水上流奈 禁忌
第1章、6話。
流奈はアイドルとしてちょっとだけやらかしてしまったようで……。
開いていたノートを閉じ、茜が尋ねる。
「何~?」
「握手会のとき、ファンの人に何か紙みたいの渡してたろ?」
Tシャツの背中がひやりとしたのは、まだ背中の辺りが濡れているからではないだろう。
——見られちゃってたか。
「あーあ、あのときの茜っち、ファンサで忙しいと思ってたのに」
「残念だったな、その合間に見てたんだよ」
茜がにやりと口角を上げる。
律子に「会話時間残り三十秒」とスタッフが声をかけたとき、隣でファンと話していた茜のブースで「終わりでーす!」と鋭い声が飛んだのはナイスタイミングだった。
ごめん、茜ちゃん! また今度ね~! 苦笑したままファンに手を振る茜の前から、大きなリュックを背負った眼鏡の男性が男性スタッフ二人がかりで退場させられた。どうやらうっかり時間を守れなかったファンのようだ。スタッフは握手券分の時間を正確に測り、時には時間を守らないファンの話を強制終了させる「剥がし」の役割も務めるのだ。
「ああ、また今度来てくださいね」
苦笑を浮かべた茜はそのファンに手を振っていただけだと思っていたのに。
「秘密にしといて~、今度ダッツのクリスピーサンド奢るからさ?」
「いらない。あたし、アイスはガツンとみかんしか食べないし」
「じゃあ、それにするよ! ガツンとみかん一か月分とか……」
「もう一つ言い忘れた。あたしは自分の金で買ったアイスしか食べない」
買収作戦は即刻失敗した。
「諦めてあれが何なのか教えな」
一瞬ためらってから、全てを諦める流奈。茜は一度こうと言ったら曲げてくれる性格ではない。
「……あたしのLINESのIDとメールアドレス。友達追加欄に入れれば友達追加できるやつ」
「はあ!?」
全てを聞いた茜は驚きのあまり、楽屋のパイプ椅子から立ち上がった。勢いよく立ち上がったせいで、パイプ椅子は倒れてリノリウムの床を打った。
「それいいのかよ!? いや、いいわけないよな! だって、アイドルとファ……」
「おおっと茜っち~、声が大きいぞ~?」
茜の口元をさっと指で抑える流奈。ここでバレたらひとたまりもない。
「この話はオフレコ。わかった?」
口を押えられたままの茜がうんうん、と頷いたので解放する。
「あたしだって嫌だったけどさあ、仕方なかったんだよ」
「ファンに個人的な連絡先教えるのがか? あたしらはアイドルだぞ?」
茜の言いたいことはわかる。現役アイドルにプライベートな恋愛はご法度。
「あのね、別に恋に落ちちゃったとかいうわけじゃないから。私、今別に好きな人いないから」
「それ以外に連絡先教える理由ってあるか?」
「ある」
「何で?」
「……それは」




