静と楓花と因幡 探り合い
第3章、5話。
因幡の電話の内容とは果たして……?
電話で話をしているのだろうか? 話し相手の声は聞こえてこなかった。
因幡が話す言葉の断片たちが聞こえてくる。
『はい、そうですね……仰るお気持ちは十分にわかりますが』
『——ですが、私にもうまく対処できるかどうかはわかりませんよ』
思わずドアにつけた耳に意識を集中させる静。盗み聞きという形になって後ろめたくなるが、話の内容は少し気になってしまう。話し続けている因幡の声は、いつもと違ってどこか困惑しているようにも聞こえる。
「……何の話だろうね?」
横を見ると、楓花が口パクでそう呟くのが見えた。そう言われても、静も「さあ」と首を捻るしかない。
『……わかりました。では本日5時頃に伺います、よろしくお願いします』
電話が切れたのか、それから因幡の話し声は聞こえなくなった。このままドアをノックするのも気まずいような気がしたが、ここでもたもたしているわけにもいかない。複雑な気持ちで、ドアを2回ノックする静だった。
「——ああ、あなたたちですか。お疲れ様です」
顔を出したのは、180を超える高身長の男——「ばんかみ」のマネージャーを務める因幡兎史博だ。真夏日の今日でも、全身黒のスーツに身を包んでいる。
「お疲れ様です。今日はもうお仕事が終わったので、もう楓花と一緒に失礼しようかと思いまして」
「わかりました——ところで今日の撮影を見ていましたが、二人ともよく頑張っていましたね。撮影のリテイクも少なかったですし」
「ありがとうございます」
「撮影」というのは、数時間前に静たちがこのスタジオで行っていた東京都のCMの撮影のことだ。「東京都の農業推進プロジェクト」のマスコットに静と楓花が選ばれたのである。その理由が、二人が五元素をモチーフとするアイドル「ばんかみ」として静が「土」で楓花が「木」の女神であることは言うまでもない。
そして因幡の話し方に愛想というものはほぼないものの、適格に静と楓花の仕事を褒める声はいつも通りのものとなっていた。
「今日、この後はどこかに行くんですか?」
「そうですね。二人でおやつでも食べようかなーと思ってます」
「お気をつけて。わかっているかと思いますが、著名人としての自覚を忘れないように」
つまり、アイドルとして「絶対にやらかすな」ということだ。
「大丈夫です」
「事故にも遭いませんように」
「大丈夫ですよー、私も静もそこら辺は抜かりないです。だけどもし何かあったら、私たちに相談してくださいね。できることなら力になりますから」
「……楓花、急にどうしたんですか?」
楓花の唐突な申し出を因幡も不思議に思ったのか、首をかしげる。
——楓花ったら、もう……。
頭を抱えたくなる静。電話の内容を聞き出したいのと「マネージャーを手伝いたい」という善意が相まっているのだろう。これも彼女の優しさなのだが、時々こんなふうにお節介になる。
「何か、今の因幡さんが疲れているように見えたので!」
「はあ、そうですか。ご心配はありがたいですが大丈夫ですよ、何ともありませんので。むしろ、私の心配をしている暇があったら自分たちの仕事に集中してください。その方がありがたいです」
冷静に切り返す因幡。楓花は「はーい、わかりました」と模範的な回答をする。
「ここで私と話しているよりも、外に出た方がいいのではないのですか。時間がなくなってしまいますよ」
「——ああ、はい。そうですね」
因幡に言われてようやく、部屋を離れる二人。
「さっきの電話、結局誰からだったんだろうね?」
エントランスに向かいながら、楓花が首をかしげる。やはり、そこが気になっていたようだ。
「どうせ仕事のことじゃない?」
「そうだろうけど、すごく嫌そうだったよね。電話してたときの因幡さん」
「アイドルのマネージャーって仕事多いみたいだし。どちらにせよ私たちにはどうしようもできないことなんだよ、きっと」
「うーん、でも私たちもお手伝いしたいよなあ」
「楓花、さっき言われたでしょ? 私たちは自分たちの仕事に集中」
「はーい、わかりました」
静に窘められ、肩をすくめる楓花だった。




