護衛任務①
翌日の明け方。
街はまだ眠りに就いていて、空がようやく起きはじめた頃合いだろうか。地平線はもう明るくなっていると思うが、城壁に囲まれているので見ることができない。
俺たちは東城門前に来ていた。幸い、パーティの誰も遅れることなく到着している。遅刻なんてしようものならどんな目に遭うか分からないので、本当に良かった。
先ほど輸送隊の指揮官に確認したところ、俺たちはカティアお嬢様が来るまで待っていてほしいとのことだったので、言われた通りに待機している。
やがて、一台の馬車が到着する。
天蓋付きのキャビンは俺が予想していた物よりも大きく、恐らく6人乗りだろう。見た目はかなり派手で、中に高貴な人が乗っているというのが一目でわかる。
車体には紋章が描かれており、それを見るとフェルドリッジ伯爵家の馬車だとわかるようになっている。
馬を操っていた御者がキャビンの扉を開けると、まずローブを着た従者の女性が出てくる。それから少し遅れてカティアお嬢様が姿を現す。
カティアお嬢様は従者に何か指示を出したようで、従者は輸送隊の指揮官、私兵の指揮官の順に指示を伝えに行く。
そして、最後に俺たちのもとにやって来た。
「おはようございます。冒険者のみなさまですね。みなさまは、お嬢様と共に馬車に乗り、お嬢様の護衛をお願いいたします」
――んん?
俺たちは呆気にとられる。
てっきり荷物の護衛だと思っていたのだが、まさかカティアお嬢様の護衛だったとは。予想以上に重大な任務だったことを知って硬直する俺たちを見て、従者は微笑む。
「ご安心を。当家の私兵だけでなく私も居ますので。みなさまには、お嬢様の話し相手になっていただきたいのです」
「話し相手です……で、ございますか?」
驚きのあまり、礼を欠いた言葉が出そうになる。
従者はそれを聞き逃さなかったようで、優しげに『くすっ』と笑う。
「周りに誰もいないときは堅苦しい敬語は不要ですよ。私もカティアお嬢様に仕えているだけの平民ですので。……申し遅れました。私はグラシアといいます。こう見えても一応、魔法使いです」
「魔法使い……ですか?」
驚きのあまり、声を漏らす。彼女の従者然とした行動があまりにも自然だったので、侍女だと勘違いしていた。
改めてグラシアさんの姿を見る。
白くて透明感のある肌に、優しげなシーブルーの瞳。
アイスブルーの髪は流れるようにさらさらしている。
身長は165cmぐらいあるように見える。
佇むだけで絵になるような、整ったプロポーションの持ち主だ。
「さて、お嬢様もお待ちでしょうから、そろそろ馬車に向かいましょう」
グラシアさんに続いて俺たちも馬車に乗り込む。中ではカティアお嬢様が一人で座って待っていた。俺たちも一人ずつ馬車に乗り込んでいく。
この馬車は6人乗りで、キャビンの左側面に扉がついている。内部は2列のシートが向かい合わせに設置されている。
進行方向側――馬や御者台側だ――には奥から順にカティアお嬢様、グラシアさん、ゼフレンが座り、車体後方側には奥からリリア、ミレナ、俺が座っている。
俺とゼフレンは万一に備え、入り口近くに座ることにした。
日の出に合わせて城門が開き、輸送隊が移動を開始する。俺たちの馬車は隊列の中央やや後方に位置している。
「はぁー。眠たい」
馬車が動き出して5分も経たないうちに、この場に似つかわしくない声が聞こえてギョッとする。慌てて声のした方を向くと、カティアお嬢様が俯いて脱力していた。
「お嬢様、はしたないですよ」
グラシアさんがカティアお嬢様を窘める。グラシアさんの反応を見るに、これがカティアお嬢様の素なのかもしれない。
「いいじゃない。ここには、わたくしたちしか居ないんだし。あなたたちが黙っていてくれればバレることはない……そうよね?」
そう言ってカティアお嬢様は俺たちの方を見る。その目は笑っておらず、口外すればただでは置かないという圧を感じる。
「恐れながら、フェルドリッジ伯爵令嬢。私たちは絶対に口外しないとお約束いたします!」
ミレナが慌ててカティアお嬢様にそう告げる。俺も内心で頷く。
まあ、俺たちのような、しがない冒険者が言ったところで誰も信じてくれないだろう。
「それ」
「えっ?」
「この6人以外に誰も居ないときは、わたくしに対して堅苦しい敬語は要らないわ」
「お嬢様、さすがにそれは……」
グラシアさんがそう言ってカティアお嬢様の発言を窘める。俺も同意見で、何なら聞かなかったことにしたいぐらいだ。
「グラシア、あなたもわたくしと同じことを言ったのでしょう? それならいいのではないかしら? それにわたくし、同年代の冒険者のお友達が欲しかったの」
「私の場合は身分が平民ですから。……まあ、こうなったら何を言っても無駄でしょうね。みなさま、大変恐縮ですが、お嬢様の言う通りにしていただけないでしょうか」
俺たちは思わぬ事態に目を見合わせる。やがて、リリアが瞑目して小さく息を吐き、それから目を開けて、カティアお嬢様を見つめる。
「わかりました。カティア様、よろしくお願いします」
「わたくしとしては、もう少し砕けてもらった方が嬉しいのだけれど」
「ごめんなさい。今はまだこれが精一杯です……」
「……そう。なら仕方ないわね」
その後、俺たちもカティアお嬢様、いや、カティア様と精一杯砕けた口調で会話する。
また、俺たちのことを訊いてきたので、自己紹介も行う。
カティア様は少し物足りなさそうだったが、納得してくれた。グラシアさんは嬉しそうにカティア様を見ていた。
「――。それで、試しにパーティを組んでみようということになったんです!」
「それで、どうなったのかしら?」
「中型モンスターを討伐しに行ったんですけど、ミレナが凄かったんですよ! 一撃でモンスターの急所を撃ち抜いて――」
レイヴェルクを出てから1時間ほど経っただろうか。女性陣はずいぶんと打ち解けたようで、話に花が咲いている。今は俺たちが出会ってすぐのことを話しているようだ。
どうやらカティア様は冒険譚が好きなようで、目をキラキラと輝かせて聴き入っている。
グラシアさんも、ミレナの魔法の話になると身を乗り出して聴いている。同じ魔法使いとして刺激を受けているのかな。
「やっぱりいいわね」
「お嬢様……」
その後も話が盛り上がる中、カティア様がぽつりと羨ましそうな声を漏らす。それに気付いたグラシアさんが気遣うような声をかける。
「カティア様?」
カティア様の異変に気付いたミレナが声をかける。
気付けば全員の視線がカティア様に集まっていた。カティア様は視線に気付き、ハッとする。
「ごめんなさい、何でもないわ。それより、続きを聞かせてもらえるかしら」
カティア様は何事もなかったかのように振舞う。話したくないことなのだろうか。
ミレナたちもそれを感じ取ったのか、そのことに言及せずに続きを話し始める。グラシアさんだけが泣き出しそうな顔をしていた。
時刻は昼前ぐらいだろうか。俺たちは目的地に到着する。
この街は人口2,000人程度の都市で、フェルドリッジ伯爵家の領地の中では最も大きい都市らしい。
伯爵家の本邸もこの街にあり、フェルドリッジ領の政治や物流の中心になっているそうだ。
やはりフェルドリッジ領の中心都市というだけあって、非常に活気がある。また、街の清掃が行き届いていることから、治安の良さも感じられる。
カティア様は到着してすぐ、輸送隊の隊長と数人の護衛とともに、この地の代表との打ち合わせに向かった。
俺たちはカティア様が戻ってくるまで待機していても良いと言われたが、少し体を動かしたかったので荷物の積み下ろしを手伝っている。
どうやら、レイヴェルクから持ってきた荷物はモンスターの毛皮で、この街では農作物を載せるようだ。
「んっ……ふっ……」
声のした方を見ると、ミレナが野菜の入った大きな箱を持ってこちらに向かって来ていた。箱はミレナの顔が隠れるほど大きい。
ミレナは魔法使いというのもあって、あまり力は強くない。果たして大丈夫だろうか。
そう考えながらミレナの様子を見るが、やはり彼女には重すぎるらしく、時折ふらついている。俺はミレナに駆け寄ると、荷物を受け取るべく声をかけた。
「ミレナ。その荷物、俺が持つよ」
「えっ、グレイン? ……分かった。ありがとう」
俺が話しかけるとミレナは少し逡巡したが、荷物を渡してくれる。
「よっと」
ミレナから荷物を受け取ると、荷馬車に向かって運ぶ。……予想以上に重いな。
ミレナにとってはかなり辛かったはずなのに、ここまで諦めずに持ってきていたことに驚く。
俺が荷物を受け取ろうとした時も、最後まで運びたそうにしていた。ミレナのそういうところは、一人の人間として本当に尊敬する。
「あれ、ミレナ。そんなところでボーっとしてどうしたの?」
「えっ? あっ、何でもない」
背後から聞こえてきたミレナとリリアの会話が気になって後ろを振り向く。しかし、俺の目に映ったのは、次の荷物を慌てて取りに行くミレナの後ろ姿だった。




