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女神(アイドル)たち舞い歌いて、邪を祓う  作者: 暇崎ルア
第1章 流るる水、歌声とともに

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三河島律子 ライブ前日

第1章、3話。

熱心なファンの日常の中に……。

「お節介なんだけど、午後それだけで足りるの?」


 竜田揚げ弁当をほおばっていた明智先輩が、私の手元を不安そうに覗く。


「大丈夫です、意外と持ちます」


 午後もドラッグストアのフルタイムバイトが待っている私のお昼は、ドリンクゼリーと栄養バランスに優れたクッキーだけ。コンビニ弁当と比べると物足りなく感じる人もいるかもしれない。


「羨ましいわ、燃費良くて」

「あんまり食欲ないのもあるんですけどねー」


 元々食は細かったが、最近は特に細くなっている。食には無頓着な方なので、特に問題はないが。

 しかし、明智先輩は「ええっ」と大げさなぐらい息を呑んだりしてみせた。


「おいおい、それは危ないやつじゃん。病院行きなよ」

「いいですよ。そんなお金ないですし」

「……あのねー、律ちゃん」


 明智先輩は、重いため息をついた。


「お金ないとか言ってさ、どうせ推し活とかに使ってるんでしょ? 違う?」

「まあ、そうですね」


 明智先輩の言い方にひっかかるものはあったが、間違ってはいない。


「こんな言い方したらあれだけど、そっちに使うお金あるんだったら、ちゃんと病院行ったほうが良いって。マジで、悪いことは言わない」


 念を押してくれる明智先輩。つくづくいい人だと思う。

 しかし健康保険が利くといえど、通院代とそれに伴う処方箋代は馬鹿にならない。急を要さない限り、行くべきではないというのが私のモットーだ。第一、本当に具合が悪いとは思っていないのだ。


「大丈夫ですよ~、まだ先輩より若いですし」

「うわー、そういうこと言っちゃうんだ。でもマジでちゃんと食べた方がいいよ。最近の若い女の子、痩せてる子ばっかりで社会問題になってるし」

「あー、なんかそれ聞いたことあります。でもさっき言ってなかっただけでちゃんと栄養は摂ってるんですよ? サプリメント飲んでるんです、ほら」


 いつも使っているポーチに入れた錠剤のブリスターパックを先輩に見せる。


「……何それ、本当にサプリなの?」


 めっちゃ黒いじゃん、怖っ。

 私が鞄から取り出した錠剤のブリスターパックを訝し気に見つめる明智先輩。


「炭が入っていて、身体から悪い毒素を出してくれるんだそうです」

「よくそんなもん見つけてくるねえ。なんてやつ?」

「V&HコーポレーションのCクリーンっていうサプリです」

「V&Hコーポレーション? なんか聞いたことある会社だな」

「CMとかもやってるし、それじゃないですか?」

「ちょっと待ってよ……」


 首を捻った明智先輩が携帯の画面を叩き始める。グーグル検索で調べているらしい。


「あっ、わかった。そこ、前に製品回収騒ぎあったとこだよ」


 先輩が言うには、過去にV&Hから発売された目が良くなるサプリメントを飲んだ人たち数名が、めまいや吐き気などの症状を訴えて発売中止になったのだという。


「へえ、それは知りませんでした」


 推しが関わること以外はあんまり興味ないからな。


「あんまサプリに頼らずにちゃんと食べなよー。栄養は食べ物から摂るのが一番良いって言うし」


 先輩はこういところに口煩い。埼玉に住んでる私のおばあちゃんみたい。


「はーい、わかりました」


 生返事しながら、Cクリーンを飲み下した。


「……お先に失礼しまーす。お疲れ様で~す」

「お疲れ~、気を付けて」


 午後六時、フルタイムバイト退勤の時間。事務所で携帯をいじっている明智先輩を置いて、先に上がる。

 思えば、ドラッグストアでのバイトもこれで一年以上続けている。時々変な客は来るけど、ほとんどの時間は平和だからありがたい。社割で日用品も安く買えるし良いことづくめだ。

 ワイヤレスイヤホンをつけ、ブルートゥースをオンにする。


『やっほ~、接続成功したよ~』


 デバイスとの接続が成功すると、推しの撮りおろしガイド音声が流れる。我が推しとコラボした受注限定のワイヤレスイヤホンだ。

 接続が成功したところでミュージックアプリのプレイリスト「お気に入り」を開き、一番上の曲の再生ボタンを押す。


「世界ーっ、行くよっ!」


 親の声より聴いた流奈様の掛け声。「ばんかみ」デビュー曲「世界、作ってみた」のイントロだ。ここからポップなシンセサイザーの音色ともに、女神たちの歌が始まる。

「ばんかみ」はみんな総じて歌唱レベルが高い。だけど、中でも特に流奈様の歌声はトップレベルだと思う。鈴を鳴らすような声が響かせるクリアな歌声を聴いていると疲れが吹っ飛ぶし、寿命が十万年は余裕で延びる。私も曲に合わせて熱唱したくなるが、路上なので我慢する。

 地下鉄の駅までの途中、捕まってしまった赤信号を待っているとジーンズのポケットに入れた携帯が震える。


「……おおっ!」


 公共の場だというのに、思わず声が出てしまった。恥ずかしい。周りに人がいなくてよかった。

 カレンダーアプリから届くスケジュールの通知だった。


『4月16日 ばんかみLIVE 16:00』


 ——ついに明日だ!

 口元がほころびそうになるのを抑えながら、小さくガッツポーズ。

 私は明日、待ちに待った祝祭を迎えようとしている。これが喜ばずにいられるだろうか? いいや、いられない。早く明日が来ればいいのに。


「……てやる」


 耳元で何かを言いかけられた。生暖かい息のようなものもかかった気がする。

 低い男の声に聞こえて振り向いたけど、誰もいない。オフィスカジュアル姿の女性が、私の反対方向を通り過ぎて行っただけ。彼女に囁かれたとは思えない。気のせいか。

 風の音を聞き間違えたっていうのもあるだろう。念のため、イヤホンのノイズキャンセリングはオンにしておいた。今の私に雑音は不要である。


 *


 人は誰しも、最低でも一人は「推し」がいるものだと思う。

 推し。恋人でも友達でもないけど大好きで、他の誰かに薦めたくなる大切な誰かのこと。

 万物の歌神、通称ばんかみ。古代において世界を作っているとされた火・水・風・土・金の五大元素を司る女神、というメンバーで構成された五人組アイドルグループ。国民的ではないけど、私みたいなコアなファンがわんさかいる。


「この世界のほとんどは水なので、世界はあたしのもので~す!」


 というシュールな決め台詞を度々発するのが私の推しである水の女神・水上流奈様だ。水色のオーバーオールがトレードマークである彼女は、上記の台詞の通りグループの「不思議ちゃん」担当でもある。

 不思議ちゃんなところがかわいいし、歌もうまい。界隈では「百万人に一人の美声」と言われているとか、いないとか。

 大学を卒業してからもファミレスのバイトだけをしていた私は、流奈様の沼に落ちてからドラッグストアのバイトも増やした。

 ばんかみのCDをたくさん買うと、握手会の参加券がついてくる。だからいつも大量に買い込んで、本物の流奈様に会いに行く。


「お姉さん、いつも来てくれてますよね~。めっちゃ嬉しいです!」


 五回目の握手会、スマイルとともに流奈様からかけられた言葉は一生忘れることはできない。推しに存在を認知された暁には、冗談抜きで心身が極楽浄土へ飛んでいく。

 流奈様と「ばんかみ」は、ありがたいことに活動一周年を迎える。明日の「祝祭」がその一周年記念のライブなのだ。デビューライブよりもファン数は増えたようで、二百人の観客が入る会場で行われることになっている。

 そんな記念すべき今回のライブ、チケット発売開始時に粘ったことと日頃の行いのおかげなのか、観客席最前のS席を取ることができた。これだけで今年の運を使い切ってしまったかもしれない。それでも全然かまわない。

 そして、終わったあとには流奈様と対面できる握手会まで待っている。今回は食費を削って最新シングルのCDを二十枚買って、握手券を二十枚手に入れた。おかげで二百秒も流奈様と喋ることができる。その時間で流奈様に何を伝えようか考えただけで夜も眠れない。

 熱唱するのを抑えながら、無事アパートに帰宅。作り置きしておいた冷蔵庫のおかずとご飯を卓上に置いて、動画投稿サイトを開く。

 今日はばんかみの過去のライブの無料配信があるのだ。現地にも行ったし、円盤も買って何度も見たライブだがチェックは欠かさない。解放されているコメント欄に書き込みながら、同時視聴しているであろう他のファンと盛り上がる機会はなかなかない。


「……ん」


 部屋の照明が消えたのは、流奈様のソロ曲『ライク・ア・ストリーミング・ウォーター』のイントロがかかった時だ。

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