第13話 弟子兼娘として大切にしますね。
モカモカさんが弟子になってから3日が経ちました。
「ねぇねぇお師匠様」
「ん?」
「風よ、吹けっ」
モカモカさんの詠唱に合わせて、突風が私の顔に吹きつけます。目がっ。
くすくす笑ってモカモカさんは言いました。
「変な顔」
「……まったくいたずらっ子なんですから」
魚釣りレベルアップ法ですっかり魔法を使いこなせるようになったモカモカさんの現在のLvは43です。ちなみにフレアさんのLvは39なので、現状ですとモカモカさんの方が実力で勝っていることになります。……ちょっと強くしすぎたかな。
そしてですね、スキルも予期した通り【窃盗】に続いて新しいものが解放されまして……
「ふへへ、お師匠様に構ってもらいたくってついやっちゃった。怒ってる?」
「いや全然」
【〝甘え上手〟に経験値が入りました】
EXP100
なんて平和なスキルなのでしょう。モカモカさんが甘える素振りをみせて、それに相手が屈するだけでEXP獲得。モカモカさんが魔物を討伐する瞬間は金輪際、訪れないのかもしれませんね。訪れなくていいです。
「……ねぇお師匠様」
「なんですか?」
モカモカさんは指先をつんつんして口を開くことを躊躇っています。活発な彼女にしては珍しい姿です。
「その、ね? 今から街に戻ってみんなに謝ろうと思うんだ。これまでたくさん悪さしちゃってごめんなさいって。……許してもらえるかな?」
不安げにチラチラ上目遣いを送ってきます。う~ん、可愛さのオーバードーズですねぇ。と、募る煩悩を振り払って、
「私もいっしょに謝ってあげます。こうして魔法も使えるようになったんですから、これからはその魔法でたくさん恩返ししていきましょう」
「っ! うんっ!」
お魚でお腹を満たし、私たちはプリテンドに向かいます。
モカモカさんが私の弟子になっていることは公になっているので、どなたもモカモカさんに優しく接しています。
しかし、ごくわずかですが、彼女を毛嫌いしている方がいるのも事実です。きっと一時的とはいえ盗まれて嫌な思いをした方でしょう。
その方にモカモカさんは自ら話しかけにいきました。
「あのっ」
「なによ?」
つっけんどんなおばさまです。私の記憶が確かなら、私が聖女と讃えられるようになった日にモカモカさんに鞄を盗まれていた方でした。
嫌悪の気配にモカモカさんは小さな身体を震わせます。
誰だって悪意はこわいものです。ましてやモカモカさんは13歳なのですから、ここで逃げたって誰もバカにはできません。
ですが、モカモカさんは拳を強く握り、向き合う決意をしました。
「この前は鞄を盗んじゃってごめんなさい!」
「……ふぅ。モカちゃん、顔を上げなさい」
「ほんとうにほんとうにごめんなさい……!」
「怒らないから顔をあげなさい」
ゆっくりと持ち上がったモカモカさんの瞳には涙が滲んでいました。
それが演技などではなく、純粋な罪悪感から生まれたものであると、私よりもずっと長い付き合いを持っているおばさまは理解しているのでしょう。
小さな身体を抱擁しておばさまは告げました。
「もう盗みはしちゃ駄目だからね?」
「……うん、もうしない。絶対にしない」
「なら許したげる。これからは良い子になるんだよ」
「うん、ごめんね迷惑かけちゃって」
後から知ったことなのですが、プリテンドで暮らしている方のほとんどが、モカモカさんがほんとうの両親を探すために強くなろうとしていて、その手段が盗みであることを理解していたようです。
そう理解しつつも彼女を泥棒と咎めていたのは、彼女に正しい倫理観を持って欲しかったから、そして魔族領に向かって欲しくなかったから。
つまるところ、モカモカさんはみんなに愛されていたということです。優しい世界で胸があたたかくなりますね。
かくして、モカモカさんは盗みを働かない善良な少女になりました。
まだモカモカさんの両親がどこにいるのか、エリシュナさんから返事は届いていませんが、これにて私とモカモカさんの師弟関係は解消されて……
「聖女さま、もしよろしければあの子と暮らしていただけませんか?」
「ふぇ?」
紅茶の嗜みつつ、モカモカさんのお母様とお話をしていた私は頓狂な声をあげてしまいます。
「この3日間、モカモカは聖女さまとわずかな時間を過ごすことで精神的に大きく成長しました。……実は私、今月末にリベスターに転勤することが決まってるんです」
「りべすたー?」
「説明が不足してしまい申し訳ありません。大陸北西部にある都の名称です。それにともなってモカモカをどうするか悩んでいたのですが、ひとり暮らしをしたり、私についてきて新しい環境で生活をはじめるよりも、聖女さまと暮らすほうがあの子にとって良き選択だと思うんです」
なるほど。理に適っていますね。
ですが、承諾するにはまだ早いです。
「ひとつだけ教えてください。その選択をするにあたってお母さまはどんな気持ちでいらっしゃいますか?」
「苦しいです。……ほんとうはあの子が自立するまでしっかり面倒をみてあげたいです。私はあの子の母親の妹だから産みの親ではないですが、それでも5年間、あの子を見守ってきたので最後まで見届けたいな、見届けなくちゃって思いがあります」
「そうですか」
今にも泣き出しそうなその顔をみれば、それが苦渋の決断であったことは一目瞭然です。
私は覚悟を決めて告げました。
「わかりました。私が責任をもってモカモカさんの――モカモカの保護者になりましょう」
「っ! ……ありがとうございます。ありがとうございますっ」
「お母さまもお困りのことがあったらいつでも私を呼んでくださいね。転移魔法でスパッと駆けつけちゃいますので」
こうして私は、モカモカの、お師匠様兼期間限定の母親になることが決まりました。
本音を漏らせば、私もモカモカといっしょに暮らせたらなぁと少しだけ思っていました。
だって、可愛くて優しくて元気いっぱいな子なんですよ? こんな子がいたら私のスローライフがより楽しくなるに決まっているじゃないですか。
その夜から、モカモカは私の家で暮らすことになりました。
「不束者ですがよろしくお願いします!」
「はい、よろしくお願いします。なにかあったら遠慮なく言ってくださいね」
「メプメプ~」
「……じゃあ早速なんだけど。そのね、あたしまだひとりじゃ寝られないんだ。だからその、ね? お師匠様の隣で寝ていい?」
モカモカの甘え上手スキルに経験値が入りました。その上目遣いは誰でも屈しちゃいますって。
「全然構いませんよ。じゃあ私のベッドを拡張しちゃいましょうか。それそれ~」
「わっ、ほんとに大きくなってる……すごいなぁ。お師匠様はなんでもできるんだね」
「ふふん、大魔導士ですから」
ですが、子どもを育てた経験はありません。
バタバタ忙しかったからか、ベッドに寝転がるとモカモカはすぐに寝ついてしまいました。モカモカの頭の上では、メープルが身体を丸めて寝息を立てています。
「まさか異世界で母親になる日がくるなんてね」
前世では毎日家でひとりぼっちだった私が、今は可愛いペットと可愛い娘と隣合って眠っている。
……母が私の人生指針を示してくれたように、私もモカモカに大切なものを示してあげなきゃですね。
モカモカといつの日か別れが来ることは必然ですが、その日まで誇れる師であり母で在れるように明日から精進したいと思います。
もちろん過労しない程度にね?




