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第20話 これが人気税ってやつですか。

 モカモカが日常に加わってから1か月が経ちました。


「お師匠様、今日の予定は?」

「いつも通りりんご採取して、いつも通りモカモカの特訓をして、いつも通り本を読んだり昼寝したりしてだらだら過ごします」

「わかったっ。じゃああたしはお昼を過ぎたら街のひとたちの手伝いにいくね!」

「働き者ですね~」

「メプッ」


 えらいぞ! ってメープルも褒めています。


 モカモカと過ごす短くて長い5年間を如何にして大切に過ごそうかと思い悩み無茶なスケジュールを組んだ時期もありました。

 そしていろいろと試行錯誤した末に、なんでもないこのぐだぐだな時間こそが至高であると気づきました。


 あいさつをして、お話をして、食事をして、笑い合って、眠って。


 どれもささいなことです。ですが、その積み重ねが幸せの種を大きく成長させるのでしょう。変哲のない日々の繰り返しですが、私の幸福度はうなぎのぼりです。


「ごちそうさまでした。じゃあお師匠様がりんご採りに行ってるあいだにお洗濯済ませちゃうねっ」

「モカモカ、頑張りすぎは毒だと前々から言っているでしょう。そういうときは私になんて言えばいいのかわかりますか?」

「えぇと……わかった! いっしょにお洗濯しよっ」

「まぁ合格点としましょうか」


 模範解答は「今日はお師匠様がお洗濯する日だよっ」なのですが、お利口さんがすぎるモカモカには、誰かになにかを押しつけるという選択が端からないのでしょう。素晴らしい奉仕精神ですが、自分のこともちゃんと気遣ってもらいたいものです。


 衣服をモカモカの魔法でさっと洗い、私の魔法でさらに強力に洗います。モカモカから「さすがお師匠様っ」と羨望のまなざしを向けられていい気分になります。


「森の動物さんたちとかくれんぼしたんだっ」と元気いっぱいに語るモカモカに微笑ましい気持ちになりつつ、物干し竿に衣服を引っ掛けている最中でした。


 「プリオリ~!」

 

 と、遠くから私を呼ぶ切迫した声がしました。

 やってきたのはフレアさんでした。顔色はブルーさんでした。


「どうされたんですか!?」

「……え、エリシュナが」

「エリシュナさんがどうしたんですか?」

「……ぷ、プリオリが30分以内に王城に来なかったら人類を殲滅すると言っているんだ!」

「どうしてそうなった?」


 そこに至る過程はさっぱりですが、普段は冷静沈着なフレアさんが口をパクパクするだけで言葉に詰まっているので相当にマズい状況なのでしょう。


 詳しい状況は移動してからお二方に訊ねることにします。どうせまたアリスラースさんといがみ合ってるんだろうなぁ。


 というわけで、本日のりんご採取はカットです。私は呆然とこちらを見つめるモカモカに手を伸ばしました。


「モカモカ、ちょっとおでかけしましょうか」

「もしかして転移魔法!?」

「はい、モカモカの大好きな転移魔法で王城までひとっ飛びです。フレアさんも私の手を握っていただけますか?」

「……動顛して説明がうまくできず済まない」

「お気になさらず。それではプリテンドに移動しますよ」


 転移魔法、実行。

 白いモヤが晴れたのち、目に映ったのは案の定なふたりのお姿でした。


「アリスラースよぉ、てめぇはほんとうに話がわかんねぇよな。そろそろ本気でやっちまいそうだよ。あぁ?」

「あらあら、奇遇ですわね、私の胸中も同じでしてよ。……お殺して差し上げましょうか?」

「なんだよその申し分程度の上品な言葉は。我はわかってんだぞ。てめぇのその面の裏側がドブみてぇに濁ってるってなぁ!?」

「至近距離でうるさいわね……勝手なことを言わないでくださる? ますます処したくなってしまうわ」

「お殺すのも処すのも無しです!」


 アリスラースさんの扇子がピリピリと小さな電流を放ち、アリスラースさんの拳のまわりに暗雲が漂いはじめた頃合いでようやく私は待ったをかけられました。

 あっぶな。あと一歩で絶対命を奪い合ってましたよこの人たち。


 笑ってるけど目が笑ってなかったアリスラースさんと殺意ビンビンだったエリシュナさんですが、私を見た途端にそろってふわりと花が開くような笑みをたたえます。


「おはようプリオリ。今日もあなたは麗しいわね」

「ありがとうございます」

「おい、寝癖ついてんぞ。ったく、聖女で母親なんだからシャキッとしろよな」

「わっ、全然気づきませんでした。教えてくれてありがとうございます」


 まさしく両手に花ってやつです。


 しかし私は気づいています。ふたりが笑みを浮かべつつもじりじりと視線をぶつけて火花を散らしていることに。


「……それでエリシュナさんはなにゆえ人類と開戦しようと思われたのですか?」

「アリスラースがプリオリを魔族領に行かないように引き留めてるからだよ」

「べつに引き留められていませんけど?」


 早速、エリシュナさんの妄想癖が爆発していました。この人、アリスラースさんが相手になると、罪を押しつけたいがために現実と理想が錯雑と入り乱れた話をし出すんですよね。

 ですので、この場合話を聞くべきはアリスラースさんです。


「どうして私が引き留められていることになっているんですか?」

「2週間、プリオリが一度も顔を出さなかったからですって」

「え、それだけ?」

「それだけとはなんだそれだけとは!」


 ぷんすか地団駄を踏んでいるエリシュナさんです。えっと王妃だよねこの人?


「我とプリオリは親友だ! 親友なら最低でも1週間に一度は会いに来るものだろう? というか、そう約束したじゃねぇか!」

「……えぇと」

「お師匠様、約束破ったの?」


 モカモカがじーと見つめてきます。


 うぅ無垢なまなざしが痛い! 白状しますと、今この瞬間まで忘れてたけどしましたよそんな約束! うっかり忘れちゃってたんですよ! ごめんなさいぃ~!


 私がなにか言うよりも早く、エリシュナさんが乾いた笑みをもらしました。瞳からはハイライトが無くなっていました。


「そうかよ。プリオリにとって我はその程度だったんだな、はは」

「そんなことないです! エリシュナさんは私の親友です!」

「アリスラースよりも我のほうが大切か?」

「黙秘権を行使します!」


 どちらと答えても開戦の狼煙となること間違いなしですので。

 

 う~ん、困りました。どう言葉を繕っても私がエリシュナさんとの約束を破ったという事実は変わりません。大魔導士の私でも時間を遡る魔法は使えないのです。


 どうにかしてエリシュナさんを本調子に戻すことはできないものか。


 高速で頭を回転させていると、モカモカがとてとてこちらに駆け寄ってきました。くいくい手招きしてくるので、かがんで耳を近づけます。


「あたしね、魔族領に行ったことないんだ。だからね、いいこと閃いたんだけどね、この機会に魔族領に1週間お泊りするのはどうかな? しょんぼりしてるエリシュナ様もそれで元気になってくれると思うんだ」

「あたしの弟子天才」


 弟子があまりに賢すぎて語彙力が小学生になってしまいました。

 私はこほんと咳払いし、申し訳なさそうな表情を繕って言いました。


「実は、2週間顔を出せずにいたのは魔族領に1週間滞在する準備をしていたからなんです。その、どうせならなにか驚くようなものを手土産に訪問したいなぁ~と思いまして」

「っ! なぁんだそういうことだったのかっ! んなこと気にしなくていいのに律儀だなプリオリはよぉ! ガハハッ!」

「はは、昔からよく言われます~」

「お師匠様、なにか準備してたっけ?」

「し~!」


 モカモカを口止めします。


 卑怯だって? そうです、大人は卑怯なんですよ。こういうのを臨機応変っていうんです。いいですね?


 かくして、私は明日から1週間、魔族領に滞在することが決まりました。


「思えば、エリシュナさんの家族以外の方と交流するのは初ですね」


 いつも転移先は決まってエリシュナさんのご自宅でしたので。


 魔族領の方々は、林檎の聖女である私をどのように思っているのでしょうか。


 どうか1週間の滞在を平穏に終えられますように。

 ……フラグとかじゃないですからね?

 

 

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