第16話 弟子から学ぶこともあります。
突然ですが、ここ最近になって私にはりんご採取とダンジョン探索以外の趣味ができました。
それは……
「お師匠様っ、家でぐ~たらしてないでお外で遊ぼうよ!」
「もう30分だけ。30分したら思う存分付き合いますから」
「30分前もそう言ってたじゃん! もうっ、あたしより本のほうが好きなの!?」
「いえいえ、モカモカのほうが好きですよ」
ただこの瞬間に限っては書物の魅力が勝っているというだけで。
前世の私は読書家でした。啓発本に、小説に、エッセイに。わずかにでも食指が動いたのなら迷わず購入し、夜な夜な現実逃避するのが日課でした。あの頃は日が落ちてからが憩いの時間だったんですよねぇ。
そんな私にとって、プリテンドの図書館は宝庫も同然でした。しかも、好きなだけ本を借りていいというではありませんか。
本を開いた瞬間は一文字も読めず絶望しましたが、EP交換所で翻訳の力を宿せばすらすら文字が読めるようになりました。相変わらずEP交換所が最強すぎる件。
「ね~え~、お外いこ~よ~、お師匠様~」
「あとちょっとだけ待って……えっ!?」
「わっ、急に大声出してどうしたのお師匠様?」
「この近くに秘湯があるってマジですか?」
熟読していたページを見せつけモカモカに訊ねます。プリテンド周辺の名所を特集している分厚いその本に、秘湯の情報がつらつらと綴られていました。
「オリントの湯かぁ。あたしは行ったことないけど、冒険者の人たちが至高の湯だ~って自慢げに話してるのはよく聞くよ」
オリントの湯ですね。
ぴこんと私の脳内で音が鳴ります。
どうやら地図上にオリントの湯の場所が記されたようです。
私は揚々と立ち上がって毅然と言い放ちました。
「モカモカ、今日の修業はオリントの湯に浸かることです。早速出発しましょう!」
「お師匠様急にやる気だね……。けど、出不精解消はいいことだよ。それにあたしもオリントの湯に浸かってみたかったし!」
「出不精なんて難しい言葉よく知っていますね」
まだ13歳なのに。
あと私、出不精って言われるほど引きこもっていませんよ? たった3日、外に出てなかったってだけですからね?
……もしかして私の感覚、ちょっと狂ってる?
◇◆◇◆◇
オリントの湯は、林檎の森からそこそこ離れた場所にあります。
そこに至るまでになかなかに険しい道を超えねばならないことはわかっていましたが、それでも私は魔法に頼らず自分の足でその地を目指すことを選びました。
「も~限界っ。お師匠様、転移魔法で移動しようよ~」
「それはダメです。宝物は苦労して手に入れるからこそ価値が生まれるんです。とはいえ無茶は良くないので、ここらでおなかを満たしましょうか」
「やったっ、お昼ごはんだ!」
出発前にモカモカとふたりでサンドイッチをつくっておいたのです。
高原の岩場に腰掛け、モカモカとふたりでサンドイッチを頬張ります。私の肩に座るメープルにはナッツを用意しました。
「ん~、おいし~! 景色も相俟ってより美味しく感じるよっ」
「でしょう? ですがモカモカ、エッセンスはそれだけではないのです。このサンドイッチを自分で一からつくった喜び、ここまでがんばって歩いてきた疲労、そういったものが蓄積されて今の感動を生み出しているのです。どれが欠けても今の感動はなかったのですよ?」
「たしかに……魔法の特訓したあとの夜ごはんってすごいおいしいもんね」
目から鱗といった様子のモカモカです。
「秘湯に自力で向かうのもそれと同じです。疲れているほど秘湯の魅力が増すのです。魔法を使えばそりゃ楽に移動できますけど、それよりもがんばってがんばってたどり着くほうが満喫できそうでしょう?」
「うんっ、その通りだと思う! お師匠様はやっぱり聡明だね!」
「また難しい言葉を使いますね」
「メプメプッ」
そんな微笑ましい時間に30分ほど浸かり、私たちはふたたび歩みを進めました。
モカモカは、息を切らして休憩したいと申し出てくることはあっても、魔法で楽に移動したいと嘆くことはありませんでした。私の価値観が染み込んだようでなによりです。
13歳の歩幅に合わせているぶん、移動速度は当然遅くなっています。
オリントの湯を頂上に構える峠道の入り口にたどり着いたとき、お日様はまもなく地上に陽射しを届ける役目を終えようとしていました。
「いやぁ、長い旅路でしたねぇ」
「まさか丸一日潰れちゃうなんて……帰りも自力?」
「いいえ、帰りは魔法で帰りますよ。ここまで音をあげずによくがんばりました」
「ほっ……。けど、この峠道けっこう長そうだなぁ」
「ラストスパートですね」
モカモカを応援しつつ、峠道をゆったりのぼります。
ちなみに私はこれっぽっちもへばっていないのですが、それはきっとチートみたいなステータスだからでしょう。
モカモカと同じステータスだったら、私は弟子に諭す余裕もなく魔法に頼っていたことでしょうね。大人はちょっぴり卑怯なのです。
まもなくオリントの湯に到着するという頃合いでした。
「誰か! 誰かいないか!?」
茂みから悲鳴のような声がしました。
暗がりが満ちていることもあり、私はぎょっとして固まってしまいます。
「聖霊よ、我を浮かせよっ」
しかし、モカモカは少しの躊躇いも見せずに浮遊魔法を詠唱し、声の先に飛び出していきました。
やや遅れて小さな背中を追って、私はツタに拘束されている男性を目にします。私が魔法で男性を助けようとすると、モカモカが機先を制して詠唱しました。
「風よ、裂けっ」
吹いた突風がツタを切断し、男性が拘束から解放されます。男性はじわりと涙を滲ませ、モカモカの小さな手を両手で包みました。
「ありがとう! お前さんは命の恩人だ!」
「命の恩人だなんてそんな大袈裟な。こんなところでなにしてたの?」
「オリントの湯からの帰り道で迷子になっちまったんだ。冒険者のくせに情けないが、このツタの幻惑にまんまとかかっちまったみたいでさ」
「それは災難だったね……。けど、もう大丈夫! 帰り道はここをまっすぐ下るんだよ?」
「はは、こんなちっちゃい子に助けられてちゃ俺も冒険者として立つ瀬がねぇな。ありがとな、助けてくれて。この恩は一生忘れねぇよ」
冒険者さんが手を振り去っていきます。
それに手を振って応じていたモカモカさんは、ハッとして私を振り返りました。
「ごめんっ、魔法つかっちゃった!」
「立派です」
私はモカモカの頭を撫でて微笑みかけました。
「モカモカはほんとうに素敵な子です。私は師として鼻高々ですよ」
「……約束破ったのに怒らないの?」
「時には約束を破ることが正しいときもあるんです。モカモカが今、迷わず魔法を使ったのは正しいことですよ。この先も真っ先に誰かを想える子でいてくださいね」
「……うん。えへへ、お師匠様に褒められてうれしいなぁ」
あぁなんて可愛い笑顔でしょう。娘がこんなにも可愛いのですから、親バカになってしまうのも仕方ないですよね。
みんな私を聖女だって持て囃しますけど、私もまだまだなぁって思います。冒険者さんの助けを呼ぶ声を聞いた瞬間、おばけじゃないかって身構えてしまいましたから。
宿す勇気の強さでは、モカモカに劣っていると感じた出来事でした。
私も師匠だからと驕らず、弟子から学ばなきゃならんようですね。




