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女神(アイドル)たち舞い歌いて、邪を祓う  作者: 暇崎ルア
第3章 踏み鳴らす足、地を清め

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静と楓花 神社にて

 ドーナツショップを出ると、時刻はすでに夕方の五時を過ぎていた。

 次の日は「ばんかみ」としての予定はない。静はダンスレッスン、楓花もアルバイトとがある。できることなら今日はもう寮で休んで、明日へのコンディションを整えたいところだ。

 二人並んで「そろそろ帰ろうか」と来た道を戻っているときだった。


「あれ、こんなところに神社があったんだね」


 楓花が、歩道の右端を指さす。その先には朱色に塗られた鳥居、その先には本殿に続くとされる石畳の参道が見える。


「本当だ」


 ドーナツショップに行く前、二人ともこの前を通ったはずだが全く気付いていなかった。


「せっかくだし、参拝していこうか」

「夕方に参拝するのは良くないっていうけどね」


「日暮れ時に、鳥居をくぐるのは良くない」と聞いたことがある。


「大丈夫だよ~、まだ日は暮れてないし——行こう!」


 我先にと言わんばかりに、参道の中央へと向かっていく楓花。その背中に「参道の真ん中は通っちゃダメだよ」と声をかける。


「えっ、そうなの?」

「そう。神様が通る道だから」

「へー! 良いこと知ったなあ、流石は陰陽師の一族だなあ」


 感心したように頷きながら、参道の左端へ寄る楓花。

 ——いや、これは一般常識じゃない?

 静はそう首をかしげたが、世間的にはそこまでは一般常識ではないだろう。

 入口の手水舎で手と口をすすいでから、参道を真っすぐ進む。その先に拝殿はあった。

 誰もいない賽銭箱でお参りを終えたとき、静は身体をぶるりと震わせた。


「——寒い」

「ええっ?」


 楓花が怪訝な目で見つめる。

 背筋に悪寒が走り、半袖から露出した肌はぶつぶつと粟立っている。今は夏だというのに。


「どうかした?」


 楓花の問いに答える余裕もなく、身を縮こませながら辺りをきょろきょろと見渡す。そしてそれを発見した。

 視界の端、火災現場に発生する黒い煙のようなものが漂ってくる。しかし煙の焦げ臭い匂いはしない。

 それは静が目を向けている参道の向こうから、少しずつ流れてくる。


「えっ、何これ。火事? じゃないよね……」


 不安そうな目をした楓花が、静を見る。どうやら彼女にも見えているらしい。

 漂ってくる黒い煙のようなものは、瞬く間に静たちがいる場に充満し始めた。

 ——気持ち悪い。

 漂うそれらを見ていると皮膚が粟立ち、寒々しい気分になってくる。ここは危険だ。

 楓花を連れてこの場を離れようか? 逡巡していたときだった。


 ぎヤあああああああ!


 黒い煙のようなものが出てきた向こうから、奇妙な叫び声を上げながら黒い男が飛び出してきた。


「……あの人!」


 隣で楓花がひゅうっと、息を呑んだ。

 ——間違いない。

 静も間もなく気づく。出で来たのは、道でぶつかられた黒い服の青年だった。


「待ちなさい!」


 続けてドサドサと急いた足音とともに、長身の人物が息を切らしながら駆けてくる。


「えっ、なんで!?」


 その人物の顔を確認して、静は叫ばずにはいられなかった。


「なぜ、あなた方がここに……」


 羽織と袴を身に着けた男——因幡兎史博は何かを言いかけたが叶わなかった。


「こうシてヤるううううっ!」


 黒い服の男が叫びながら、因幡の方に飛び掛かった。因幡は前から強く押され、「ぐっ」という唸り声とともに前方へと倒れ込む。

 黒い男は奇声を上げ続けながら、倒れた因幡の背中に馬乗りになり、握った拳を因幡の首や背中、頭に打ち付けはじめた。


「君、やめなさい!」


 三人目の人物がやってくる。白い羽織と紫の袴を身に着けた中年男性だった。因幡たちの元に駆け付けるや否や、暴れる男性を取り押さえようとしたが、すぐにはがされてしまいそうだった。黒い服の青年の方がよっぽど力が強いらしい。

 人の少ない神社の中では、殴られまいと抵抗する因幡の唸り声と黒い服の青年の声だけが響いていた。


 *


 ——何これ?

 宮園楓花の口は、声にならない言葉のために動いた。

 辺りには黒い煙のようなものが充満しきっており、火災現場のようになっている。だが、火災が起きているわけではない。

 数メートル先、奇妙な抑揚の奇声をあげながら暴れている男性が真っ黒に見える。その男性が黒く見えるのは、全身黒い服を身に着けているからだと思っていた。

 しかし動き続ける腕や足、口の中から、黒いもやのようなものが広がっていくのだ。男性の身体から、黒い煙がもわもわと立ち上がっていくように。

 どうやら場を黒い煙で汚染させているのは、彼が原因らしい。

 ——怖い。

 喉の奥から上がってきた生唾を飲み込む。

 決してグロテスクなものを見ているわけではない。だが、目の前の光景を見ていると体の内側から恐怖がせりあがってくる。それは誤魔化しようのない、本能的な恐怖だ。

 そもそも、暴れている男性と共にいるのはマネージャーである因幡なのだ。これは一体どういう状況なのか? それがわからないことも、恐怖への拍車をかけている。


「楓花、白い紙とか持ってる?」


 迷宮のような恐怖に迷い込みかけた楓花を、引き戻したのは静の奇妙な問いだった。


「え? 紙?」

「うん、メモ帳とか何でもいい。白い紙持ってる?」

「どうだったかな……探してみるけど」


 自分のショルダーバッグの中を漁っていた楓花は「あった」と喜びの声をあげた。


「これでもいい?」


 取り出したのは、仕事用のメモに持ち歩いている無地のメモ帳を破ったものだ。


「ありがとう、これで充分」

「何に使うの?」

「見てればわかるよ」


 トートバッグから携帯用のハサミを取り出した静は、紙に切り込みを入れ始めながら言った。


「紙のお人形?」


 静が作ったものを見て、目を丸くする楓花。

 長方形だった白いメモ帳は、あっという間に手のひらサイズの人型になった。


「形代だよ、これから使うんだ。私、これから自分に課してたタブーを破ろうと思う」

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