増えることはないでしょう。
なぜならエリシュナさん、見るからに過保護ですから。ギルティアさんが日常からいなくなることを良しとするはずがありません。モカモカは良い子だからうまく教育できていますけど、この子を正しく教育できる自信は正直ありませんでした。
これでひと安心とベッドに身体を沈めます。
ひしと身体にくっついてくる温もりがありました。
「ギルティアさん?」
「なに? 弟子(仮)なのだから、モカモカのように師と隣合って寝つくのは当然のことでしょう?」
「……もう襲ったりしません?」
「えぇ神に誓うわ。それよりプリオリ様、髪は宝石をまぶしたようにつややかで、瞳は朝焼けのように美しいわね。肌もとてもきれい。さては神様の落とし子かしら?」
「えぇと……」
「それとモカモカは弟子であり娘だと言っていたわよね。モカモカはいつ頃伴侶さまと為した子なの? 伴侶さまはどんな方かしら? やはりとびきり強いのかしら?」
「あの、その情報量が……」
「っ、ごめんなさい。興奮でつい我を失ってしまったわ。この際、白状しましょう。私はプリオリ様に興味津々よ。私、知的好奇心が強いから山ほど質問が出てくるけれど、ぜんぶ答えて頂戴ね? 私は弟子で、プリオリ様は師匠なのだから」
「……承知です」
そして、夜遅くまで話が続いたことは言うまでもないでしょう。
幸いだったのは、陽が昇る寸前でギルティアさんが寝ついてくれたことです。
「……この子が弟子になったらぐ~たらできなくなりそうですね」
理想のスローライフ崩壊の危機です。
頼みますよ、エリシュナさん。
午前4時、私は強く祈って夢の国への入国を試みました。
「ふわぁ~……お師匠様、起きてる?」
ごめんなさいモカモカ、無視することを許してください。




