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第15話 これは難題かもですね……

 昨夜の嵐は、プリテンドに小規模な被害をもたらしていました。具体的には、屋根が剥がれ落ちたりゴミが道端に散乱したりといった具合です。


 朝食後、遠隔監視魔法で街の惨状を目にした私は、足をパタパタしながら読書するモカモカに声を掛けました。


「モカモカ、昨夜の嵐の影響で街の様々な場所に被害が及んでいます」

「っ! それってみんな困ってるってこと?」

「はい。今こそ魔法で皆さんを救うときです。私は少しやることがあるので、街のほうは任せてもいいですか?」

「うんっ、まかせて!」


 ぐっと両こぶしを握って決意を露わにすると、モカモカは勢いよく家を飛び出し、ほうきに跨ってプリテンドに向かっていきました。

 うんうん、飛行魔法もすっかり上達しましたねぇ。


「さて、私もサクっと所用を済ませるとしましょうか」


 瞳を閉じ、転移魔法を使います。

 向かった先は魔族領にある友人のご自宅です。


「突然の訪問失礼いたします。進捗を確認したくて……」


 言ってる途中で私は固まってしまいました。

 エリシュナさんがジークリフさんにお料理をあ~んしている瞬間を目撃してしまったからです。


「……ぁぁ」

 

 からんとエリシュナさんの手から滑り落ちたスプーンがテーブルにぶつかる音がいやに大きく響きます。

 沈黙が場を満たす中、私はそっと柱の陰に隠れて言いました。


「ど、どうぞ。私は気にせずお続きを」

「できるかぁ!」


 顔を真っ赤にしたエリシュナさんの怒声が広々とした部屋に響き渡ったのでした。


 閑話休題。


「で、なんの用だ?」

「先日依頼したお二方の捜索の件はどうなっているのかをお伺いしたくて」


 ささくれ立つエリシュナさんにおずおずと言葉を返します。


 お二方というのは、モカモカのご両親、アリスさんとバーナーさんです。

 遡ること1週間前、私はモカモカと師弟関係を結んだその日に、エリシュナさんに捜索を依頼していたのでした。


 エリシュナさんは魔族領の王妃ですから、この領域におけることならなんでも把握しています。

 ですので1週間もあればふたりの行方を掴むだろうと目途をつけていたのですが、返事は芳しくないものでした。


「それがよ、見つからねぇんだそのふたり」

「え?」

「魔族領に連れてきたって痕跡はあった。で、一時期生活を営んでた場所も特定できた。けどよ、今その地域は存在しねぇんだ」

「えと、どういうことですか?」


 ちんぷんかんぷんで頭上にはてなを浮かべる私に、エリシュナさんは首を傾げています。なにがわかんないんだ? とでも言いたげな表情です。


 そんなにっちもさっちもいかない様子を見かねたのか、ぐびぐびビールを呷っていたジークリフさんが助け舟を出してくれました。


「嬢ちゃんは知らねぇだろうけど、この魔族領では10年に一度天災が起きるんだ」

「天災ですか。具体的にはどんなものですか?」

「ひとつの地域がぽっかり異界に転移する」


 あんぐりと口を開けるしかありませんでした。


「異界っつっても具体的にどうなってるのかわかりゃしねぇ。行き方もわからねぇ。ただひとつ明確なのは、10年に一度、魔族領のどこかでその現象が起きるってことだけだ」

「ふぁんたずぃーですねぇ」

「なんだそれ?」

「あ、いえこちらの話です。気にせず続けてください」

「嬢ちゃんってたまに変なこと言うよな……。でよ、嬢ちゃんの弟子の両親が住んでたっつー地域はよ、ちょうど10年前に異界に転移しちまった場所なんだ」

「探しにはいかないんですか?」

「いかないんじゃない。いけねぇんだ。だから魔族領のやつらはみんな、その現象に巻き込まれたら消え失せるもんだと覚悟を決めてる。無論俺たちもな。だから嬢ちゃん、悪いけどこの件について俺たちはこれ以上力になれそうにねぇんだ」

「……そうですか」


 説明がしっかりしていたので、話はすんなりと腑に落ちました。


 モカモカの両親は異界に転移してしまった。……なるほど、この世界にいないから私のスキルにも引っかからないのか。


 魔族領にいるのなら命に別状はないという保証がありました。

 けど、異界に転移してしまったら? 


「ちなみに、異界に転移した方で無事に帰ってきた方はいらっしゃるのですか?」

「ただのひとりもいねぇよ」

「……」


 黒い感情が芽生えます。


 モカモカの両親は亡くなっていた。

 そう伝えれば、モカモカはいつまでも私の家族でいられます。私はすっかりモカモカのいる日常に慣れてしまったから、モカモカを自分から手放すのは正直嫌です。


 お二方が無事でいる保証はありません。異界に行く方法だって、現状では天災に進んで巻き込まれる以外にありません。メリットはあるかどうかわからないのに、デメリットはあまりにも膨大でした。


「ごきげんようお母様」


 平坦な声が思考の沼に溺れかけていた私を現実に連れ戻します。

 切りそろえられた漆黒の髪に、ゴシックドレスを着こんだ女の子が部屋の入り口にいました。


「おはようギル。今日はまた随分遅起きだな」

「夜遅くまで勉強していたのよ。むしろ褒めてほしいのだけれど」

「そうかえらいな。褒めてやる」

「言葉じゃなく態度で示して頂戴」

「はいはい」


 億劫そうに立ち上がり、エリシュナさんは娘さんの頭を撫でまわします。娘さんは無表情にほのかな喜色をたたえ満更でもない様子です。


 不意に冷徹な視線が私を射抜きました。


「この方は?」

「プリオリだ。我の友人で、クリフの命の恩人で、人間と魔族の長きにわたる因縁に終止符を打った聖女だ」

「要素がてんこ盛りね。とりあえず、すごい方だと言うことはわかったわ。ごきげんようプリオリ。私はギルティアよ」

「ど、どうもです」


 年はモカモカと同じくらいのはずなのになんだか威圧感のある少女です。さすがは魔族王妃の娘といったところでしょうか。


「……プリオリ、あなたはどこに住んでいるの」

「林檎の森です」

「? お母さま、林檎の森ってどこかしら?」

「プリテンドの近くにある森林だ。神獣がうじゃうじゃいてあぶねぇから絶対ひとりで行くんじゃねぇぞ」

「そ。私より弱いお母さまに忠告されても説得力に欠けるわね」

「あ? 喧嘩売ってんのか?」

「あはは、これ以上ヒートアップしないでくださいね?」

「そうだぞお前ら。客人の前だぞ。あははっ」


 いや、あなたは父親として止める側にまわりましょうよ?


 ……仲良しな家族を見ながらふと思います。

 モカモカは幼い頃はどのような子だったのでしょうか。今のように聞き分けが良い子だったのでしょうか。それとも横着ばかりする子だったのでしょうか。


「……そういえばお母さん、私が帰省したらすごく喜んでたなぁ」


 前世の記憶です。

 上京した私が都会から田舎に戻ると、お母さんはいつも子どもみたいに喜んでくれました。

 たった半年。されど半年。娘と離れることに母は耐えがたい寂しさを感じているようでした。


 ……天災から5年。つまり、モカモカの両親は5年ものあいだ娘と会っていないことになります。


 もしお二方が生きているとすれば、それだけの期間娘と会えず、どれだけの悲しみを溜め込んでいるのでしょうか。どれだけ会いたいと希ったのでしょうか。


「……ジークリフさん」

「なんだ?」

「次に天災が起きるお日にちと場所はわかりますか?」

「場所はその瞬間までわかんねぇが日にちはわかるぜ。――きっぱり5年後だ」

「教えていただきありがとうございます」


 息を吸って私は言いました。


「では5年後、私が異界に囚われた方々の捜索に出ます」

「本気で言ってるのかプリオリ?」

「はい」


 戦々恐々とするエリシュナさんに強く頷き、私は笑顔で言いました。


「人助けが私の生き甲斐ですから」

「ふぅん。おもしろい人間じゃない」


 娘さんがじっと私を見つめて、顔をわずかにほころばせていました。

 ……やっぱり偉容に貫禄がありすぎる気がするんですけど、この子って実際のところ何歳なのでしょうか?


 その数秒後、ギルティアさんが13歳だと聞いて私は卒倒しかけました。

 これでモカモカと同い年とか冗談でしょう?



 


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