盗賊討伐任務③
俺たちは伯爵家の私兵とともに村まで移動し、村からは馬車に乗ってレイヴェルクに移動する。私兵の皆さんとともに伯爵家の馬車も来ていて、帰りはその馬車に乗ることになった……のだが。
「……」
どうしてこうなった。
行きと帰りで席順が変わった。進行方向側に奥からカティア様、俺、ミレナ。向かいにグラシアさん、リリア、ゼフレンの順に座っている。
カティア様が『隣に座りなさい』と命令してきたため、俺が真ん中になったのだ。
カティア様は馬車に乗ってからずっと上機嫌で、楽しそうにグラシアさんやリリアと話している。たまに俺にも話題を振ってくるので、油断できない。
行きは俺とゼフレンは蚊帳の外だったんだけどなあ……。
ミレナは席順の関係であまり会話に加わっていないが、俺がカティア様たちと会話しているときは、こちらに注意を向けているようだ。
あと、何故か俺の服の裾をずっと握っている。さっき一度ミレナを見たとき、きょとんとした顔になったので、無意識なのかもしれない。
まるで、『私を置いてどこにも行かないで』と言っているように思ってしまうが、考えすぎだろうか。うん、我ながらキモい。
「――決めた!」
突然、カティア様が大きな声を出し、みんなの視線が彼女に集まる。
直前までリリアたちと話していたようだが、俺は考え事をしていたので聞いていなかった。
「わたくし、冒険者になるわ!」
カティア様がそう言うと、一瞬遅れて「ええっ!?」という驚きの声が重なる。
「お嬢様!? 何を言っているのですか!」
「グラシア、もちろんあなたも一緒よ」
「ええっ!?」
グラシアさんが目を白黒させているが、カティア様は構わず続ける。
「わたくし、ずっと冒険者に憧れていたの。誰も行ったことのない場所に、わたくしが最初に足を踏み入れる。それをずっと夢見ていたわ」
『誰も行ったことのない場所』というのは未開拓地のことだろう。
「ウチは先祖代々、未開拓地への野心が強い家系なの。お爺様は何度も未開拓地の調査に同行していたくらいよ」
「そうだったのですか。私も初耳です」
「お父様は『自分には冒険者としての才能がない』と言って、冒険者への資金援助が中心だけどね。でも、わたくしにも先祖代々の血が受け継がれているわ」
「しかし、旦那様が許してくださるでしょうか」
フェルドリッジ伯爵はカティア様のことを溺愛しているからな……。どっちに転んでもおかしくない。
「そのためにグラシアがいるんじゃない。王都の魔法学校を、史上最高の成績で卒業したあなたと一緒なら、お父様も許してくれるわ」
「お嬢様! その話は恥ずかしいのでやめてください! しかも2年後には更新されてしまいましたので……」
グラシアさんってそれほどの実力者だったのか。
魔法学校史上最高の魔法使いなら、宮廷魔術師の誘いがあったはずなのに、どういう経緯でカティア様に仕えることになったんだろう。
俺たちはレイヴェルクに戻ると、そのままフェルドリッジ伯爵家の別邸に直行した。馬車の窓から屋敷の玄関を見ると、フェルドリッジ伯爵がそわそわしている。
伯爵は馬車に気付くと、こちらに向かって走ってくる。
「おお、カティア! よく戻った。あまりパパを心配させないでおくれ!」
……聞かなかったことにしよう。
「お父様、みなさまの前ですわ。……黙って飛び出して申し訳ありませんでした」
危険な目にあったからだろうか、カティア様は素直に謝罪する。
「……何かあったのだな?」
謝罪を聞いた伯爵は別人のように鋭い目つきになり、低い声を出した。
このあたりの洞察力はさすが貴族の当主だ。
「閣下、お嬢様のご友人もいらっしゃることですし、続きは屋敷の中でされてはいかがでしょうか」
「……そうだな。エルド、皆を案内してくれ」
「かしこまりました」
エルドさんが、俺たちを応接室へ案内してくれる。
応接室には机と椅子が用意されており、一同は席に着く。
伯爵は全員の顔を見渡してから一つ咳払いすると、カティア様に鋭い視線を向ける。
一方、カティア様は背筋をピンと伸ばして自信に満ちた表情をしている。
「さて、何があったか話してもらおうか」
伯爵がゆっくりとカティア様に問いかける。カティア様は今日の出来事を、滞ることなく説明していく。
アジトでカティア様が盗賊の一人を斬り伏せたと聞くと、伯爵は驚きつつも誇らしげな表情を見せる。一方、カティア様が危機に陥ったところでは、ハラハラとした表情を浮かべていた。
カティア様が今日の出来事を話し終えると、伯爵は瞑目して『そうか』と短く呟く。そして、目を開けると俺のことを見つめる。
「グレイン、この度は娘を護ってくれてありがとう」
そう言うと、伯爵は深々と頭を下げる。
「身に余るお言葉でございます。お嬢様がご無事で、何よりでございます」
必死に言葉を紡ぎながら頭を下げる。
しばらくして頭を上げると、伯爵と目が合う。彼は柔らかい笑みを浮かべていた。
沈黙の後、カティア様は覚悟を決めた表情で伯爵を見つめる。
「お父様、わたくし冒険がしたいですわ」
カティア様がそう言った途端、伯爵は眉間にしわを寄せる。
「ダメだ。危険すぎる」
「グラシアもいるから平気ですわ」
フェルドリッジ伯爵家のことなので、部外者の俺たちは口を挟めない。
「閣下、恐れながら少しよろしいでしょうか」
「なんだ、エルド。申してみよ」
エルドさんは一瞬こちらを見て微笑むと、伯爵の隣に立って何かを耳打ちする。
「うっ。ううむ……」
伯爵は苦悩に満ちた表情でエルドさんと話している。しばらく話し続けたあと、エルドさんが静かに離れる。
伯爵は瞑目して天を仰ぎ、一つ息を吐くと、カティア様を見据える。
「カティアよ。そなたが冒険に出ることを許そう」
「お父様! ありがとうございます!」
カティア様は深々と頭を下げる。エルドさんとグラシアさんは、そんなカティア様を嬉しそうに見守る。
「グラシアよ」
「は、はい!」
「カティアのことを頼む」
「はい! お嬢様はこの身に代えてもお守りいたします!」
グラシアさんは背筋をピンと伸ばし、緊張の面持ちで返事する。そんなグラシアさんを見て、今度はカティア様が嬉しそうに微笑んだ。
その後の話し合いで、カティア様はこれまで通り伯爵令嬢としての務めを果たしつつ、時間のある時に冒険に出ることになった。また、冒険の際は必ずグラシアさんが同行することになった。
話し合いも終わり、俺たちは見送りに来たエルドさんと屋敷を出る。
「今日は本当にありがとうございました。お嬢様に付き合ってくださった上に、命まで助けていただいて……」
そう言いながら、エルドさんは手にしたハンカチで目元を押さえる。
「とんでもございません。伯爵令嬢が無事で何よりでございました」
エルドさんからもお礼を言われるとは思っていなかったので、恐縮してしまう。
「今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
エルドさんの言葉に、俺たちは慌てて頭を下げる。
今更ながら、フェルドリッジ伯爵家とは長い付き合いになりそうな気がした。




