グレインの過去④
ミレナに恋してから、俺の人生は変わった。
気が付けば彼女を目で追いかけているし、彼女に触れたい、隣にいたいと思う気持ちが強くなった。
その思いとは裏腹に、ミレナに嫌われるのが怖くて以前のように積極的に話しかけることができなくなり、よそよそしい態度を取ってしまうようになった。
ミレナも初めは態度が変わった俺に戸惑いながらも話しかけてくれた。
だが、最近は冒険に関すること以外の会話がほとんど無くなってしまった。
これではダメだと分かっているのだが、なかなか勇気が出ない。何か大きな事件でも起きれば、また普通に話せるようになるのだろうか。
最近気付いたのだが、ミレナはどうやらガルドのことが好きらしい。
ミレナのことを目で追いかけた結果、彼女がガルドのことを目で追いかけていることに気付くのだから皮肉なものだ。
それにしてもガルドか……。正直、冒険者としての能力から人間の器まで、彼に勝てる気がしない。ミレナが幸せになれるなら、身を引いた方が良い気さえしてくる。
「カナリス、少し気になることがあるんですが、聞いてもらえますか?」
「何かしら? 話してみて」
一人で考えていると余計なことばかり考えてしまうので、二人のことをよく見ているカナリスに相談する。そもそも俺の勘違いであってくれ、と藁にもすがる思いだった。
「最近、ミレナとガルドが良い感じに見えるけど、どう思いますか?」
「うーん。確かにそう見えないことも無いというか……」
妙に歯切れが悪いが、気を遣ってくれているのだろうか。俺ってそんなに分かりやすいかな……。
俺がしゅんとすると、カナリスは珍しくワタワタと慌てる。
「ま、まあきっとグレインにもチャンスがあるわ! だから諦めないで」
かと思えば、最後には妙に切羽詰まった表情になる。
彼女のその表情が不思議と心に残った。
翌朝。
俺とミレナ、ガルドの三人は、ギルドで他の二人が来るのを待っていた。
すると、一人の冒険者がこちらに向かって歩いてくる。彼はガルドと仲の良い男で、たまに話しているのを見かける。
「おう、ガルド。久しぶりだな。最近――」
二人が話し始めるが、俺はそこには加わらず、ぼんやりとギルド入口の方を眺める。
ミレナは二人からは目を逸らしているが、話の内容が気になっているようでソワソワしている。
二人が話し始めて5分ほど経ち、ちょうど前の話題が落ち着いた頃。その話は突然出てきた。
「そういえばガルド、まだ許嫁はこっちに来ないのか?」
「ぇ――」
あまりの衝撃に、声が出そうになった。
隣に居るミレナに至っては一瞬声が出ていたが、慌てて口を押えていた。
「今はまだ領地でやることがあるそうだ。半年以内には来る予定らしいが……」
ガルドの様子を見ると、聞き間違いではなく本当に許嫁がいるようだ。ということは、ガルドは貴族の生まれなのだろう。
貴族の三男以下が冒険者になるのは、この国ではよくあることだ。
冒険者は基本的に家名を名乗らないし、冒険者同士は相手のことを詮索しないという暗黙の了解がある。だから、俺はパーティ全員の素性を知らないし、俺も伝えていない。
ちらりとミレナを横目で見る。やはり彼女にとってはショックだったようで、目に涙を浮かべて俯いている。
そんなミレナを放っておくことはできなかった。
「ミレナ」
「えっ?」
彼女の手を引いてギルドの外へ走り出す。俺たちの姿が目に入ったはずだが、ガルドから声がかかることはなかった。状況を察してくれたのだろう。
ギルドから出て、すぐ横の路地に入る。そして、ミレナの顔を見ないようにしながらハンカチを手渡す。
「これ、嫌じゃなければ使って」
「あ……。ありがとう」
遠慮がちな返事だったが、ミレナはハンカチを受け取ってくれた。そのまま俺に背を向ける。
「じゃあ、ちょっと離れてるから、落ち着いたら来てね」
「……うん」
涙声が返ってくる。もう限界みたいなので、俺は急いで泣き声が聞こえない場所に移動する。
「それにしても、許嫁か……」
まさかこんなことになるとは。
ガルドとミレナは付き合っていたわけではないし、ガルドが騙していたということもない。
告白されてもいないのに、『俺には許嫁がいるから、諦めてくれ』なんて言えるわけもない。だから、ガルドを責める気が起きなかった。
「ミレナはこれからどうするんだろう」
許嫁となると、ガルドたちが別れる可能性は低いだろう。それでもミレナはガルドのことを慕い続けるのだろうか。
あるいは気持ちに折り合いをつけて別の恋をするのか。
どちらにせよ、俺の心は決まった。
――ミレナがガルドへの未練を断ち切ったら俺はミレナに告白する。それまでは俺が隣で彼女を守り続ける。
そして、この決意からしばらく経ったあの日、俺たちの人生が大きく変わることになる。




