リリアの恋①
今日は休養日明けなのだが、朝からリリアの様子がおかしい。
いつもの彼女は太陽のように明るく元気で、他のメンバーとも積極的に話をしているのだが、今日はその姿が見られない。
顔色も悪く、目の下に隈ができている。おそらく寝不足なのだろう。
クエスト中も集中力を欠いていて危険だったので、ゼフレンと話し合って俺がリリアを守る配置にした。
ゼフレンに心当たりが無いか尋ねてみたが、何も知らないという。昨日は別々に過ごしたらしい。
それとなくリリアに事情を尋ねても『大丈夫』や『何もない』という返事ばかりで何も話してくれなかった。
なんとかクエストを達成してギルドに戻る。幸い、誰も怪我することは無かった。
今のままだと危険なので、明日は俺に用事があることにして、休養日にすることにした。
明後日にはリリアが復活していると良いのだが……。
翌日の昼頃。
用事があると言って休養日にしてもらったが、実際には何も予定がない。
とはいえ一日中宿で過ごす気も起きなかったので、街中を当てもなくぶらぶらと歩いていた。
「うーん。リリア、大丈夫かな」
街を歩きながら呟く。
昨日、ゼフレンとミレナがリリアを遊びに誘っていたが、リリアはどちらの誘いも断っていた。宿で話を聴こうにも、女性の部屋に押しかけるわけにもいかない。
宿の外で会えればなぁ……。
そんなことを考えていると、ふらふらとした足取りでこちらに向かってくるリリアを見つける。リリアは俯いていて、こちらにはまだ気付いていないようだ。
「こんにちは、リリア。調子はどう?」
リリアに駆け寄って話しかける。……うーん、やっぱり顔色が悪いなあ。
「あっ、グレイン……。うん、絶好調だよ」
リリアはそう言うが、調子が良くないのは明らかだ。それでも心配をかけないように振舞おうとする姿は見ていられない。
「リリア、こっちに来て」
「えっ、ちょっと」
俺はリリアを放っておけず、彼女の手を引いて近くの喫茶店に入った。
リリアとともに案内された席に座る。リリアはジトっとした目でこちらを見ている。
「急にごめん。前々からここのケーキが食べたかったんだけど、男一人だと入り辛くて……。お詫びに何でもご馳走するから」
そう言って手を合わせると、リリアはさらに目を細める。しかし、「はぁ」と小さく息をつくと、ぎこちない笑みを浮かべる。
「ありがと」
「こちらこそ、付き合ってくれてありがとう」
「なにそれ」
リリアの表情がさっきより少しだけ緩んだ。
俺は緑茶とケーキのセット、リリアは紅茶とケーキのセットを注文する。
風の噂では、ずっと南にコーヒーという甘味によく合う飲み物があるらしいが、まだ見たことすらない。いずれ飲んでみたいが、俺が生きている間に普及するのだろうか。
そんなことを考えていると、二人分のケーキと飲み物が運ばれてくる。
フォークで一口分だけ切り分けて食べる。ケーキが口の中に入った瞬間、甘さが口いっぱいに広がった。
ケーキを食べるのは久し振りだが、やっぱり甘くておいしい。スポンジもふわふわと柔らかくて幸せな気分になる。
ちらりとリリアの方を見ると、うっとりとした表情になっている。この瞬間だけ見れば、落ち込んでいるようには見えないほどだ。
その後も会話を忘れてケーキを食べ進め、二人ともあっという間に完食してしまった。もっと味わえばよかったと、今頃になって後悔する。
仕方がないので、ケーキの余韻を楽しむことにしよう。
リリアも満足してくれたのか、少し顔色が良くなった気がする。
「ちょっと長い話になるけど、あたしの話、聴いてもらえるかな?」
「うん。喜んで」
俺は居住まいを正す。
「あたしね、ずっと前からお兄ちゃんのことが好きなんだ」
ケーキがリリアの心のカギを開けたのだろうか。彼女がぽつりぽつりと話し始める。
俺は小さく頷いて続きを促す。
「前に言ったかな? あたしとお兄ちゃんは幼馴染で、隣の家に住んでいたの。あたしは10歳ぐらいの時、近所に住む魔法使いのお婆さんに教えてもらって、回復魔法が使えるようになった」
俺は小さく頷く。確かに、これは前に教えてもらった話だ。
「だけど、小さい頃のあたしは落ち着きがなくて、全然回復魔法使いっぽくなかった。まあ、今もお淑やかとは正反対だけど」
「あはは」と、リリアは自嘲する。
それにしても回復魔法使いらしい……か。
考えてみると、回復魔法使いと言えばお淑やかな聖女というイメージを持っていたことに気付く。『お淑やかな人だけが回復魔法を使える』というわけではないのに……だ。
「そのせいで、故郷では同世代の子たちに『回復魔法使いらしくない』って何回もからかわれた。足をかけられて転んでケガしたときに『おまえの回復魔法で直してみろ』と言われたこともある」
「それは……酷いな」
「うん。だから、家からも出なくなってずっと塞ぎ込んでた。でもある日、お兄ちゃんが家に来てくれたの。後で聞いたら、お母さんがあたしのことを見兼ねて、お兄ちゃんにお願いしてくれたみたい。だけど、あたしはお兄ちゃんのことも信じられなくて『帰って』って言っちゃった」
それは仕方がないことだろう。俺がリリアの立場でも同じことを言うと思う。
「それでもお兄ちゃんは毎日来てくれた。『リリアは今のままでいい。他の子たちに何を言われても気にするな。僕が守ってあげるから』って言ってくれた」
ゼフレン、カッコ良すぎるだろ。誰だって惚れるわ。
「その日から、あたしは少しずつ自分に自信が持てるようになった。あたしがお兄ちゃんのことを好きになったのも、その時。お兄ちゃんのことが好きだって気持ちは今でも変わらない。……変わらないんだけど――」
そこまで話して、リリアは紅茶を一口飲む。俺も同じように緑茶を飲んだ。
恐らくここからが本題だろうという直感があった。
「お兄ちゃん、付き合っている人がいるみたいなの」
リリアの目から光が消える。えっ、ゼフレンに付き合っている人がいる?
「それは……何かの間違いじゃないのか?」
「間違いじゃない! あたしこの前見たもん!」
「リリア、落ち着いて」
突然リリアが大声を出したので、周囲の注目を集めている。俺は立ち上がって周囲に頭を下げる。
その後座りなおすと、リリアを刺激しないようにそっと問いかける。
「その話、詳しく聞かせて?」
「うん。一昨日、あたしは欲しい物があったから、街で買い物をしてたの。そしたら、お兄ちゃんが知らない女の人と一緒に歩いてた。お兄ちゃんと同じぐらいの歳の人」
「偶然隣にいた……というわけじゃないんだよね?」
『偶然』と言った瞬間にリリアの視線が突き刺さったので、発言を軌道修正する。偶然だったらリリアが落ち込むはずがないので、完全に失言だった。
「うん。お兄ちゃんたち、一緒にアクセサリーとか指輪が売ってるお店に入っていったの」
「指輪!?」
予想外の単語が出てきて思わずひっくり返りそうになる。
「そう。あたし、怖くなって逃げ出しちゃったんだ。もしあの二人がお揃いの指輪をして店から出てきたらと思うと……」
そこで俺はあることを思い出す。
「でも昨日、ゼフレンは指輪なんて着けてなかったぞ。考えすぎじゃないのか?」
「大事なものだからこそ、落とさないように宿に置いているかもしれない。あたしも、お兄ちゃんに貰った髪留めをクエストには持って行かないし……」
そう言うと、リリアは自身の髪につけた髪留めを優しく撫でる。
うーん、確かに一理ある。よし、確かめてみよう。
「リリア、その店の名前か場所、覚えてるか?」
「場所なら覚えてるよ。どうして?」
「一度行ってみようと思うんだ。場所を教えてもらえるかな?」
「待って、あたしも一緒に行く」
残っていたお茶を飲み干し、お会計を済ませて喫茶店を出る。
「こっち」
リリアが俺の手を取り、グイグイと引っ張っていく。
……ん? 今誰かの声が聞こえたような? 気のせいだろうか。
「ちょっと待って、そんなに慌てなくても」
「いいから早く」
俺は周囲を見渡す余裕もなく、リリアに連れていかれるのだった。




