リリアの恋②
喫茶店を出てから数分後、俺を引っ張って走っていたリリアの足が止まる。
「着いた、この店だよ」
「ここか」
外観は大衆向けのアクセサリーショップに見える。俺とリリアは店の中に入った。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
店に入った途端、近くにいた店員さんがこちらに来て話しかけてくる。
「少し商品を見せてもらいたくて」
いきなり一昨日のことを訊くのは気が引けたので、無難にそう答える。
「どうぞごゆっくりご覧になってください。お二人とも仲が良いですね。恋人同士ですか?」
「どうして――うわぁ!」
店員さんにそう言われて、俺はリリアと手を繋ぎっぱなしだったことに気付き、慌てて手を離す。
「ち、違います。あたしたちはただのパーティ仲間です!」
リリアは恥ずかしかったのか顔を真っ赤にしながら否定する。俺は話を逸らすために、店員さんに気になっていたことを尋ねた。
「この店って冒険者向けのアクセサリーも置いてますか?」
「はい。置いていますよ。ご覧になられますか?」
「お願いします」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
店員さんが俺たちを案内してくれる。
「こちらでございます。何かお求めの際はお声がけください。それではどうぞごゆっくり」
店員さんはそう言うと、俺にだけ見えるように人差し指と中指を交差させる。
……何のポーズかは分からないが、勘違いしていることだけは分かった。
店の一角にある、冒険者向けのアクセサリー売り場。そこには様々な商品が置かれていた。
冒険者向けというだけあって、丈夫に作られているようだ。
商品の一つを手に取ってみる。銀を使ったブレスレットのようで、『魔よけのブレスレット』と書かれた値札が添えられている。
「あっ、これかわいい」
リリアが楽しそうに商品を眺めている。この店には女性向けと思われる可愛らしいアクセサリーが多い。
まあ、男はあまりアクセサリーを着けないので、自然と女性向けのものが増えるのかな。
俺はリリアがアクセサリーに夢中になっていることを確認すると、さっきの店員さんのところに向かう。
「すみません、少しお尋ねしたいことがありまして」
「はい。何でしょうか?」
「一昨日、20歳ぐらいの男女がこの店に来ませんでしたか? 男性は長身で、髪を束ねている人です」
「はい。いらっしゃいました。お知り合いですか?」
「俺の友人です。どんな様子だったか教えていただくことはできますか?」
「その男性は幼馴染にプレゼントを買いたいと言っていました。一緒に来られた女性の方は近くの花屋の店員さんで、この店まで案内してもらったようです」
なるほど、話が見えてきたぞ。
「彼は幼馴染さんに贈るアクセサリーを買ったあと、案内してくれた花屋の店員さんにもアクセサリーをプレゼントしてましたよ。素敵な方ですね」
ゼフレン……罪な男だ。多分無自覚なんだろうけど。
「教えてくださり、ありがとうございます。あと、これをいただけますか?」
俺は店員さんに『魔よけのブレスレット』を差し出す。
店員さんはにっこりと笑うと値札を取り、商品にリボンを巻いてくれる。
「はい、どうぞ。うまくいくといいですね」
店員さんはそう言って、人差し指と中指を交差させる。だから勘違いです。
俺はリリアの元に戻り、一昨日の女性はゼフレンをこの店に案内しただけであることを伝える。
ゼフレンがリリアへのプレゼントを買っていたことは黙っておく。ゼフレンはサプライズでプレゼントを贈りたいのだと思うので、それを台無しにしたくなかった。
「じゃあ何でお兄ちゃんはこの店に来たのかな?」
「自分用のアクセサリーでも買ったんじゃないかな。魔よけのアクセサリーとかも売っているし」
そう言うと、俺は先ほど買ったブレスレットをリリアに見せる。少し苦しいが、これで少しでも説得力が出れば……。
「あ、グレインも買ったんだ。うーん、あたしも何か買おうかな……」
「じゃあ、今度ミレナと二人で来て、お揃いのアクセサリーを買うのはどうかな?」
俺はミレナをだしに使って、リリアがアクセサリーを買わないように誘導する。
ミレナ、ごめん。だけど、リリアがアクセサリーを買って、それがゼフレンのプレゼントと被るのは避けたかったのだ。
「良いね! みんなでこの店のアクセサリーを着けて冒険とか、最高じゃん!」
『お揃いだね』と言いながら、リリアは楽しそうに笑う。何とか納得してくれたようだ。
俺は少しの罪悪感を抱きながら胸を撫でおろす。
その後、俺たちは店を出る。
リリアの横顔をチラリと見ると、すっきりとした表情になっていた。
多分もう大丈夫だ。後はゼフレンがリリアにプレゼントを贈れば一件落着だろう。
「グレイン、今日はありがとう」
リリアは花が咲くように笑う。その魅力的な笑顔に、思わずドキッとしてしまう。
「どういたしまして。さて、今日はもう帰るか」
リリアから目を逸らしながら答える。
「あれ、照れちゃった? あたしには心に決めた人がいるから付き合えないよー?」
リリアの顔を見なくても、声色でニヤニヤしているのが伝わってくる。
「照れてない。というか、ごめん。リリアのことはそんな目で見れない」
「ひどい! あたしがフラれたみたいになってる!」
二人で軽口を叩き合いながら夕暮れの街を歩く。宿までの道のりはあっという間だった。
翌朝。
今日はミレナの様子がおかしい。……なんかつい最近、こんなことがあったな。
今日は少し早くギルドに着いたので、ゼフレンとリリアはまだ来ていない。
なので、ミレナと並んで二人を待っているのだが……。
――なんか今日は妙にミレナがそわそわしてるんだよな。
朝から何かを言いたそうな顔でこちらを見ている。だが、俺がミレナの方を向くと顔を逸らしてしまうし、『どうしたの?』と訊いても『何でもない』と返されてしまう。
どうすれば良いのか分からずに考え込んでいると、隣から小さく「よし」と覚悟を決めたような声が聞こえてきた。
「ねえ、グレイン。訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」
ミレナがおずおずと尋ねてくる。そちらを振り向くと、彼女は硬い表情をして真剣なまなざしでこちらを見ていた。
ミレナに気圧されて思わず背筋が伸びる。
「いいよ。どうしたの?」
「グレインってリリアと付き合ってるの?」
「……へ?」
予想だにしない質問に、間の抜けた声が漏れる。
俺とリリアが付き合う? なんでそんな勘違いを?
「リリアとは付き合ってないよ」
混乱しながらも、なんとか否定する。しかし、ミレナは納得できないといった表情だ。
「でも、昨日街で……」
「昨日? ……あっ!」
俺が昨日のことを思い出して声を上げると、ミレナがジトっとした目を向けてくる。
「待って、ミレナ。それは誤解だ!」
『俺が好きなのは君なんだ』と言えれば良いのだが、そんなことを言おうものならフラれて気まずいことになる。最悪、パーティ解散だ。
かといって、リリアの事情を勝手に話すわけにはいかない。うーん、どう言えば納得してくれるだろうか。
俺が悩んでいると、リリアがやってくるのが見えた。助かった!
「二人とも、おはよう! ……あれ、修羅場?」
「リリア、いいところに来てくれた! ミレナの誤解を解くのを手伝ってくれ!」
俺はリリアにすがりつくように懇願する。リリアは俺の態度に顔を引きつらせながらも、ミレナの方に向き直る。
「ミレナ、あたしたちは昨日――」
「みんな、おはよう」
リリアが話し始めた瞬間、ゼフレンがやってきた。
ゼフレンは挨拶もそこそこに、腰に着けたポーチの中からペンダントを取り出すと、リリアに向かって差し出す。
「リリア、これを君に」
「お兄ちゃん! ありがとう。大好き!」
ペンダントを受け取ったリリアはゼフレンに抱き着く。見ているこっちが気恥ずかしくなってきた。
「ははは。リリアは昔から甘えん坊だな」
リリアの『大好き』はゼフレンにはうまく伝わっていないようで、彼は妹を見るかのような目でリリアのことを見ている。
「あわわわ」
ふと、隣からミレナの慌てたような声が聞こえてきたのでそちらを見る。ミレナは顔を真っ赤にして二人の方を見ていた。そして何かに気付いたのか、バッとこちらを向く。
俺と目が合うと、ミレナの顔はみるみる青くなる。
「三角関係……?」
「違う!」
その後、ミレナの誤解を解くのは大変だった。
その日の夕方。
クエストの報告を終えた俺たちは、ギルドで解散する。だが、俺にはまだやるべきことが残っていた。
「ミレナ、ちょっといいかな?」
「大丈夫だけど、どうしたの?」
ミレナがきょとんと小首をかしげる。そんなミレナに、俺は昨日買ったブレスレットを差し出す。
「これ、昨日アクセサリーショップで見つけたんだけど、ミレナに似合うかなって。冒険者向けのアクセサリーで『魔よけのブレスレット』っていうんだけど、所々に銀を使っていて邪気を払う効果もあるらしくて――」
気持ちを誤魔化すように早口で捲し立てる。そんな俺を見て、ミレナは『くすっ』と笑う。
「ありがとう。大切にするね。……今から着けてみてもいいかな?」
「もちろん、ぜひ!」
ミレナは丁寧にリボンを外すと、ブレスレットを左手――ミレナの利き手とは逆だ――に着ける。
「どうかな? 似合う?」
ミレナは顔の高さぐらいに手をあげ、少し恥ずかしそうに尋ねてくる。
「似合ってる! 凄くかわいいよ!」
「ええっ? ……ブレスレットのことだよね。ビックリさせないでよ」
ミレナは真っ赤になった顔を両手で扇ぐ。
俺もつい本音が出てしまった。
とはいえ、ミレナの嬉しそうな顔を見ることができて本当に良かった。




