決闘
宿の部屋。優しく暖かな夕陽が室内を照らしている。
「話してくれてありがとう」
「こちらこそ、聴いてくれてありがとう」
俺とリリアはお互いに頭を下げ合う。少しの間、心地よい沈黙が流れる。
「俺、やっぱりミレナのことが好きだ」
リリアは何も言わず、優しい顔で頷く。
「誰にも渡したくない。もちろんミレナに恋人ができたら身を引くけど、それまではミレナの隣は誰にも譲りたくない」
「じゃあ、グレインはこれからどうするの?」
リリアは包み込むような優しい声で俺に問う。たぶん彼女が期待している言葉は一つだ。
俺はこれが正解だと確信して、彼女に宣言する。
「フィルザードにミレナを渡したくない。だから、奴の決闘を受ける!」
「そう、告は――えっ? 決闘?」
「ああ。俺が勝ったらフィルザードにはミレナのことを諦めてもらう。奴は二度とミレナに近付かないという約束だ!」
「ちょっとグレイン!? 何言ってんの!?」
「俺が負けたらミレナには二度と近付けなくなるが……負けなければ良いだけの話だ」
「ウソでしょ!? ダメだよそんなの!」
「そうと決まれば奴に話をつけてくる!」
「待って! ねえってば!」
俺は宿を飛び出して走る。今なら奴はギルドにいるかもしれない。
ギルドに入って中を見渡す。すると、ちょうど受付の近くに金ピカの鎧を身に着けた冒険者がいた。どうやらクエストの報告を終えた直後のようだ。
「ラッキー。ツイてるな」
俺はフィルザードに向かって一直線に近付いていく。
フィルザードも俺に気付いたようで、不敵な表情に変わった。
「キミはあの時の。決闘を受けてくれる気になったのかな?」
「ああ。フィルザード、お前にミレナは渡さない。決闘の申し出を受ける!」
その瞬間、周囲がざわめく。フィルザードの仲間たちも信じられないという顔をしている。
「本気なんだね?」
「――っ!」
フィルザードが低い声を出し、今までとは別人かと思うほどの威圧感を放つ。
「ああ、本気だ!」
俺は気圧されながらも返事する。気持ちで負けるようではダメだ。
絶対に勝つ! コイツに勝てないようではミレナを守り続けることはできない。
「話は聞かせてもらいました」
突然、鈴を転がすような声が響き渡る。その瞬間、あれだけ騒がしかったギルドが水を打ったように静まり返った。
こんなことができるのは一人しかいない。
「フェルドリッジ伯爵令嬢……」
予想外の人物の登場に、誰かがぽつりと声を漏らす。
カティア様の凛とした佇まいは、この場にいる全員の視線を集めていた。
「あなたたち、決闘をされるのですか?」
カティア様が目を細めて俺たち二人を見つめる。どこか凄みのある視線に、周囲の冒険者が「ヒッ」と声を漏らす。
だが、そんな視線を向けられてもフィルザードは怯まない。
「これはフェルドリッジ伯爵令嬢。お見苦しいところをお見せしました。ですがご心配には及びません。伯爵令嬢にご迷惑はおかけいたしませんので」
フィルザードはそれとなくカティア様の仲裁を拒もうとしている。何が何でも俺と決闘して、ミレナを奪いたいのだろう。
フィルザードの言葉に、カティア様は首を振る。
「そうはいきません。それならばこの度の決闘、わたくしが立会人を務めます。二人とも、異存はありませんね?」
「はい」
俺とフィルザードは同時に答える。
「よろしい。では、日時は明日の正午。場所は……そうですね、我が家の訓練場にしましょうか。決闘中は開放することにしますので、興味のある方はぜひお越しください」
再び周囲がざわめく。フェルドリッジ伯爵家の訓練場は、その名の通り、伯爵家の私兵たちが訓練するための場所だ。もちろん、俺たち冒険者が許可なく入れるような場所ではない。
「では、今日はこれにて解散といたしましょう」
カティア様の一言で、冒険者たちは散っていく。最後に俺とフィルザードだけが残った。
「悪いけど、明日は勝たせてもらうよ。今のうちにミレナに別れの挨拶をしておくんだね。それじゃ」
「……負けるもんか」
ギルドから出ると、向こうからゼフレンが走ってきていた。
彼はギルドの前にいる俺のそばに来ると、しばらく息を整える。
彼の呼吸が落ち着いてきたところで、先に話しかけることにした。
「ゼフレン、どうしてここに?」
「リリアから聞いたんだ。決闘がどうとか」
「はい。明日、フィルザードと決闘することになりました」
「ええっ!? 彼はAランクパーティの冒険者だけあって相当強いぞ。大丈夫なのか?」
「ゼフレンから見て、どのくらい強いと思いますか?」
「うーん。攻撃力は僕と同じぐらいだけど、総合力は間違いなく彼の方が上だろうね」
さすがAランクだ。ゼフレンも並外れた攻撃力を持っているが、それに匹敵するとは。
だからと言って絶対に負けるわけにはいかない。
「リリアには僕から話しておく。今日はゆっくり休んで明日に備えるんだ」
「ありがとう。絶対に勝ちます」
「……負けたら承知しない」
ゼフレンとグータッチを交わし、それから一人で宿に戻る。
その日の寝付きは不思議なほど良かった。
翌日。
俺たちはフェルドリッジ伯爵家の訓練場にいた。
俺とフィルザードには兜と訓練用の剣が渡される。
「お二人には安全のため、これを使用してもらいます。他の防具はご自身のものを使用していただいて結構です」
「ありがとうございます」
俺たちは兜を装着する。少し慣れないが、二人とも普段は兜を身に着けていないので同じ条件だ。
剣を見ると剣先は丸まっており、刃も潰されていた。
勝つための流れは考えてきた。先手必勝、これしかないだろう。
フィルザードとの実力差は明白だ。なので、フィルザードの油断をついて最初の一撃で決める以外の勝ち筋が思い浮かばなかった。
決闘開始まで残り数分。俺とフィルザードは訓練場の中央で向かい合う。
気持ちを落ち着かせるために周囲に目をやると、最前列の一番目立つ席にカティア様が座っていた。
彼女は俺と目が合うと不敵に笑う。『お手並み拝見』とでも言いたそうな顔だ。
その奥には観客たちが集まっている。噂を聞き付けた冒険者や街の住民、さらには貴族たちの私兵の姿まである。
そして、観客の最前列に仲間たちの姿が見えた。
ゼフレンは腕を組んでこちらをジッと見据えている。その表情からは感情を読み取ることができない。
リリアは両手を顔の前で組み、祈るようなポーズをしている。ギュッと目を瞑っているから、俺の勝利を祈ってくれているのだろうか。
「……ミレナ」
その隣でミレナはじっとこちらを見つめている。その表情からは悲しみと、どこか憤りのようなものが感じられる。
――大丈夫。絶対に勝つから。
俺は震える手を握り締めた。
「お二人とも準備は良いですね。今回は兜に一撃を入れた方の勝利とします」
決闘の進行役と審判を務めるのは、護衛任務や盗賊討伐の際に私兵の指揮官を務めていた男性だ。
彼は俺たちの準備が整っていることを確認し、決闘のルールなどを説明する。
そして定刻になると、審判が試合開始の合図を告げた。
――よし、合図だ。先に動く!
俺は当初の予定通り、合図と同時に動き出す。一直線にフィルザードに向かって突進し、一度左側にフェイントを入れた後、右側から渾身の一撃を叩き込む。
フィルザードは俺の動きを見て一瞬左に動いており、その分だけ反応が遅れている。
「くらえ!」
「ふん、甘いッ!」
だが、その一撃は簡単に剣で受け止められてしまう。
仕留められなかった――絶望で目の前が真っ暗になりそうだ。
「今度はこちらの番だ!」
だが、絶望する間すら与えられず、フィルザードの攻撃が飛んでくる。狙いは兜ではなく身体だ!
兜の防御に意識が行っていたため、反応が一瞬遅れる。
初撃は何とか剣で受け流すが、間髪入れずに飛んできた次の攻撃が腹部に直撃する。
「ぐはっ」
その攻撃は鎧を割るほどではなかったが、それでも強い衝撃を受ける。やはりフィルザードは強い。速度・攻撃・防御のバランスが良く、弱点がない。
――ここで足を止めるとやられる。
本能でそう感じ取った俺は、後方に飛び退く。直後、さっきまで居た場所を剣撃が通った。
思わず冷や汗が流れる。
フィルザードはこの攻防で勝利を確信したのか、執拗に追いかけては来なかった。
そこからは防戦一方だった。
フィルザードは速くて重い連続攻撃を繰り出し、俺は何とか剣で防ぐ。
彼は狙いを変えて揺さぶりをかけてくるため、次第に剣で防ぎきれない攻撃が出てくる。
いつの間にか手足からは血が出ていて、服が所々赤く滲んでいた。手足も腹部もズキズキと痛む。
それでも、兜への一撃だけは受けないように粘り続けた。
「……?」
それに気付いたのは、日が傾き始めてきた頃だった。
――フィルザードの攻撃に対応できている!
「くそっ! くらえ!」
フィルザードは腹部を狙った一撃を繰り出し、そのままの流れで兜を狙う。
俺はそれを剣で受け流し、久しぶりに反撃を繰り出す。
「くっ! ダメか!」
素早く胸部を狙った斬撃だが、簡単にフィルザードに受け止められてしまう。
俺は一度距離を取って体勢を立て直す。久しぶりの攻撃で、体が震えていた。
格下相手に攻撃を防がれ続けて精神的に余裕が無くなってきたのか、フィルザードの攻めは徐々に単調になってきた。
――頭、胴、頭、胴、頭
予想通りの攻撃を難なく受け流す。フィルザードは決闘開始直後からほとんど休むことなく剣を振り続けている。そのせいで疲労が溜まっているのか、攻撃も大振りになって速度が落ちてきている。
――チャンスは一度切り。次だ!
「くらえ!」
頭を狙った攻撃を剣で受ける。俺は恐怖心を堪えて前に踏み込み、攻撃に移る。
フィルザードは続けざまに胴を狙ってくるが予想通りだ。構わず鎧で受け止める。
横腹を鈍器で殴られたような痛みを無視して、奴の頭部に渾身の一撃を叩き込んだ。
「負けたよ。キミは本当に強かった」
訓練場の真ん中。
すべてを出し尽くして大の字に倒れた俺に、フィルザードが声をかけてくる。
「いえ、紙一重でした。もう一度戦えば、多分俺が負けます」
「いや、キミはもっと自信を持つべきだ。キミの守りを破れる冒険者は多くないだろう。まさかEランクのパーティにこれほどの逸材が居たとはね。……約束通り、ミレナのことは諦める。彼女のこと、頼んだよ」
そう言うと、フィルザードは手をひらひらと振りながら訓練場から出ていく。俺も立ち上がりたいが、全身が痛くて力が入らない。
「いてて。最後の一撃、効いたなあ。骨が折れてないと良いけど」
痛みのせいで周囲の喧騒が遠く感じる。
その後、カティア様の指示を受けた回復魔法使いが治療に来てくれるまで、起き上がることができなかった。
「これでよし、っと」
「ありがとうございます」
回復魔法をかけてもらい、何とか動けるようになった。周囲の反応を見て、改めて俺が勝ったことを実感する。
――クイクイッ
服を引っ張られる感覚に、隣を向く。そこには、そっぽを向いたミレナが居た。
「ミレナ? どうしたの?」
「ちょっとこっちに来て」
ミレナに従って人気のない場所に移動する。そこでようやくミレナがこちらを向く。
――これはマズい。
「ミレナさん、怒っていらっしゃいますか?」
「なんで怒らないと思ったの!? 勝手に決闘なんて受けて! 私、フィルザードからの告白と移籍の誘いは断ったんだよ。それなのに私をかけた決闘なんかして、私のせいでボロボロになって……」
だんだんとミレナの声に涙が混じっていく。
ああ、俺は本当に馬鹿だ。世界一笑顔でいてほしい人を泣かせてしまった。
「……本当にごめん」
「しかも負けたら二度と会えないってなに!? なんでそんな条件なのに受けたの!? グレインは私と二度と会えなくなっても良かったの? 私はグレインと会えなくなるの、やだよぉ……」
ついにミレナは完全に泣き出してしまった。
俺は彼女が泣き止むまで謝り続けた。




