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女神(アイドル)たち舞い歌いて、邪を祓う  作者: 暇崎ルア
第1章 流るる水、歌声とともに

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三河島律子 握手会

第1章、7話。

三河島は握手会の最中、最推しから何かを手渡されます。

「次の人ー」


 男性スタッフの野太い声が私にかかる。

 少し先、ポップな柄の黒Tシャツに水色のオーバーオールを着た流奈様が立っている。ワンピースじゃない衣装もよく似合っていて、思わず顔がほころぶ。しかしその途端、寝不足の頭がずきりと痛んだ。

 ——昨日、眠れなかったせいだ。

 謎の悪夢で起こされ、一睡もできなかった私はそのまま祝祭当日を迎えた。案の定顔色は最悪で、目にかなり大きめの隈もできていた。普段使いはしていないコンシーラーと、流行りの涙袋を盛るアイシャドウを使ったけど完全に隠すことはできなかった。こんな姿で推しの元へ行くなんて屈辱だったけど、行かないという選択肢はそれこそありえない。

 それに推しの生歌を摂取して元気が出たせいか、昨日の夜とか朝よりはかなり気分が良くなった。やはり推しは健康に良い。

 しかし、寝不足のせいか時折混じる頭痛や眠気が邪魔をする。


「……ね」

「……えろ、なんで……いつ……が」


 微かにだけど、まだ幻聴が聞こえる。ノイズキャンセリングのイヤホンをしたいけど、今だけは使うわけにいかない。


「三分二十秒です」


 そんな私をよそに、握手券を二十枚受け取ったスタッフが「早くしろ」と言いたげに先を促す。


「お姉さんお久しぶりです~、お元気でした~?」


 何度も通っている私は顔を覚えられている。


「はい、流奈様のおかげで毎日過ごせてます! えっと、流奈様、今日も最高にかっこよかったです! それで、今日のライブなんですけど……」


 ソロ曲の歌声がどれだけ清らかで聴く者の心を洗ったか、一周年をこうして迎えられたことがどれほど嬉しいかをなるべくまとめて話したつもりだったけど、上手く伝わっただろうか? 感情があふれるあまり早口になってしまったから心配だ。

 それでも優しい流奈様は、私の言葉を聞いてくれていた。朗らかなスマイルで頷きながら、「楽しんでいただけて良かったです~」「あたしもめっちゃ楽しかったです~」と返してくれた。何だ、ただの女神か。

 でもかなり負担をかけてしまったんだろうな、と反省することになる。ぶっ続けで喋り倒してようやく、流奈様の顔色が悪いことに気づいた。


「流奈様、顔色悪くないですか?」


 こんなこと聞いたって仕方がないのに、滑りが良くなった口は止められなかった。

 流奈様は「水分取ってないから干からびそうなのかも」と苦笑した。それ以上は何も言わなかったけど、流奈様の顔からは滝のような汗が流れていた。


「……あの、律子さんってLINESやってますか?」


 流奈様がそんなことを聞いてきたのは、残り時間が少なくなってきたときだった。

 LINESとは日本で普及してるメッセージアプリのこと。メール以外にも無料通話やXのようなタイムライン、電子決済などのサービスもある。おそらく現代人の多くがお世話になっているのではないだろうか。


「やってますけど」

「良かったです。これ持って帰ってください」


 オーバーオールのポケットあたりで流奈様の手が素早く動いた次の瞬間、私の掌は小さな紙を握らされていた。

 ——は?


「アドレス友達追加したら、個チャに名前送ってください。絶対ですよ」

「え? 何で何で」


 素っ頓狂な声をあげた私に、流奈様がしいっ! と口元に指を当てる。


「くれぐれも他の人にはばれないようにしてください。いいですね?」

「はいもう時間でーす!」


 時間切れ。非情にも男性スタッフが私を剥がしに来た。

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