静たち 答え合わせ
すっかり日が暮れた神社の拝殿前。少し前まで辺り全体を覆っていたもやはどこにもなくなっている。無事、清めることができたからだ。
「……で、プロデューサーはここで何してたんですか?」
用を終えた形代を神社外の川に流し終えた静は、じっとりとした目つきで因幡マネージャーと向き合っていた。
「——話せば長くなりますが」
白シャツの袖をまくった因幡は重いため息をついてから、語り出した。
「始まりはこちらの勝村さんからの頼みでした」
背の高い因幡の脇で立っていた小柄な男性——勝村がぺこりとお辞儀をする。年齢は六十前後だろうか。静たちが今いる「火野神社」の宮司をしているのだという。
「兎史博くん、それから因幡家とは前々からお付き合いがありましてね」
「ばんかみ」メンバーである流奈から「因幡マネージャーの実家は神社だ」と聞いたことがある。その時からのつきあいなのだろう。
「そのよしみでお願いしたんです——うちの神社の近くの穢れを祓ってほしい、と」
少し前から、神社の敷地内で悪い気が溜まっていたのだという。
「神社の敷地内——特にここら辺の裏口辺りが特に強くて。原因はちょっと探ってみたらわかったんです。あっちの方からだった」
勝村氏が神社裏口の方向を指さす。勝村氏の話によると、一軒の民家があるという。
「あそこは元々空き家だったはずなんだが、最近人の出入りがあることに気づいたんです」
境内に監視カメラを置いたことで、気がついたのだという。
「毎日夕方の時間になると、裏口を通って民家の方に男性が歩いていく姿が映っていた。そして彼が通った跡を見ると、黒い穢れが残っていることが多かった——それで今日兎史博くんと待ち伏せしていたんですが、それがどうも彼だったようで」
勝村氏が、足元を見る。
そこには少し前まで暴れていた黒い服の青年——櫛川明が委縮するようにしてしゃがんでいる。
「だけど私はそういう気配には気づく割に、祓う力はなくてですね。兎史博くんなら得意なことは知っていたんで、お願いしたんですが……」
その因幡への電話が、スタジオの部屋で盗み聞きしたものだったのだ。
「最初から兎史博くんに言われてはいたのですよ。『自分にもその穢れが祓えるかどうかわからない』とね——だけど、私自身にはもっとどうしようもないですからねえ」
言い訳をするように、頭をかく勝村氏。
「——案の定、彼に憑りついた穢れは私の力には負えませんでした」
因幡が「彼」と言った途端、地面で縮こまっている櫛川がびくりと身体を震わせ、「すみません」と土下座するように頭を下げる。空き家だったはずの民家に出入りしており、境内に穢れを撒いていた張本人だ。
「この度は本当に、本当に申し訳ございませんでした……たくさんの方に迷惑をかけることになってしまって」
「大丈夫です、責めているわけではありません——しかし、なぜあのようなことになっていたのですか? それだけ教えてください」
「……どこから話せばいいのかわからないんですけど」
櫛川はつっかえながらも、自分の身に起きたことを話し始めた。
短期バイトに申し込んだところ、神社裏の民家で業務を行うようになったこと。その業務が、毛筆と墨を使って忌まわしい文字を書いていくという内容だったこと。そして業務を始めるようになってから、櫛川が「同僚」と呼んでいた黒い存在に昼夜つきまとわれるようになり、心身共におかしくなっていったこと。
「何ですか、そのバイト。怪しすぎるじゃないですか」
櫛川の話を聞き終わった静は、思わず眉をひそめた。「なぜそんなバイトに応募したのか」と問いただしたくなるレベルだった。
「バイト代があまりにも高額だったから、目がくらんでしまったんです。こうなった今はもう、後悔しています……」
櫛川は力なくうなだれた。
「櫛川さん、嫌なことを思い起こさせるようで申し訳ないのですが、雇用元の会社はどこか把握していますか?」
何かを考えているのか、顎に手を当てながら問う因幡。困ったように顔をしかめながら、櫛川が返事をする。
「恥ずかしながら、会社名を覚えるのは苦手で……確か、カタカナだった記憶があるんですが」
「——おそらくですが、有限会社ホープステップではありませんか?」
目を見開いた櫛川が、大きく息を呑む。
「思い出しました、そこでした! 何でわかったんですか?」
「ニュースなどで見たことがありませんか? 最近、話題になっている会社です——悪い意味でですが」
「……もしかして、賃金未払いアルバイトで問題になっている会社ですか?」
携帯で見たネットニュースを思い出し、口を挟む静。
「そうです。高額報酬の短期アルバイトに応募し、既定期間中に業務を務め終えたにも関わらず、報酬未払いのまま雇用元の会社と連絡が取れなくなってしまった。少し前から若い世代の間で問題になっている火元の会社です。今でもインターネットで検索すれば詳細が出てくるかと思います」
「……じゃあ、言われた作業を終えても40万円はもらえなかったということですか」
「その可能性が高かったかと」
全てを聞き終えた櫛川はぽかんと大きく口を開けた後、深く頭をうなだれた。
「毛筆で字を書くだけで数十万円がもらえるなどという上手い話には穴があると思った方がいいですよ」
正論だがオーバーキルの事実を更につきつける因幡。櫛川の方から、深く重いため息が聞こえてきた。
「——話は変わるんですけど、逆さの神棚というのは?」
「文字通り、いろんなものが逆さなんです。お札とか、しめ縄とか、くっついてる紙垂とかが」
変ですよね、これって。
首を捻る櫛川のそばで、静と因幡が目を合わせる。
「神棚というのは、神様を祀る神聖なところです。それが逆さということは……」
「反対に、良くないものを祀っていた?」
「……あるいは、良くない存在を作ろうとしていた」
静の気づきに、因幡が低い声で続けた。
「逆さごと」という概念が古来から存在する。例えば、死者に着せる死に装束の襟を左前にするなどがそうだ。これは死者を安らかに弔う供養のためだが、同じことを生きている人間がすれば「不吉」とされる。物事を反対にするということは、大きな意味を持ってきたのだ。
これを神棚にあてはめて考えると、それは何を意味するのだろうか?
「神棚を逆さに置いた部屋を作り、汚れた水を供えさせる。本来なら綺麗な水を供えるはずですが、これもまた逆だ——するとそのお供えをした人間に、祀られた呪いが憑りつく」
今回であれば、それは黒い影——憑りつかれていた櫛川が「同僚」と呼んでいた存在だ。
「その呪いは呪詛を好み、呪詛が増えるごとに力を取り込む——憑りつかれた人間は呪いの欲するまま呪詛の文字を書かされ、自分に憑りついた呪いへの力を蓄えさせていく——呪法としての仮説を立てるならば、こんなものでしょうか」
因幡の立てた仮説に、皆が黙り込んだ。
「……でも、なんでそんなことを」
カラスが鳴く声だけが聞こえる夕暮れの静寂の中、楓花がぽつりと呟いた。
「それは櫛川さんの雇用元である会社に聞いてみないと、わからないでしょうね」
因幡は重いため息をついた。




