第18話 私はお師匠様兼ママですので。
秘湯を満喫してからしばらくが過ぎた日のことです。
「お師匠様っ、あたし魔法使い検定を受けたい!」
「ほぅほぅそんなものがあるんですね」
モカモカが突き出してきたチラシを受け取って目を通します。そこには1週間後、隣町で魔法使い検定なるものが開催される旨が記載されていました。
この世界において魔法使いに序列があることは書物を読みふけって学びました。
上から順に、大魔導士、魔導士、賢者、1級魔法使い、2級魔法使い、3級魔法使い、4級魔法使いといった次第です。
皆さんにステータス画面は見えないはずなのですが、魔法使いの次は賢者、賢者の次は魔導士というステップアップとなっていることは共通認識のようです。
私はチラシを机の上に置き、返事をワクワク顔で待つモカモカに告げました。
「わざわざ隣町まで足を運んで魔法使い検定を受けずとも、モカモカが今どこに位置しているのかはわかっていますよ」
「え、わかっちゃうの?」
「はい、2級魔法使いですよ」
モカモカのステータス画面の魔法使いをタッチすると、2級魔法使いと表記されるので間違いないかと思います。1級魔法使いに至るまでは残り300万ほどのEXPが必要なようです。桁が鬼。
これまでの付き合いで私が適当を言う人間でないことはモカモカに伝わっているでしょう。しかし、私から答えを得たモカモカはなおもスッキリしない顔をしています。
「釈然としないことでもありますか?」
「ううん、納得はしてるよ。けど、その位置にいるって誰が見ても明確な物的証拠がほしいなと思って」
「物的証拠だなんて賢い言いまわしですね。……なるほど。検定を突破したらもらえるバッジが欲しいのですね」
「うん、そうなの!」
星を散らす瞳をグイっと近づけてきます。この無邪気さは13歳ならではのものですね。
2級魔法使いバッジはEP交換所で入手することができます。なのでここでプレゼントしてしまえばそれで事は済みますが……それは呆気ないですよね。よし。
「わかりました。では、魔法使い検定受けましょうか」
「うんっ、お師匠様もいっしょに受けよ!」
「私はいいかな……」
力をお披露目したらゆっくりまったりなスローライフが終焉してしまいそうなので。
私がこの世界で唯一の大魔導士であるという情報は、幸いにもプリテンドと魔族領の一角にしか漏れていません。幸いにもというか、私が不必要に言いふらさないようにと皆様に圧を掛けていることが大きいんですけどね。
その日、モカモカはいつも以上に真剣に魔法特訓に励んでいました。
その時はまさか、本番であんな結果になるとは思ってもいませんでした。
◇◆◇◆◇
あっという間に1週間が経ち、魔法使い検定当日です。
「思っていたよりもたくさんの人が受講するんですね」
会場である噴水広場には大勢の魔法使いが集まっていました。1000人は悠に超えていそうです。
せっかくですし魔法で正確な数値を把握しますか。……わぁ2354人もいるんですね。どうりで小規模なライブ前の会場みたいになっているわけです。
魔法使い検定の内容は至ってシンプルです。
審査官を務める1級魔法使いが用意した結界の張り巡らされた的めがけて魔法を放つ。それにより割れた結界の数で何級魔法使いなのかが告げられるといった流れのようです。
「こうやって見渡してみると、皆さんなかなかに成熟されていますね。もしかしたら13歳で受講しているのはモカモカだけじゃないですか?」
「……うん、そうかもだね」
「どうしたんですか私の後ろに隠れて縮こまって? おなかでも痛いんですか?」
「体調は万全だよ。……ただ不安になっちゃって」
「不安?」
「うん、あたし緊張に弱くって。……ちゃんと力を発揮できるかな。あたしって2級魔法使いに匹敵する実力を持ってるんだよね?」
「そう思い詰めないで気楽にいきましょ」
モカモカの前にかがみ、ぽんぽんと小さな肩を叩いてあげます。
「極論、結果なんてどうでもいいんですよ。モカモカが楽しんでくれれば私はそれだけで満足です。この検定、1年に1回しか行われないようなので、悔いがないように思いっきり楽しんでくださいね」
「……うん」
微笑をたたえつつも、どこか自信なさげなモカモカでした。
さてはこの子、練習では調子が良くて、本番になったら調子が悪くなる類の子なのかな。昔、テニス部にもいたもんなぁそういう子。
ほどなくして魔法使い検定がはじまりました。モカモカは2354と書かれたゼッケンを着ています。……2354っていちばん最後じゃないですか?
予感的中でした。ゼッケン1の方から測定がはじまったので、モカモカの測定が大鳥をかざることになるようです。これは私でも緊張しちゃいますね……。
果てなく続くように思われた魔法使い検定ですが、審査官が5人いて、ひとり頭90秒ほどで完結するので、モカモカの番はあっという間に巡ってきました。
私は運動会で娘の勇姿をカメラに収める母親のように、人波を縫って最前列でモカモカを見守ります。
「お名前と出身地からお願いします」
「は、はいっ。も、モカモカです! プリテンド! しゅ、出身です!」
めちゃくちゃ緊張してるなぁ。
もっと自然体でいいんだよモカモカ。
「それでは、あの的めがけて魔法を放ってください」
「は、はいっ」
モカモカは瞳を閉じ、おもむろに腕を伸ばします。
普段シャキッと伸びている腕は、ぷるぷると震えていました。
「ひ、光よ……ま、舞えっ」
「あぁ……」
愕然とせずにはいられませんでした。明らかな詠唱ミスだったからです。「光よ、飛べ」と口にできていれば、どれだけ緊張していても2級魔法使い相当の結果を示せたのに。
結果は無情に付随します。モカモカの前で光の粉がふわりと舞い上がりました。
それを見ていた観客がクスクスと笑っています。モカモカは顔を真っ赤にして俯いてしまいました。瞳はみるみるちいさなしずくに覆われていきます。
泣くのは早いよモカモカ。だって今のは明らかな詠唱ミスです。
それは審査官から見ても明白で……
「4級すらも満たしていませんね。また来年、鍛えて出直してください」
「え? あ、あのっ、今あたし、その、えっと、緊張で詠唱、間違えちゃって……」
「審査は一度きりと事前に説明したはずですが? 例外はありません。モカモカさんの魔法は不発でした。なにか異論はありますか?」
「……いえ、ないです」
「物分かりの良さは賞賛しましょう。ですが、今後も同じように魔法使い検定を冷やかすような真似をするつもりなら不愉快なので出向かないでください」
「そ、そんなつもりは……!」
「あと頭にくくりつけているそのリボン、結び目がおかしいですよ」
「っ!」
あ~、これはもうアレですね。
ちょ~と我慢できないやつですよねぇ。
必死にリボンを結び直すモカモカを見つめつつ、私はテープを跨ぎました。
「なんですかあなたは?」
「いろいろあって遅れてしまった受講希望の者です。受付ってもう終わってしまいましたか?」
「……お師匠様?」
私はウインクして人差し指を唇に添えます。こうすれば意図は伝わりますよね? なんて言ってもあなたは私の自慢の弟子なのですから。
モカモカはお口チャックのジェスチャーをします。私は頷きました。
「それは災難でしたね。ですが例外は認めません。来年受講してください」
「えー、それはあんまりだなー。私、メガネのお姉さんよりもずっとずっと強いと思うんだけどなー」
「はい?」
精神が未熟ですね、メガネのお姉さん。
モカモカのリボンをどうこう言ってますけど、そういうあなたもメガネのサイズが合っていないんじゃないですか?
「そこまで言うのなら試してみてはいかがでしょうか? ちなみに私は結界を17枚割れました」
「17枚ですね。承知しました」
力をひけらかすつもりはなかったのですがしょうがありませんよね。
「ひとつ、約束していただきたいことがあります」
「聞くだけ聞いてあげましょう」
「もし私があなた以上の結果を叩き出したら、この子を再審査してあげてください。まちがいなく4級以上の実力がある子なので」
「お師匠様ぁ……」
だって、私はこの子の師匠であり母親なのですから。
「ふぅ」
さて。
私の可愛いモカモカを笑いものにしたツケはしっかり払ってもらいますよ?




