すれ違い
ある朝、ギルドに入ると大きな人だかりができていた。
「ん? 何事だ?」
俺は人だかりに近付き、最後方から頑張って中心を覗く。
「ミレナ!? いったいどうなってるんだ?」
人だかりの中心にはミレナが居た。そして、ミレナと向かい合うように金ピカの鎧を身に着けた男、フィルザードも立っていた。
フィルザードはこの街のAランクパーティに所属する冒険者だ。
彼は緊急クエストの直後から遠征に行っていたようで、俺も見るのは久しぶりだ。
「すみません。これ、どういう状況ですか?」
思わず近くに居る冒険者に事情を尋ねる。
「フィルザードの奴が『今からミレナちゃんに大事な話をするからお前らはそこで見てろ』って言うもんだから大騒ぎさ」
大事な話と聞いて嫌な予感がする。人だかりの中心から、フィルザードの声が聞こえてくる。その声は嫌なほどはっきりと聞こえた。
「――。緊急クエストの日、ボクの胸はキミの魔法で撃ち抜かれてしまったようだ。ミレナ、ボクとお付き合いしてほしい!」
直後、言い表せないほどの恐怖に襲われる。
「――っ」
気が付くと、ギルドの外に向かって走り出していた。周囲の冒険者にぶつかりながらも足は止まらない。
あの告白に対するミレナの返事を聞くのが怖かった。
ミレナはガルドのことが好きなはずなので、あの告白は断ると思う。
しかし、万が一にもミレナが告白を受け入れたらと思うと、あの場に居続けることができなかった。
どのくらい走り続けただろうか。息が切れて立ち止まる。
気付けば大通りまで来ていた。道行く人々が怪訝そうに俺を見ている。
「はあ……。何をやってるんだろう、俺は」
今日もクエストに行く予定なのだ。俺の都合でキャンセルするわけにはいかない。
しかも黙って休めば、他の3人は俺を探し回るだろう。そうなるとみんなに迷惑をかける。
「どんな顔をしてミレナに会えば良いんだ……」
そう呟きながら、走ってきた道をトボトボと戻っていく。
「どうしてこうなったんだろう」
ギルドに向かいながら呟く。
せっかくリリアが『ミレナは人気があるから油断するな』と忠告してくれたのに、あれから何もアクションを起こせなかった。
そんな後悔がグルグルと渦巻いていた。
「グレイン……」
ギルドの前に、悲痛な面持ちのミレナが立っていた。
――何でミレナがここに? 何でそんな表情をしているんだ?
思いがけないことに混乱しつつ、何とか声を絞り出す。
「……ミレナ?」
だが、それ以上何を言えば良いかが分からず、言葉が続かない。
二人の間に気まずい沈黙が流れる。
ミレナは何かを言いたそうにしているが、それに気付かないふりをして先に言葉を発する。
「ごめん、ミレナ。遅刻しちゃったね。二人も待ってるだろうから、急いで中に入ろうか」
「あっ……」
俺の口から出たのは逃げの言葉だった。ミレナの反応を見るに誤魔化せていないのは明らかだが、他にどうすることもできなかった。
彼女の返事を待たずにギルドに入る。一瞬見えたミレナの顔は、今にも泣きだしそうな表情だった。
「クエストの確認が完了いたしました。き、今日もお疲れ様でした」
その日の夕方。クエストを終えた俺たちはギルドでの報告を終える。
窓口のお姉さんが、ぎこちない笑みを浮かべている。恐らく俺たちの異変に気付いたのだろう。
結局、俺とミレナはすれ違ったままだ。
今日一日、俺とミレナの間に会話は無かった。彼女と話すと余計なことを言ってしまいそうだったので、避けてしまった。
ミレナは何度か俺に話しかける機会をうかがっていたが、最後まで話しかけてこなかった。
リリアとゼフレンは俺たちの様子がおかしいことには気付いていたようで、終始気を遣ってくれていた。
三人には申し訳ないが、今は冷静になれそうにない。
こんな自分に対して腹が立つし、そのせいでさらに冷静さを欠くという悪循環だ。
「ごめん。少し調子が悪いから2、3日休ませてほしい」
それだけ言うと、みんなの返事を待たずにギルドの外に向かって歩き始める。
今は一人になりたかった。
「おっと、これは失礼」
「すみませ――っ!」
俯いて歩いていたため、ギルドから出たところで誰かとぶつかりそうになる。
慌てて回避して謝ろうと顔を上げると、そこには一番会いたくない奴が居た。
――フィルザードッ!
いつの間にかギリギリと痛いぐらいに歯を食いしばっていた。
「初めまして、だね。ボクはフィルザード。キミはミレナと同じパーティの冒険者だよね?」
「……何の用だ?」
自分でも驚くぐらい低い声が出た。
「そんな顔をしないでくれ。実はお願いがある。ミレナをボクたちのパーティに譲ってほしい」
その言葉を聞いた瞬間、殴りかかりたくなる衝動に駆られる。
俺は怒りで震えながらゆっくり息を吐き出し、努めて冷静に話を続ける。
「それはミレナの意思なのか?」
「ミレナは直接言わないだけで、心の中ではそう思っているはずさ。ボクたちと冒険できるなんて光栄だってね」
「バカバカしい。じゃあな」
俺は話を打ち切ると、フィルザードの横をすり抜けて帰ろうとする。
そんな俺の腕をフィルザードが掴んだ。
「まだ話は終わっていないよ。キミがそう言うなら仕方ない。決闘で決めようじゃないか」
「決闘だと? 受けるメリットがない」
「キミが勝ったらボクは二度とミレナに近付かないし、パーティの勧誘もやめる。ボクが勝ったらミレナはうちのパーティに移籍し、キミは二度とミレナに近付かない。これでどうかな? ああ、普通に戦うと実力差がありすぎて面白くないからね。キミにハンデをあげても良い」
一人で勝手に盛り上がるフィルザード。
「ハンデも何も、俺は受けない! じゃあな」
そう言うと、俺は彼の手を振り払って宿に向かった。
宿に戻り、部屋に直行する。
食欲は全くないし、寝てすべてを忘れたいぐらいだった。
しかし、今日の出来事が頭を支配して眠れない。考えれば考えるほど、悪い方向に考えてしまう。
「はぁ……。俺、どうしてあんなことを」
後悔の言葉が口から漏れる。ミレナは何も悪くないのに、どうしてあんな態度をとってしまったのか。あの時の俺をぶん殴ってやりたい。
「……ミレナ、どうしてるかな」
ミレナのことを考えると、最後に見た、彼女の泣き出しそうな顔が脳裏に浮かぶ。
俺は彼女を守るためにこの街に来て一緒に冒険しているはずなのに、どうして彼女を傷つけるようなことをしてしまったんだろう。
ミレナはこんな俺に愛想を尽かせて、フィルザードと付き合うことにするのだろうか。もしそうなったら、彼女はパーティから出て行ってしまうのだろうか。
それでミレナが幸せになるとしても、素直に応援できない自分がいる。
「俺、いつの間にこんなに強欲になっていたんだろう」
前はミレナがガルドと付き合うことになっても応援するつもりだったのに、今ではミレナが他の人と付き合っている姿を想像するだけで胸が張り裂けそうになる。
結局、朝まで一睡もできなかった。
朝になり階下から食事の匂いがしてくると、昨日から何も食べていなかったことを思い出す。途端に、腹が空腹を訴えてくる。
冒険者が出発して食堂から人が減ったのを見計らい、ふらふらと食堂に向かう。
食堂には5人ほどの冒険者が居たが、仲の良い奴は居ない。今は誰とも話す気分になれないので、逆にありがたかった。
いつもよりゆっくりと食事を採る。
「ミレナもご飯、食べたかな」
ぽつりと呟いて、直後に自分が嫌になる。
そもそも彼女を傷つけたのは俺なのだから、そんなことを言っていい立場じゃない。
食事を終えて部屋に戻る。
部屋に戻ってからしばらくすると、耐えられないほどの眠気がやってきた。
たまらずベッドに横たわると、そのまま深い眠りへと引きずり込まれた。
「ん、んん」
どのくらい眠っていたのだろうか。まだ眠たいがゆっくりと目を開ける。
部屋の窓から西日が差し込んでいる。今は夕方ぐらいだろうか。
「あ、やっと起きた。おーい」
突然声をかけられて覚醒する。慌てて声の方を見ると、リリアがベッドに座ってこちらを見ていた。
俺の足元ぐらいの場所に座っていたので、全く気が付かなかった。
「リリア、異性の部屋に気軽に入っちゃダメだぞ。ゼフレンに教えてもらわなかったのか?」
「お兄ちゃん? ちゃんと許可取ったよ」
なんてことだ。
俺がゼフレンの教育方針に物申してやろうと考えていると、リリアが柔らかく微笑む。
「少し落ち着いた?」
「……ああ」
そういえば少しスッキリした気がする。ひと眠りしたからなのか、リリアのおかげか。
「もし良かったら、何があったのか話してもらえる?」
「……ミレナから聴いてないのか?」
「聴いたよ。でも、グレインからも聴きたくて」
リリアに優しく言われ、少し考え込む。だが、もう答えは出ていた。
「分かった。話すよ」
昨日の出来事をリリアに話す。リリアはうんうんと頷きながら、最後まで聴いてくれた。
ただ話しただけなのに、少し気持ちが軽くなる。
俯いていた顔をあげ、リリアと目を合わせる。彼女は何かを待っている、そんな様子だ。
その顔を見て、以前リリアと交わした約束を思い出す。
――今がその約束を果たすときなのかもしれない。
何かアドバイスを貰いたいわけでも、共感して欲しいわけでもない。
俺が初心を思い出して覚悟を決めるために必要だと感じたのだ。
「リリア、少し長くなるけど聴いてほしい話があるんだ。いいかな?」
「うん。いいよ」
リリアはこれから俺が話す内容を察したようで、いっそう真剣な表情になる。
俺はゆっくりと、ミレナと出会ってからの記憶を話し始めた。




