第21話 先入観は捨てましょう。
今日に至るまで魔族領に関する説明をしていなかったので、この機会に私の把握している情報を共有いたします。
魔族領と私が呼んでいる場所は、ラスエルツァという魔族の方々が住んでいる国を指しています。ほかにもいくつか魔族の方々が暮らす王国があるようですが、現状私はラスエルツァしか知らないです。ラスエルツァは数ある魔族の王国の中でも屈指の権威を持っているようです。
人間の営みは人間の生活圏で完結し、魔族の営みは魔族の生活圏で完結しているため、双方が交わることはほとんどありません。書物を読んでいて驚いたのですが、プリテンド以外の街で暮らす方々はそもそも魔族の存在そのものを架空のものだと思っているのだとか。
プリテンドで暮らす方々にしてみればありえない常識です。なぜプリテンドだけが例外的な状況にあるのかと言いますと、単純に地形条件がほかとは異なっているからでして、ラスエルツァからもっとも近い場所にある人間領の王国がプリテンドなのです。
ほかの王国に魔族が足を運んでいないのはアリスラースさんが彼女を食い止めているからでしょう。ここ最近になって気づいたのですが、アリスラースさん、けんもほろろにエリシュナさんをあしらっているようでかなり真摯にエリシュナさんの要望に取り合っています。他国のお偉い方々もよく足を運んでいますし、アリスラースさんはとても優秀な皇女なのでしょう。
――と、長くなってしまいましたが、以上が私の認知している魔族領とそれに関連する情報となります。
そんな私は今、黒馬に乗ってラスエルツァに向かっている最中です。乗馬できるようになったのはモカモカにカッコいいところを見せたくてエリシュナさんに指導してもらったからです。血反吐を吐くようなスパルタ指導だったなぁ。
私に背中を預けて話を聞いていたモカモカはこてんと首を傾げて訊ねてきました。
「今は平和だけど、昔は人と魔族が争ってたって本に書いてあったけど、それってほんとなの?」
「みたいですね。文献を信じるのであれば、食糧や領土の問題で双方の主張が衝突し争いに発展してしまったようです」
百年にもおよぶ戦争ののち、勇者一行が命と引き換えにジークリフさんに呪いをかけることで平和がもたらされたようです。
呪いの詳細は、ふたたび魔族が人類を襲ったらジークリフさんが息絶えるというもの。はじめて出会ったとき、エリシュナさんがプリテンドの方々に一切暴力を働かなかったのは、呪いが彼女から暴力という選択を奪っていたからなのです。
「人も魔族もたくさん傷ついちゃったんだよね……。話し合いで解決することはできなかったのかな?」
「すべての問題が話し合いだけで解決するほど世の中甘くないんですよ」
残酷ですが、それが理です。
モカモカは間髪容れずに質問を重ねました。
「けど、お師匠様はアリスラース様とエリシュナ様を話し合わせて、昔みたく争いが起きるのを未然に防いだんだよね? 誰も傷つけず平和を継続させたんだよね?」
「運がよかったんですよ。百年前の戦争がジークリフさんが呪いに侵されることで終わっていた。王妃であるエリシュナさんにとってジークリフさんの完治がなによりの望みだった。私が偶然グランドアップルを見つける力を持っていた。いろいろな要素が重なっての今なので、一から十まで私の功績と割り切ってしまうのは傲慢がすぎますよ」
「そっか。でもさ、お師匠様がいたからこうして平和に暮らせてるってことには変わりないよね?」
「まぁそこは否定できませんけど」
「じゃあやっぱりお師匠様は世界を救った聖女だよっ。ありがとお師匠様!」
「……モカモカがいれば、仮に私がいなくなっても平和が続きそうですね」
まぁ消えるつもりはありませんけどね。
私は心ゆくまでこの世界でスローライフを満喫してやります。私がいる限り、争いは絶対に起こさせませんので覚悟してください。
黒馬を走らせること3時間ほど、ラスエルツァに到着しました。
実は王城の鎮座する街を正面から見るのはこれが初めてなのですが……
「プリテンドにそっくり……」
モカモカがつぶやいたように、プリテンドを鏡写しにしたような街並みでした。違いをあげるとすれば、白色よりも黒色が目立っている点でしょうか。
不意に商売をしている魔族の方が私たちに気づきました。狼のようなというか狼の顔つきをした二足歩行の方です。こういった方を獣人と呼ぶのでしょう。目にするのは初めてでした。
訝しげに私たちを見つめていた狼さんですが、やがてハッとした顔つきをし、ドタドタこちらに駆け寄ってきます。
「アンタ、さては林檎の聖女様かい?」
「は、はいそうです。エリシュナさんに招待されて1週間この街に泊まることになりました」
「やっぱりそうかい! みんな、聖女様の到着だよ! 盛大にもてなしてやんな!」
街いっぱいに歓喜の声が広がります。
あ、この流れは既視感が……
「その前に、エリシュナさんに一声掛けさせていただいてもよろしいですか?」
「あぁいいよいいよ、ウチが伝えとくから。それよりお腹空いてないかい? 長旅で疲れたろう?」
「は、はい、ほどほどに空腹ですが……」
「聞いたかいみんな!? 料理の腕に自身があるヤツらはさっさと調理に取り掛かりな! 聖女様は早いもの勝ちだよ!」
「あぁこれはもうなにを言ってもダメなやつ」
そこからは渡りに船でした。
食べて、食べて、食べて、食べて。
「エリシュナ様からも街一番だって太鼓判を押されてるハンバーグなんだぜ! どうだ聖女様? お気に召したか?」
「は、はい。絶品です。……うぷ、モカモカ、少しどうですか?」
「ごめんお師匠様、あたしこれ以上は……うぷ、あの、お手洗いってどこですか?」
「おぉ、大丈夫かお弟子ちゃん? お手洗いはここをまっすぐ行って左に曲がった先だぜ」
「……がんばれ私」
消化を早める魔法とか、胃の食べものを消失させる魔法とか、そういったものがあれば良かったんですけどねぇ。
生憎そんな都合のいい魔法はないので、気合いで胃に食べものをかきこむことになったのでした。どの料理もお世辞抜きに絶品でした。
そんなこんなで、王城にたどり着いたのは夕方前でした。
お腹がいっぱいになったからか、眠りに落ちてしまったモカモカをおんぶし、あたしは玉座に足を踏み入れます。エリシュナさんは私を見るなり目を輝かせました。
「よく来たなプリオリ! どうだ? 我の民の振るまう料理はさぞうまかったろう?」
「えぇどれも絶品でした」
「だろだろ!? 夕飯も豪勢にしてやるから楽しみにしときな!」
「えと、小盛でお願いできますか?」
食べ過ぎたら胃が爆散しそうなので。
遠慮すんな遠慮すんなと頭を撫でてくるエリシュナさんに乾いた笑みを向けていると、彼女のひとり娘――ギルティアさんがじーっとこちらを見ていることに気づきました。
「こんにちは。今日から1週間、よろしくお願いいたしますね」
「えぇ、しっかりガイドするわ」
「ガイド?」
「知らない街を宛てもなくぶらぶらするのは不安だろ? だから、滞在中は我の自慢の娘をガイドとして手配してやる。存分にこき使ってやんな」
「面倒だけれどしょうがないからこき使われてあげるわ」
「あはは……頼りにしてますね?」
その後は王城でまったりしました。
夕飯をちょこっと食べて、お風呂にたっぷり浸かって、あっという間に就寝時間です。
「魔族の人たちってすごく優しいねっ」
「そうですね」
百聞は一見に如かず、ってやつです。
何事も目で見て判断しなくちゃですね。
ふかふかの特大ベッドにモカモカと隣合って寝転がります。モカモカはすぐに寝つき、私もすぐに睡魔に屈して……
「メプメプッ」
「ん、どうしたんです?」
メープルの鳴き声が微睡みから私を引き上げた直後のことでした。
眼下でなにかがきらめいていました。
窓から差し込んだ月明かりを照り返すその白銀が命を奪うことのできる金属であるとややあって理解が追いつきます。肝が冷えました。
「さすがは聖女様といったところかしら。気配を完全に殺していたのだけれど」
恐る恐る顔を上げます。
炯々と輝く紫紺の瞳。ギルティアさんが私の腹部にまたがり、喉元にナイフを突きつけていました。




