第1話 りんご尽くしでしゃ~わせです。
――誰かのためにがんばれる子になりなさい。
母は、私がそんなできた人間になることを願いました。
その期待に応えるべく、私はいつだって誰かのためにがんばってきました。
小学生の頃は、学級委員長と児童会長を務めました。
中学生の頃は、女子テニス部部長と学級委員長と生徒会長を務めました。
高校生の頃は、部活連合の総代と女子テニス部部長と学級委員長と生徒会長を務めました。
大学生の頃は、環境サークル代表とファミレスバイトのチーフと地域のボランティア活動の企画運営とコンパでべろんべろんになった友人の代返と講師の……
「もういいもういいっ!」
女神さまはぶんぶん手を振り言葉を遮ります。
カーテンみたいな純白のひらひらに身を包んだ女神さまです。金髪ツインテールがふるふると遅れて振り子のように揺れています。
「聞いてるだけで胃がキリキリしてくる……。あなたがどんな人生を送ってきたのかよ~くわかったわ」
あ、もう生い立ち語りは充分なんですね。まだ地獄の社会人編のプロローグに触れてないんだけどなぁ。
『どうです? すごいでしょう私の人生?』
「そうね。嘘偽りなくあなたの生き方は尊敬に値するものだわ」
『そうでしょうそうでしょう!? もっと褒めてもっと褒めて!』
「……褒められれば褒められるほど人間はがんばれると言うけれど、だとしても限度があるでしょうに」
とまぁ目の前に女神さまがいるという時点でおおよそ察しがつくでしょうけど、私の現状を軽く説明しておきましょう。
社会人になってからも誰かのためにがんばりつづけた私はぽっくり過労死しました。
享年24歳でした。
恋愛を微塵も経験することなく、趣味のひとつも生まれず、貯金だけをたんまりと残し、私の人生は幕を閉じたのです。……子どもとか欲しかったなぁ。
「そんなエピローグみたいなこと言わないの! まだプロローグなんだから!」
涙ぐんでメタなことを言ってくる女神さまです。
『じゃあなんですか、ここから私は異世界に転生でもして前世ではできなかったのんびり悠々自適なスローライフを満喫するとでもいうんですか?』
書店を通りがかったときにそんな本を目にした気がします。
異世界転生なんてジャンルが流行になるということは、きっと皆さん、仕事に疲弊しきっているんでしょうね。まぁ人生を引退した私にとっては対岸の火事ですけど。
「OK! それがあなたの望みね!」
女神さまがパチンと指を鳴らしました。
その直後、視界にモヤがかかります。
「女神の裁定の結果、降幡理央には150年ちょっと異世界でスローライフを満喫する権利を与えることにしたわ。これがアタシにできる限界だけれど、150年もあれば充分よね。飽きて生まれ変わりしたくなる頃合いでしょうし。じゃあいってらっしゃい」
『ちょちょちょっ!』
並々ならぬ睡魔にあらがって私は待ったをかけます。
「ん、なにか問題でも?」
『大ありです! まだ150年ちょっと異世界でスローライフすることしかわかっていません!』
ちなみに今の私は人の身を持たない光球のような状態になっています。なのに視覚はある喋れるしで、まさしく異世界マジックって感じです。
女神さまはふっと鼻で笑って言います。
「あれだけ言ったのに馬鹿ね」
『なにも言っていないじゃないですか!』
「ちゃんと説明したわよ。プリオリだってフンフン頷いてたじゃないの」
『前世からの悪癖ぃ~!』
それで何度も痛い目を見たというのに懲りないですねぇ私。
これは、あれだけ言ったのに馬鹿ね、案件です。
『……ところでプリオリって誰です?』
「異世界でのあなたの名前よ」
『脈絡なさすぎでは?』
「そうかしら? 降幡の〝ふり〟に、理央の〝りお〟。これをちょ~といじってプリオリ。筋は通っているでしょう?」
『そう聞けば……うん、まぁかろうじてだけど』
「うんうん、我ながらキュートなネーミングだわ。女神から直々に命名されるなんてあなたは幸せものね」
ぱちりん☆とウインクを飛ばしてきます。
『うぅ……』
涙ぐまずにはいられません。
前世で徳を積めば来世で幸せになれるなんて嘘っぱちじゃないですか。
まさかこんな大凶の女神さまに割り振られるなんて……哀れなり私。
「大凶だなんて失礼しちゃうわ。これでもアタシ天使界隈で最優の存在なのよ?」
ぷんすかしている女神さまです。
いや心読めるんかい。
『はいはい、すごいですねー』
「全然信じてないわね……。ま、転生すればアタシが如何に優秀なのかわかるはずよ。まだまだ聞きたいこともあるだろうけど、尺の都合もあるからこのへんでカットさせてもらうわ」
『尺ってなんです?』
「初回の1話が3000字超あると掴みとしては長すぎるって読者から呆れられかねないからね」
『読者ってなんです?』
私のツッコミをスルーして、女神さまが再びパチンと指を鳴らしました。
途端にのしかかるまどろみが強くなります。
意識がもうろうとする中、女神さまはにこりと微笑んで言いました。
「それでは改めて。
降幡理央さん、前世ではお疲れ様でした。この先のあなたの人生は天使界千年に一度の逸材と謳われるアタシが全霊をもって彩らせてもらうわ。まずは150年、悠々自適なスローライフを満喫してらっしゃい」
あ、意識が――
「それじゃあ、いってらっしゃい」
◇◆◇◆◇
じわじわとまぶたを焦がされる感覚に目を開きました。
寝惚け眼を擦りつつ身体を起こします。
鮮明になった視界に飛び込んだ世界に私は息を吞みました。
「ほんとに異世界に転生したんだ私……」
誰かに説明されずとも、果てなく続く濃密な森林がここが異世界であることを私に突きつけてきます。
「じゃあステータスなんかもあったりして」
冗談めかしてすいっと人差し指を空中に滑らせてみます。
【プリオリ/Lv1】
職業:魔法使い
【スキル】
採取Lv1
女神の加護LvMAX
オープンステータスLvMAX
【ステータス】
体力:8
筋力:4
耐久:5
魔力:12
幸運:9999
【所持アイテム】
手鏡
「いや女神さまの主張つよ」
マジでパラメータが出てきたって衝撃よりも不具合みたいな数値に目が行ってしまいます。
9999って。最初から限界突破してません?
と、異常な幸運値はさておき。
「手鏡ですか」
アイテム一覧を開き、【手鏡】をタップします。
手鏡がぽんっと出てきました。
「アイテムはこうやって取り出すんですね、理解理解。異世界の私の容姿は……うぉぉ!」
え、めちゃくちゃ美少女じゃないですか!
穏やかな風になびくエメラルドグリーンの長い髪、金色の賢そうな瞳。
背丈は平均的で、女性を主張する部位の発達は控えめです。
如何にも魔法使いって感じのするローブから着せられた感が一切漂わないその少女の年齢は、おおよそ10代後半といったところでしょうか。うん、18歳ってことにしましょう。
「あぁ嬉しいなぁサラサラの髪。前世では忙殺されてボサボサだったもんなぁ」
手鏡に映る新しい自分に見惚れて身体をクネクネしていると、足になにかがぶつかりました。
「ん?」
そこには青りんごが転がっていました。
拾い上げます。
【林檎の森のりんご×1を入手しました】
・EXP10/EP10
EXPとは、おそらく経験値を示しているのでしょう。
ですがEPとはなんでしょうか。今はまだよくわかりません。
「りんごか。前世では全然食べられてなかったなぁ」
祖母がりんご農家なので、幼い頃から私は人並み以上にりんごを食べてきました。
ジャムに、パイに、マフィンに。
りんごはどんな料理にしてもおいしいんですよねぇ。
……最後に食べたのは大学を卒業する寸前だっけ。
懐かしい気持ちに浸りながらりんごに丸かじりします。
「うんまっ」
絶品のりんごを頬張りながら森の中を歩き、奥地までたどりついた私はあんぐりと口を開きました。
「……林檎の森だ」
囲うように広がる大樹には、これでもかとばかりに青りんごが実っていました。林檎の森、という名に恥じない視界いっぱいのりんごです。
ころころと転がってくる青りんごを拾い上げます。
【林檎の森のりんご×1を入手しました】
・EXP10/EP10
「これは早速幸せな異世界生活が未来で待っている予感がしますね」
りんごは私の大好物です。
どれだけ食べても飽きない自信があります。
こうして、私の異世界生活は過剰すぎるりんごと共に幕を開けたのでした。




